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1:生まれましたら婚約者も決まりました



生まれたときそう誕生したとき、産声を上げたとき。

その時に前世の記憶を持っていた。

ひとしきり産声を上げた自分を必死に処置をする産婆を眺め母の腕に抱かれる。


「お嬢様ですよ」

「ああ、可愛い。こんなに可愛いなんて」


母は目を細め凝視する自分を眺める。

何を言っているかはわからないがまあ嫌われてはないようだ。

そこでバンと扉が乱暴に開かれる。


「生まれたか!?」

「だ、旦那様」


部屋の空気が緊張したものに変わる。

どうしたものだろうかと考えていると母の腕に抱かれている自分を見て父と思われる人物は目を見開いた。


「女だったか」


母は俯きぎゅうと私を抱きしめた。

何か失敗したかと心配して母を見つめ、それから父に手を伸ばした。


「あうあう」


言葉が話せない、喃語で手を伸ばしてくる自身の子に彼は何を思ったのだろうか。

壁に頭を打ち付けてどよめく室内を手で制し、よろよろと私に母に近づくと私に手を伸ばした。


「最高だ。可愛らしい。ありがとう」

「あ、あなた。あれほど息子を産めと」

「女の子でも十分だ。私は何をこだわっていたんだろうか。君にも負担をかけてすまなかった」


母の目は驚愕で見開かれ、言葉を失っている様だった。



前世の自分はというと40代を間近に控えた独身女だった。

仕事はそこそこ、ゲームには熱心。そんな非生産的な生活を送っていた。

恋人はと聞かれれば「ゲーム」と答えるくらいには男に興味がなかったのだ。

白い目で両親と兄弟には見られたものだが、まあ気にも留めなかった。

だから、トラックにひかれて死んだのはまあ別に相手の過失であって、自分には何も悪い所はないだろう。



読み書きも10歳には当然完ぺきにこなせるようになっていた。

問題はだ、自分の名前がおかしいことである。


「レリンサ・アルジェリー」


前世でやっていた乙女ゲーム【どんとこい☆ずっきゅんラブラブスクール♡】の悪役令嬢の名前である。

ちなみに【どんとこい☆ずっきゅんラブラブスクール♡】。貴族向けの学校を舞台としたR15指定のゲームである。グロ方面のせいで。

それに気づいた瞬間、いやまさかと思った。


そんなことある?


壊滅的な名前をしたゲームをプレイした事実は覆せないが、だからと言って悪役令嬢に転生するとは思わないだろう。

攻略対象を攻略していくゲームだが、その攻略対象に主人公がアプローチするたび現れる、邪魔ものが“レリンサ・アルジェリー”。

兎に角、その事実に直面した自分がとった行動はただ一つ。

断罪死刑にならないことだ。

レリンサ・アルジェリーのゲームでの生末は主人公に対して邪魔をするのが過激になり、家の権力さえも使用して主人公を叩き落とすというものだった。

だから、一挙手一投足に気を付けた。貧しいものには食料を分け与え、孤児院を増やすよう父にねだった。

善行を打算で行う自分に反吐が出るが、しかたないことだ。少しでも多く善行を積み、味方を増やす。

年子の弟もいることだし、自分が足を引っ張るわけにはいかない。

それにしても、ゲームだと両親は仲が悪く、レリンサにも弟はいなかったはずだが。

まあアルジェリー侯爵家にとってはそれはいいことなのかもしれない。

自分が失敗したとしても、没落は避けられるかもしれない。

両親の仲は見ていて恥ずかしくなるほど良いもので、弟はひいき目なしでも聡明だった。

少々シスコン気味なのが困りものだが、まあ、これくらいの歳ならこんなものだろう。

ふかふかのベッドに移り、毛布をかぶる。

近くのぬいぐるみを手繰り寄せてぎゅっと抱きしめた。


「死にたくない。死刑はいや。もっと善行を積まなきゃ」


決意を口にしてぐっすりと眠った。



「今日は婚約者様とのご面会です」

「婚約者」

「はい」


ゲームでレリンサに婚約者はいなかった。

どの攻略対象でもいいようにとの運営の配慮だと思う。ビッチ配慮か。どうなんだ。

そう言えば数か月前に父が「婚約者がいたほうがいいね」と言っていたのを思い出す。

侯爵令嬢なのだから早いうちに婚約者がいたほうがいいのは確かにと思う。


「どんな方かしら」

「ベルファスト侯爵のご令息である、ティニアシア様です」

「ごふっ」


名前を聞いて思わずむせた。

攻略対象だーーーーーーーー!!!

心配そうにメイドが声をかけてくる。


「お嬢様?」

「だ、大丈夫」


凄く嫌だ。関わりたくない。

断罪死刑!断罪死刑!と頭で言葉がダンスする。

最悪だ。どうしよう。体調不良を訴えるか?

ダメだ騙せる気がしない。相手の方が格が上ということはないし、釣り合わないということもない。

今のアルジェリー侯爵家の格は侯爵家の中でも上位に位置する。

資金は潤沢、領地も潤っている。これは前世で言う生活保護に近い制度を父に頼み込んで流布したためだ。

犯罪率が下がり、物乞いもいなくなり街は美しくなる。農民にも多くの食料を定期的に送り、所得税を軽くした。それで労働力を多くしたのだ。

領地には孤児院を多く設備し、学び舎もある。治療院を街ごとに置き、気軽にけがや病気を治せる設備を整えた。

その結果、たった数年で領地が潤い人口が増え、農作物も多く取れるようになり、農民ですらある程度の学を修める領土となった。

それが廻り巡ってアルジェリー侯爵家の財を潤している。


「どうしよう。どうしよう」

「ティニアシア様がお気に召しませんか?」


冷淡な表情のメイドに言われ、手を振る。


「いえ!まさかそんな、恐れ多いなあと」

「そうでしょうか。家の格という点ではベルファスト侯爵家の方が下です」


冷淡に言われぐうの音も出ない。

下とは言ってもベルファスト侯爵家は立派で古い家だ。アルジェリー侯爵家も古い。

ただ、アルジェリー侯爵家もベルファスト侯爵家も8大貴族のうちである。

下と言われるのは財や領地の潤沢度であろう。

このメイドは冷たい所があるのでよく分かる。


「家の格は同じくらいじゃないかなあ」

「いえ、ベルファスト侯爵家の方が下です」

「ええ……」


冷淡なメイドが熱心にそう説いてくるので戸惑いつつ紅茶を飲み干した。



ベルファスト侯爵家に馬車で向かい、2つの家族でお茶会をして、それから1つの部屋にレリンサとティニアシアが押し込まれてメイドを残し「あとはお若いお二人でー」とされ、冷汗をだらだらと流している。

この縁談を断ったらダメだろうか。

婚約者なんていなくてもいいじゃないか!

だが、もう父親はティニアシアを婚約者にしようとわくわくしていた。

どうしようどうしようと冷汗を流しているレリンサを見てティニアシアは何か考え込んで眩い金髪を揺らし言葉を発する。


「レリンサ様は僕との婚約はいやですか?」

「え!?いやっ」


ティニアシア・ベルファスト。

ゲーム本編では学校の中でも家柄もよく性格は温厚。天才であり、勉学で苦労知らず。魔法の扱いも天下一品。貴族のマナーもたたきこまれ文句のつけようのない侯爵子息である。

その上、ルロヴェネーゼ・インドミタブル王太子の友人でもある。

天井知らずのルロヴェネーゼと双璧をなすゲーム内屈指のイケメンであり、ファン人気も高かった。

それに比べ自分と言えば、断罪死刑を避けるため必死に敵を減らそうと打算で善政を父に頼み施策もどんどん提案していった薄汚い人間だ。


眩しい!眩しいよ!子供の純粋な目が眩しいし痛いよ!


「レリンサ様は本当の天才だと聞いています。僅か3歳で生活保護の仕組みを組み込んで、貧困層の救済施策を打ち出し、領土を潤したとか」

「いえ、あの。偶然です。独り言を言っているのを父が聞いてそれで……」

「そうですか?聞いた話と違いますね」


どんな噂が広まっているんだ。父よ。貴方は何をしたんだ。

社交界に出てないせいで訳が分からん。

いやお茶会程度は出る。出るが、基本的に敬遠されているというのが正しいのかはわからないが、子供からは反応が悪く友達もできない。

つまり向こうの親が子供を連れて来て、「どうぞお願いします」と会話を交わすことはあるが、実際の子供からは気まずそうな顔を見せられ友達にはなれずにいる。

味方を増やす作戦が全く身にならない事実に憮然とした。


「そ、それよりもティニアシア様は天才でおられるとか!羨ましいです」


おほほと無難な言葉を向けると一瞬微妙な顔をされる。


「そうですかね」


おや反応が冷たくなった。

彼はごまかすように紅茶を口に運ぶ。


ああそうか。自分は今、酷く無遠慮で醜い言葉を吐いたな。

こういうところがある。前世から他人に興味がなかったせいで不躾をする。


「不躾な言葉を申し上げて申し訳ありませんでした」


頭を下げると彼は蒼い冷たい目を向けた。


「いえ」

「絶え間ない努力を“天才”などという言葉でくくろうとしたのは誠に申し訳ございません」


彼はちょっと目を見開いてこちらをうかがう。


「何故努力だと?」

「誰でも努力はしているものです。それを“天才”の一言で簡単に片付けられたら、噴飯ものでしょう」

「貴女はいつもそんな風に考えているんですか?」

「いえ、あの。不快でしたか」


何故か詰られ始めて顔を俯かせる。


「僕は天才なんかじゃないんです。貴女に比べれば、凡才です」

「いえ、そんなことはありません!わ、私はずるをしているんです!」

「ずる?」


子供に前世の話をしてもいいだろうか。いやだめだ。これはまずい。


「兎に角、私は凡人です」


ぎゅっとティニアシアは膝の上で手を握った。


「貴女が凡人だと言うなら僕など、塵芥です」

「え!?な、なぜですか!努力家で、勉強も優秀だと聞いています」


何を言い出すかと思えば彼は泣きそうな顔でこちらを見つめる。

どこか憎んでいるような目だった。


今のどこに憎まれる要素が!?


「勉強だけが出来ても魔法の出来が良くても、領民を守れなければ意味がありません」


もう次期当主としての自覚が出来ているのか。

なんと言うべきだろうか。下手な慰めは嫌味になる。


「……私は、領民のことを考えて施策を打ち出しています。確かにそれは羨ましく見えるかもしれません。なら、それを真似してしまえばよいのです」

「はい?」

「例えば生活保護。これは目先の利益という点では全くの無利益です。ですが、長期的に見れば貧困から派生する犯罪や景観、人口という点では得難いものが得られます」

「はい。その通りです。アルジェリー侯爵領はどの街も美しい」

「その上、人口を増やしてどんどん働き口を斡旋していけば金の廻りがよくなります。金は廻れば廻るほど、その土地をより潤します。潤った金で、孤児院を建て両親を喪った子供たちを守り、治療院を建て仕事で怪我を負った者や病気で苦しむ人々を癒す。こうして人口を増やし続けるんです」


ティニアシアは頷き、真っ直ぐにこちらを見てきた。


「実際、アルジェリー侯爵領を見て移住する民は多いです」

「はい。移住民は魔法適性を調べてから、基本的に農耕を行ってもらっています。そこから貿易都市をどこに置くかを決めようと考えています」

「そうだったんですね」


ティニアシアは熱をもってこちらを見て身を乗り出す。


「ベルファスト侯爵領も同じことをして、結果が出せるでしょうか?」

「それはわかりません。丁寧にすり合わせを行う必要があるでしょう。ですが、アルジェリー侯爵領を真似をしてベルファスト侯爵領を非難する人物がいても無視してしまえばよろしい」

「本当に?ですが、法の整備は秘伝と言ってもいいでしょう」


非難は当然だというティニアシアに首を振る。


「効果が絶大なものになったら、どのみち王国全土で施策されます。今はテスト期間。ここで結果を出せばアルジェリー侯爵家はより一層力を持ちます」


そこで一旦口を閉じにこりと微笑む。


「テスト期間のうちに施策してしまえば、真似の意味も変わってくる。王国全土で施策される際に得られる恩恵はアルジェリー侯爵家とベルファスト侯爵家の2分割されます。より幸福な国民が増える。いい循環です」


ティニアシアは口を開き、また閉める。


「レリンサ様は欲がないんですか?」


今の会話にどうしてそんな言葉が出てくるんだろうか。


「あります。アルジェリー侯爵領の繁栄です」


困ったように笑いながら冷めた紅茶を飲む。

それから茶菓子のクッキーをひとつとって食べた。

リラックスしているこちらを見てティニアシアは困惑している様子だった。


「なら真似されるのは……」

「何故ですか?より幸福で潤沢な国のためです」

「そう、そうですか」


国が潤えば領地も潤う。アルジェリー侯爵領は広く肥沃な大地が多く、農耕に適した土地だ。商隊の往来もいい感じに行っている。

私はひとり笑いそれを隠すように紅茶を飲む。

味方だ。領民を味方にすればいいと考えている。断罪されても死刑まではいかないかもしれない。その時、今の制度が私を助ける。

より多くのそう望むなら世界中が生活保護を行えば、どこに行っても最低限の生活が成り立つ。


「真似させていただこうと思います」

「お父上の説得頑張ってください」


ゲームだとベルファスト侯爵家の家族の仲は良かった。侯爵も愚かではない。数年の実績がある法の整備にもさほど抵抗はすまい。


「僕たちの婚約はしないほうがいいでしょうか」


え、いいの。嬉しい。でも嬉しいと言ったら流石に感じ悪いな。


「そうですか?私はティニアシア様とよくお話しできればと思いますけど」

「あまりにも貴女にとって僕は不釣り合いです」

「そうは思いません」


おほほと笑いながらそんなことを言うとティニアシアははにかむ。


「本当ですか?」

「は、はい」


おっとやばいぞ。攻略対象には近寄りたくない。

断罪死刑!断罪死刑!と頭で文字がダンスする。


「もちろん、ティニアシア様が嫌と仰るのなら……」

「嫌なんかじゃありません!その、あまりにも貴女が聡明で」


前世の知識のチート(ずる)なんだよなあ。心が痛い。


煌めく蒼い瞳で見つめられて言葉に詰まる。


「私は魔法が得意ではありませんし、勉強も不得意ですよ」

「それなら、僕が教えますよ!」


嬉しそうにティニアシアがそう言った。



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