第7話 入部
「そんな菱井を見込んでお願いがあるんだけど聞いてもらえないかな?」
壁にもたれかかっている俺の正面に回って手を合わせて上目遣いで俺を見てくる。かなり仕草があざとい。
「お願い?」
「新しい部を作りたいんだけど、人数が足りなくてさ。活動はしなくてもいいから名前だけ貸してくれない?」
「え? 新しい部?」
「そう。正確に言えば同好会からのスタートになるんだけど。人数を揃えて生徒会に申請すれば同好会を作れるらしいのよ。申請に必要な人数は八人なんだけど、まだメンバーが私と友達合わせて六人しかいないのよ」
笹本は新しく部活を作りたいようだ。入学して間もないのに申請の方法とかを調べている事からもかなり意欲的だ。
でも笹本ならクラスでも人気者で友達も多い。自分の友達に声をかければすぐにメンバーが集まりそうな気がするんだが。
「ちなみに何部を作るの?」
「ダンス部!」
腰に手をあててなにやら決めポーズを作っているのがかなり様になっている。それにしてもダンス部か……。
笹本のイメージ通りと言えばイメージ通りだが俺のイメージとはかけ離れている。
「お願い! さっき言ったように活動は一切しなくてもいいし、他に部員が入って九人以上になればいつ辞めてもらってもいいから。私としてはできるだけ早く作りたいのよ…………だめかな?」
だからさっきからその上目遣いはずるい……。しかも少し涙目になってるし。
とびきりの美少女と言ってもいい笹本にそんな顔をされてしまうと非常に断りにくい。
しかも笹本はこれを無意識にやってそうだから始末に悪い。
「名前だけなら……」
さっきまでの涙目はどこへやら。特に入りたい部活もないので名前を貸すと言ったら笹本は目を大きく開き満面の笑みになった。
ありがとー。と言いながら俺の手をとって上下にブンブンと振っている。ピョンピョン跳ねるオマケつきだ。
自己紹介のときの雰囲気イケメンの小池に対する態度から、怖い感じの子かと思っていたが、話してみると表情もコロコロ変わり、感情表現も激しくて見てると飽きないかも。
「あれ? 笹本さん」
肩が抜けるんじゃないかと思うほど笹本に手を振られていると、咲茉が笹本に気付いたようで壁際にやってきた。
「咲茉ちゃんはろはろー」
俺から手を離して咲茉に手を振っている。
近くまできた咲茉は一瞬俺に視線を向けてから笹本さんに話しかけた。睨まれたような気がするのは気のせいか?
「笹本さんもバスケ部の見学ですか?」
「うん、まぁそんなとこ」
「あれ? 笹本さんもバスケ部に興味あるの? もしよかったら俺達と一緒に見学しない?」
佐伯も咲茉の後を金魚のフンのようについてきていたようだ。さっき咲茉を誘っていたときよりも前のめりになっている気がする。
あぁ、なるほど。佐伯も笹本に対して好意を持っているのか。
「ごめんね、もう用事も終わったし今から帰ろうかと思ってた所なの」
「そうなんだ? ところでさぁ……」
笹本の正面に立っていた咲茉を押しのけるように前に出て笹本とバスケに全く関係のない話を始める佐伯に少しイラついた。
「龍哉君って笹本さんと仲良かったんだ?」
気がつくと壁にもたれかかっている俺の左隣で咲茉も同じように壁にもたれかかっていた。それは別にいいのだが俺の左腕と咲茉の右腕が今にも触れ合いそうな程に近い。
咲茉が手を背中に回していなかったら手と手が触れ合っていたんじゃないだろうか?
「い、いや……仲がいいって事はないけど……」
陰キャを演じた訳でもない素の状態でこんな答えをしている自分に内心で苦笑した。
「へぇ……そうなんだ」
「それよりバスケ部はどうだったの?」
自分の足元を見ながら少し冷めたような口調で話しかけてくる咲茉を見て思わず話題を逸らした。
「そうですね。まだ少し迷ってます」
眼鏡の奥にある何かを決意したような瞳を見て、素敵だなと思った。それと同時に先ほど佐伯と楽しそうに話をしていた咲茉の姿を思い出したがすぐに振り払った。
陰キャを演じているうちに性格までネガティブになってしまったのだろうか。
「咲茉が決めた事なら応援するよ」
気が付くと自然と言葉が出ていた。
「あ、ありがとう」
さっきまで前を向いていたはずの咲茉はまた俯いていた。
何か不安があるのだろうか。不安があるならいつでも相談に乗るんだが。
「じゃあ菱井、例の件お願いね! 咲茉ちゃんもまた明日ね」
佐伯との話が終わったらしい笹本が俺達に向かって手を上げた後、体育館の出口に向かって歩いていった。
「笹本さんまたねー!」
帰っていく笹本は大きく手を振りながら半ば大声で叫んでいる佐伯を見る事はなかった。
「お願い?」
首を傾げながら咲茉がこちらに問いかけてくる。
「あぁ、なんか新しい同好会を作るのに名前を貸してくれって言われて」
「ふーん、そうなんですね」
咲茉の言葉になぜか寒気を感じて身震いをしてしまう。
「米田さん、バスケ部どうだった?」
笹本がいなくなった途端こちらに近づいてくる佐伯。節操がなさすぎないか? でも今の空気を壊してくれた事には少し感謝をしたい。
「はい、いろいろとありがとうございます。バスケ部に入る事に決めました」
悩んでいた咲茉はバスケ部への入部を決めたようだ。
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