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第3話 自己紹介

「えっと……ひ……菱井(ひしい)……龍哉(たつや)…………です」


 ここが俺の陰キャデビューと言っても過言ではない。


 とにかく暗く、陰キャ感を出す為に小さな声でブツブツと。


 自己紹介をさせられると聞いていたので入学式の時に脳内でシミュレーションを何度か行った。その結果がこれだ。


「聞こえないぞー」


 小池の大きな声と重なるように左後ろのほうから「え?」と小さな声が聞こえたような気がした。


 割と距離が近い小池の場所まで声が届いていないとなると少し声が小さすぎたようだ。


 流石にやりすぎたと思い声のボリュームを上げる。


菱井(ひしい)……龍哉(たつや)です」


「何を言ってるのか全く聞こえないぞー??」


 は? 今のは流石に聞こえてるだろ。


 確認するように周りを見渡すと下を向いてクスクスと笑っている奴と俺を目を合わせないように目を逸らす奴がいる。


 小池を見ると俺を無視するように前を向いて声を殺しながら笑っているようだ。


 こいつわざと煽ってるのか。


 はぁ、こういう奴がいるだろうなとは予想していたが、想像以上に面倒くさい。自己紹介を途中でやめる訳にもいかないので最後まで終わらせるか。


 視線を戻す際、こちらを見る笹本と目が合った。大きな目をわざと細めて値踏みするようにこちらを見ていた。笹本も小池側の人間なんだろうなと思い俺はすぐに目を逸らした。


「中学のときは帰宅部でした。趣味は……読書と……アニメを見る事です」


 陰キャらしい趣味というものが分からなかったので幼馴染のタケの趣味を言ってみた。


 俺はタケに影響されてタケの家でよく漫画やラノベを読んでいたし、アニメもよく見ていた。そういう意味では俺自身の趣味と言ってもいいと思う。


 こう考えるとガチというほどではないが、俺も割とオタク趣味なんだろうな。


 それにそういう趣味を他の人に知られても恥ずかしいとは思わないし、中学時代の友達は俺がアニメを好きだという事も知っているし馬鹿にされた事もない。


「キャハハハ。読書とアニメって、まんまオタクじゃん。見た目通りだな」


 小松の大きな声で教室に笑いが起きていた。さっきクスクスと笑いを我慢していた奴らが我慢できなくなったようだ。


 自己紹介も終わったので座ればよかったのだが、座るタイミングを逃してしまったせいで立ったままクラスのみんなに笑われるような構図になってしまっている。


 こういうのも覚悟はしていたがクラス全員から馬鹿にされるというのは割と精神的にくる。


 思わず前にいる先生を見ると腰に手を当てて黙ってこちらをじっと見ているだけだった。


「ちょっと貴方、さっきから煩いんだけど? 貴方のせいで自己紹介が全く聞こえないから静かにしてくれない?」


 さっきの自己紹介の時の声とは違い、少し怒気が含まれているような低い声と口調。


 教室中によく通る笹本の声で笑い声が止まり、静けさを取り戻した。


「そうね、笹本さんの言う通り、小池君は少し静かにしましょうか」


 先生が腰に手を当てたまま小池を見て強い口調で注意する。注意できるのなら最初から注意してくれよ。


 クラスの空気が落ち着いたようなので今のうちに席に着く。


 助けてくれた笹本を見ると彼女はこちらを見てウインクをしていた。


 どう対応すればいいか分からないのでとりあえずペコっと小さく頭を下げておいた。


 見た目は派手だけどなかなかいい奴なのかもしれない。


 その後の自己紹介は何事もなく進んでいく。


 あまり人前で喋るのが得意ではない生徒も何人かいたようだが、さっきの事があったからか小池も絡むことはなく、大人しくしていた。


「はじめまして。私は米田(よねだ)咲茉(えま)と言います。趣味は料理と読書です」


 最後から二番目の生徒の自己紹介を聞いた俺は思わず左後ろに振り返り、その声の主を見て固まってしまった。


 五年振りに見るその姿は俺の記憶の中にいる少女よりも大きく、大人になっている。


 トレードマークであった眼鏡とおさげは当時のままだが眼鏡の縁には色が付き、おさげはただの三つ編みではなく編み込みになっており全体的にお洒落な感じがする。


 正直五年振りに彼女を見るのは怖かった。


 記憶の中にある彼女は、年月が経つ事でどんどんと美化されているのではないだろうか。


 当時の彼女を好きだったのは間違いないが、今の彼女の事を見て変わらず好きと言えるだろうか。


 そして何よりも心配だったのは、俺の事を忘れていないだろうか。


 遠く離れてしまい、普通の生活をしていては二度と会う事のない相手。


 保育園から小四まで五年間を一緒に過ごしていたとは言え、同じ期間である五年間を離れて過ごしたのだ。


 自己紹介を終え、座る彼女を見ると俺の気持ちは全く変わってない、それどころか再会する前よりも大きくなっている。


 俺が見ているのに気が付き、こちらを見ながら当時のままの笑顔でこちらに手を振る咲茉(えま)を見ると、俺の事を忘れているのではないかという心配もどこかに吹き飛んだ。


 それにしても同じクラスになるとは。


 確率的には六分の一。なかなかの引きではないだろうか。


 手を振ってくれている咲茉に対して手を振り返したい所ではあるが、陰キャがそんなに調子に乗ってもいいのだろうか?


 だが、無視するのも悪いので小さく手を振り返しておいた。

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