第1話 高校デビュー
「ずっと先輩の事が好きでした。私と付き合ってください」
放課後の校舎裏、目の前には身体が直角になるくらい頭を下げてお辞儀をする女の子。
俺が何かを言うまでは絶対に頭を上げないという意志が伝わってくる。
目の前の女の子は勇気を出して告白をしていると言うのに人が告白するときって人によって全く違うんだなぁ。俺が告白するときはどうするんだろう。という失礼な事を考えていた。
「ごめん。綾佳ちゃんの気持ちはすごく嬉しいんだけど俺、好きな人がいるんだ」
さっき自己紹介をされたばかりの名前を呼ぶ。たしか私は二年の藤田綾佳っていいますって言ってたよな。
苗字じゃなくて下の名前をすぐに呼ぶ事に抵抗もないあたり、自分でも軽い男だなとつくづく思う。
「知ってます。黒川先輩と付き合ってるんですよね」
綾佳と名乗った女の子は顔を上げて俺の目をじっと見つめてくる。少し吊り上がっている目元には少し涙が溜まっているようだ。キュッと結んだ口元は少し震えている。
中学生にしてはスタイルもいいしきっと男子達に人気があるんだろうなと思う容姿をしている。
「二番目でもいいです! 先輩の都合のいい女でもいいです。だから……」
黒川栞菜とは付き合ってはいないけど、わざわざ否定はしない。
栞菜には私と付き合ってるって事にしてもいいからと言われていた。
今では学校のほとんどの人達は俺と栞菜が付き合ってると思ってるんじゃないだろうか。
そんな噂が広まって迷惑じゃないのか? と聞いたら悪いと思うならその噂を本当にしてよ。なんて事を言われた。
「栞菜を裏切るような事はできないから。ごめんね」
この台詞、何回言っただろう。
この後の女の子の反応は大きく分けて三種類。走ってこの場から逃げ去るか、その場に泣き崩れるか、納得して握手やハグをして別れるか。
一番いいのは三番目。二番目だけはやめて欲しい。
「あの……。せ、せ……」
「せ?」
先輩、何かしてくださいのパターンかな? 一番心が痛まないパターンだな、よかった。なんて事を思っていると爆弾発言が飛び出した。
「セ、セフレでもいいので!!」
耳を疑ったので改めて前を見ると綾佳の顔は耳まで真っ赤になっていた。
セフレって言った? セフレってあのセッ〇スフレンドの略のセフレだよね。
いやいやいや、確かに俺も年頃の男の子なのでそういう事には興味はあるけど、一回もした事のないDTだし、彼女もできた事ないのに彼女より先にセフレができるとかありえないし!
「悪い、それも無理。用事あるから行くね」
その場にいると次にどんな爆弾を投げ込まれるかわからないので俺は早々にその場から逃げ出す事にした。
◇◇◇
「それめちゃウケる! セフレになってもらえばよかったのにー」
教室の俺の机を挟んで目の前にはド金髪にピンクのメッシュが入った派手な髪をしたギャルが座ってケタケタと笑っている。
栞菜の名前を使ってしまったので一応報告しておこうと思ったらさっきの告白時のやりとりを聞いて爆笑されてしまった。
俺と付き合っていると噂をされている栞菜は俺個人の意見にはなるが、学校で一番可愛いと思う。
こんな見た目だが誰にでも優しいので男女問わずかなり人気があり、俺程ではないがいつも告白されているイメージだ。
ちなみに栞菜は俺と付き合っていると言って告白を断るらしいので、お互い様な部分もある。
「いや、セフレって。相手は中二の女の子だぞ? 今の中二女子って性に対してそんな奔放な感じなのかよ!」
「それくらい普通っしょ」
「は? 普通って事はお前も……いや、なんでもない」
「んー? 気になるぅ?? 私にセフレいたらどーするぅ??」
指で俺の胸を撫でながら上目遣いで妙に色気のある声を出している。こいつは俺がDTだと言う事を知った上で揶揄ってくるからたちが悪い。
「どうもしない。俺この後行くとこあるから帰る」
後ろからつまんなーいという声が聞こえて来たが、相手にせずに帰るのが一番安全だ。
◇◇◇
「たっちゃんまた告白されたの? 中学入って何人目?」
「さぁ?」
「じゃあ三年になってからは?」
「さぁ?」
隣の家に住む幼馴染の神楽坂武の家に行くとそんな事を聞かれたので考えてみたが三十人くらいから後は数えていないのでわからなかった。
「タケ! そんな事はどうでもいいんだって! やっと分かったって本当か!?」
そう、告白された人数とかそんな事はどうでもいい。俺にとって今一番大事な事を聞きにきたのだ。
「それが非常に残念な事に……」
「残念? まさか女子高とか?」
「いや、私立桜木高校って所らしいよ。ちなみに普通の共学高だって」
ムカついたので思わず手元にあったクッションを投げつけたらタケの顔にクリーンヒットして後ろに倒れていた。
「タケのおばさんの情報なんだよな? 間違いないよな?」
「うん、間違いないよ。でも残念な事にこの学校結構偏差値高いみたいだよ?」
クッションを片手にゾンビのように起き上がってきたタケの顔は本気で友達を心配している顔だった。
スマホで桜木高校のデータを出して見せてくる。
「愛のパワーがあればなんとかなるだろ」
「愛のパワーねぇ……。そんな事口にして恥ずかしくないの?」
「うっせぇ」
確かに今の俺の学力からすれば合格は難しいかもしれないがまだ受験まで半年ある。
その日から俺はいつもつるんでいたグループの奴らと遊ぶ事はなくなり、受験に向けて必死に勉強をした。
◇◇◇
「それにしても流石に今日は疲れたな」
中学校の卒業式の後、栞菜と二人でファミレスに来ている。
ドリンクバーを頼み、一口飲んだ後、二人で机に突っ伏した。
「なぁ、栞菜は何人だった?」
「私は七人、龍哉は?」
「俺? 俺は十三人だな」
卒業式の後に告白された人数だ。ある程度予想はしていたが告白の行列待ちができるとは思わなかった。
「まさかの二桁!? はぁ、やっぱり負けたかぁ。しかもあと一人でダブルスコアじゃん……」
顔を上げてクソッとか言いながら本気で悔しがっている。
「何の勝負だよ!」
「ん? 告白された人数対決?」
顎に指を当てて首を傾げている栞菜は正直可愛い。そりゃ七人に告白されるよな。
栞菜の顔にしばらく見惚れていた。
しばらく二人の間に沈黙がながれ、唐突に栞菜が口を開く。
「あのさ……」
目の前の美少女は背筋を伸ばし、姿勢を正してこちらに向き直った。
その目は真っすぐ俺を見つめている。
俺も起き上がり、栞菜を正面から見ると、少し青みがかった綺麗な瞳と目が合った。
「私……龍哉の事が好き」
「うん、知ってる。でもごめん。俺好きな人がいるんだ」
「うん、私も知ってる……。龍哉が告白されるのあまり好きじゃないのも知ってるのになんかごめんね。もう会えなくなると思ったら我慢できなくて」
栞菜の気持ちにはずっと気付いていた。そして栞菜も俺の心が違う人に向いている事を知っている。
これから高校生となり、新しい一歩を踏み出す為、前を向いて歩く為の告白なのだろうか。
「こんな俺を好きになってくれてありがとう」
「なにそれ。私を振ったんだからちゃんと好きな人と幸せになってよね。その為に勉強頑張ったんでしょ。しかし本当にあんなに偏差値の高い高校に合格するとはねぇ」
そう言って栞菜は笑っていた。強いな。辛いはずなのに。
◇◇◇
姿見の前で準備をしていた。真新しい制服は着崩さずに綺麗に着る。しかし微妙にサイズがあってなくてだらしない印象だ。
何ヶ月も切ってない髪の毛はセットもしないでボサボサのまま。
いつもしているコンタクトではなくて眼鏡をかける。
あとは下を向いて猫背になればいいかな。
今日から俺は生まれ変わる。
幼馴染と付き合う為に高校デビューをするのだ。
陰キャとして。
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