第8話:ガチタン、状況開始
ユーリア・アシモフは、模擬戦が行われる作戦エリアへ向かう、輸送列車の中にあった。
月において、ルノホートを長距離輸送する際には、主に列車が用いられる。
とはいえ、月面に線路がある訳ではない。
代わりに輸送ルートを決定するのは、線路のように月へ張り巡らされたエネルギー網だ。
“月の水脈”とも呼ばれるこのエネルギー網。
その節々には、“電泉”と呼ばれる、マイクロ波送電施設が設置されている。
列車は、“電泉”からエネルギーを得て駆動する。
そして"電泉”を辿りながら、高速で月面を移動するのだ。
この輸送方式により、ルノホートは月面の広い範囲で、即応的な出動ができる。
そして同時に、それぞれの“電泉”の送電範囲が、ルノホートの大まかな作戦行動可能区域を決定していた。
この日、模擬戦の作戦エリアは、月面基地からかなり離れた場所に用意されていた。
計6機による地形戦闘は、これまでの決闘のようなものとは比べ物にならないほど大規模なものとなるからだ。
作戦エリアの地形データを三次元ホログラムで展開し、ユーリアは自らの僚機とブリーフィングを行っていた。
分隊の編成は、かつて宇野沢が予想した通りである。
つまり、分隊員はグルジアのタマル・バグラチオン、そして東ドイツのマルガレーテの二人だ。
「現状、敵の編成で判明している機体は、日本の“物部”だけよ」
「“物部”か・・・
隊長の敵ではなかったと聞いているが?」
タマルは、ユーリアの収集したデータを見ながら言った。
「油断禁物、あの時とは状況が違うわ。
機動力が低いとはいえ、“物部”には重機関銃が搭載されてる。
荷重を度外視した機体構成だけあって、火力と射程距離はかなりのものよ」
「なるほど。
他の二機については?」
「全く情報ナシ。でも頭数だけは揃えられたらしいわね。
おおかた、米国あたりの旧世代機じゃないかしら。
なにか心当たりはある?マルガレーテ」
「何も、日本に知り合いなどいませんし」
マルガレーテは目を逸らし、無表情で髪を弄っている。
その様子を見ていたタマルは訝しげに尋ねる。
「どうかしたか、マルガレーテ。
落ち着かない様子だが」
「いえ、何でもありません。
敵が何者であろうと、僕の役目は変わりません。
そうでしょう?隊長」
マルガレーテはさりげなく作戦の説明に話を戻す。
「ええ、その通り。
基本的な戦術は予定通り、私とタマルが連携して前線を形成しつつ、後方からマルガレーテが支援する」
「“物部”と接敵した場合は?」
「二機で一気に接近して真っ先に叩く。
居場所を知られている場合、あの榴弾砲は無視できない脅威よ」
「ああ、あの馬鹿げた長砲身グレネードか」
「映像を見る限り、あの武装は重機関銃と併用できないみたいですね。
榴弾砲の組立シークエンス開始と同時に、衝撃吸収姿勢への変形が行われています」
「その間は全くの無防備ということか」
それにしても敵前で呑気に武器の組立シークエンスとは・・・」
「それでも威力は絶大よ。
長距離から一発でシールドごと消し飛ばすような武装など、そうあるものじゃないわ。
常に警戒を怠らないで」
ユーリアは時計を見ると、二人に部屋から出ていくよう促す。
模擬戦の開始時間はもうすぐだ。
「祖国に勝利を!」
ユーリアはそう言うと、自らの格納庫に向かう。
タマルもそれに続く。
「祖国に勝利を」
そしてマルガレーテも、
「祖国に勝利を」
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列車が停まり、その貨物たるルノホート3機が積み下ろされる。
作戦エリアの中心まで列車で行くことはできない。行く手を月の山脈に阻まれるからだ。
月面の機動兵器としてルノホートが採用された理由の一つに、その地形踏破性の高さが挙げられる。
“物部”のような例外を除いて、ルノホートは人型をしているが、二足歩行とホバー移動を組み合わせた移動方法は、悪路の影響を受けにくい。
またこの人型兵器は、山脈やクレーターなどの急峻な地形に行く手を阻まれた場合、かなり“人間的”な解決法をとる。
つまり登山家やクライマーよろしく、ロープを用いた登高と下降によりそれを踏破するのだ。
月には大気がないため空力がなく、空中輸送は効率的ではない。
そのため、月という荒野に対して人間が提示した答えは、人型をした兵器だった。
作戦エリアは“モスクワの海”と呼ばれるエリアにあった。
海と言っても、地球のように水が湛えられているわけではない。
海に見えるほど平坦な地形ということで、その多くは、巨大なクレーターの内部を溶岩が覆い、平原となっているものだ。
“モスクワの海”も、隕石の衝突によりできた巨大なクレーターの内部が、巨大な平原となっている。
その周囲を、これまたクレーターの衝突の余波で生まれた山脈が三重に覆い、盆地のような地形となっている。
模擬戦の作戦エリアはこの、3つの山脈に重ねられていた。
「この急峻な地形、戦車で行動できるとは思えないが」
尾根に沿って山を移動しながら、ユーリアは呟く。
「場所によりますが、明らかに踏破不可能で、迂回せざるを得ない箇所が散見されました。
それらを考慮に入れれば、“物部”の配置はかなり限られてくるでしょう」
「機動力も悪い上に、進行ルートまで丸分かりとはな」
ユーリアはふと、とある可能性に思い至る。
「“物部”との模擬戦に、よりにもよってこの地形が選ばれたこと。
偶然だと思う?」
マルガレーテは表情を変えずに答える。
「少なからず意図はあるでしょう、しかし、山脈は月にありふれた地形です。
僕達が気にすることではありません」
「なんだ隊長、あの戦車に同情でもしているのか?あんたらしくもない。
戦車に乗りたきゃ、地上勤務を申し出ればいい。むろん、大気圏内のな」
そこで、ユーリアはひとつ咳払いをする。
「・・・そろそろ指定座標よ。
ここは3つの山脈のうちの、中間か。
名前がないと不便ね」
月の地形名の多くは、昔の学者が天体望遠鏡で観測した時につけたものだ。
そのため、局地的なものについては名前のついていないもののほうが多い。
「では呼称を決めておきましょうか。
そうですね・・・
外側から順に、山脈A,B,Cというのは?」
「つまり、俺たちがいるのは山脈Bの尾根ってことか。
味気ないがまあ、いいんじゃないか」
「ええ、そうしましょう。
模擬戦開始時刻まで、ここで待機」
「「了解」」
ソヴィエト、日本ともに初期配置は山脈Bの指定座標である。
勝利条件は、敵隊長機の撃破。
いま、“物部”の進退を賭けた模擬戦が、始まろうとしていた。
『状況開始!!』