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第5話:ガチタンと、双子聖山

「ホントに味方になってくれる人が居たの!?」


宇野沢が格納庫にアリクを連れてきたのを見て、萬谷千都瀬は、信じられないといった顔をしていた。


「なかなか苦労したけどな」


「アリク・トロワイヤだ。よろしく」


「萬谷千都瀬です!

仲間になってくれて、本当にありがとう・・・」


萬谷はアリクの手を握ると上下にぶんぶん振る。


「気にしないで、自分のためだから」


「それでも、アリクは救世主だよ!

メカニックとして、出来ることはなんでもするから!」


「それは助かる。ソヴィエトのメカニックには頼れないんだ。

模擬戦の準備を進めていることがバレたら、色々面倒なことになる」


「よし、じゃあ早速機体を見せてもらおうかな!」


3人の目線が上を向く。

そこには物部とは全く違ったフォルムの、いかにも機動兵器然とした人型兵器があった。

アリクが簡単に機体の説明をする。


「ソヴィエト第二世代標準機“アルマータ”、そのマイナーチェンジだ」


アルマータのフォルムは、最新鋭のものと較べると線が太く、無骨な印象を与えるが、現在に至るまで連綿と続くソヴィエト機の遺伝子は確かに感じられた。

それを見て、宇野沢はユーリアの朱い機体の姿を思い浮かべた。


「ユーリアの“ザシートニク”はソヴィエトの第三世代機だったな」


「“アルマータ”はそのお兄ちゃん、ってとこかな。

機動性は第三世代に大きく遅れをとるけど、この機体のすごいところは、その安定性・信頼性と拡張性なんだ。


ソヴィエトの連邦共和国たちは“アルマータ”に各々の運用思想を託して様々に改造し、結果としてあたかもそれぞれが全く別の機体であるかのような振る舞いを・・・」


「ごほん・・・!」


萬谷に説明の主導権を握られたアリクが、軽く咳払いをする。


「あ・・・ごめん・・・つい興奮しちゃって」


「すまん、千都瀬さんはこう見えて重度のルノホートオタクなんだ」


「見れば分かるよ」


西側のメカニックがソヴィエトの機体を触る機械など、そうあることではない。これまで無きに等しい予算で“物部”だけを世話し続けてきた萬谷が興奮するのも、無理からぬ話だった。


「要は、“アルマータ”の特徴は、特徴がないこと。

目立った弱点がなくて、なんでもこなせるから、改修次第でどんな機体にも化けられる優秀な汎用機だよ」


萬谷は落ち着きを取り戻し、なんとか話をまとめる。


「そう。第3世代機が与えられるのは、中央委員会から直で派遣されるパイロットだけ。それこそ、ユーリア・アシモフみたいな連邦直属のエリートよ


あたし達みたいに連邦共和国から軍管区の枠を使って月に来ている奴は、連邦のお下がりをなんとか工夫して使ってるってわけ」


「それで、アルメニアの子は、どういう改造をされてるの?」


「キレイなもんさ。うちの国もかける予算なんてなくてね。

専属メカニックもいないから、ソヴィエトのメカニックが整備だけするんだ。『整備してやるだけ感謝しろ!!』って言いながらね。


だから引き渡された当時の姿をほとんど保ってる。

見せかけはね」


アリクはいたずらっぽく笑う。


「というと?」


「ソヴィエトのメカニックが整備しかしないなら、改造は自分でするしかない。

でもあたしはただのパイロットだ、武器や装甲、機体そのものに手を加えるノウハウなんてもちろんない。だから・・・」


アリクはコックピットに入り、2人に向けて手招きする。


「こっちだ」


アリクがシートに座り、2人は覗き込むようにしてコックピット内を見る。

ソヴィエト機はただでさえコックピットが狭いのだが、アリクの機体は計器類に外付けされた何らかの機材で埋め尽くされており、圧迫感があった。


「汚い部屋だな、友達を呼ぶ前に掃除したらどうだ?」


宇野沢が軽口を叩く。


「うるさいな、レイアウトを気にしてる余裕なんてないんだよ」


「この剥き出しの配線、正規のメカニックの仕事じゃないよね。

まさか、あなたが・・・?」


「そうだ。最初はコックピットでも地球の海賊放送を聞こうと思って、“中二階”に放置されてる古いレーダー機器をくすねて改造してたんだ。


そうしているうちに、頑張ればレーダーの性能を強化することくらいはできると思った。


ゼロから手探りでやったから見てくれは悪いけど、電子戦の真似事くらいはできる」


コックピットの床は足の踏み場もないほど機材類で埋めつくされており、それぞれが剥き出しの配線で接続されている。


壁には追加のモニターがいくつも増設され、役割が違うと思しきレーダースコープが数種類表示されている。


魔改造された機内は、一見して機動兵器のコックピットにはとても見えない。


「なんか、株の自動取引で生計を立ててる引きこもりの部屋みたいだな」


宇野沢は全く門外漢であるため、そのような感想しか出てこない。

だが萬谷は技術畑の人間として、何か思うところがあるようだった。


「これ凄いよ・・・さすが月基地の設備、旧式でも当時の最新鋭は伊達じゃない!

“中二階”にこんなお宝達が眠ってたなんて・・・」


「旧世代のレーダー機器じゃ、どんなに強化したところで意味なくないか?

レーダーの発した電波は“鼓動障壁パルスシールド”が吸収して、反射波は出ないんだろ?」


宇野沢は教本通りの知識から出た疑問をぶつける。

最強の機動兵器ルノホートに対し、レーダーは無意味というのが現在の一般的な認識だった。


「そう。確かに鼓動機関パルスエンジンが動いてる間、ルノホートはレーダーに映らない。


だから索敵はルノホートの心音が頼り。“聴診器”を当てて敵を探すのが、今の一般的な戦い。でもね」


アリクは得意そうな顔をする。


「“聴診器” の索敵を回避する方法はある、心臓を止めればいいだけ」


「それは鼓動機関パルスエンジンを止めるってことか?」


「そう」


「シールドもなく、全身のスラスターも使えない。

無防備な状態になる、会敵したらひとたまりもないぞ。」


「敵に見つかっていないなら関係ないでしょ?」


アリクはこともなげに言う。

萬谷も彼女と同意見のようだ。


「主要国が、この戦法を提唱した例はないね。

リスクが高すぎる上に、パイロットに要求される技術的・戦術的能力も桁違いだ。


それでも、それに特化した一個体がもし存在し得るなら、戦場を支配することができるかもしれない」


「つまりは、アリクは最後のチャンスに、一か八かのデモンストレーションをしようって訳か」


「そういうこと。ここまで苦労して改造したんだ、どんな結果になろうとも、この子に日の目を浴びせてやりたい」


アリクはコックピットの機材類に話しかけるように言った。

おそらく彼女は、このコックピットで相当長い時間を過ごしていたのだろう。


「ねえ、アリク。この子に名前ってないの?」


アリクの様子を見て微笑みながら、萬谷が聞いた。


「名前?そうだな、“アルマータ14号機”とか・・・」


「もう!!そういう管理のための名前じゃなくて、愛称だよ愛称!!」


萬谷はコックピットの外に出て、機体をまじまじと眺める。

ふと、左肩のパーソナルマークに目が留まった。


「このエンブレム、なんだろう。双子の山・・・?」


「ああ、アルメニアのルノホートは代々このマークなんだ。

アララト山。神聖な山で、アルメニア人の精神的な拠り所だ」


そう話すアリクの顔は、どこか誇らしげだった。


「へえ、日本で言うと富士山みたいなものかな」


萬谷はちょこちょこと動き回ったのち、コックピットまで再び戻ってくると、はちきれんばかりの笑顔で言った。


「決まり!この子の名前は今日から“アララト”ね!!」


「おいおい、そんなこと勝手に決めて・・・」


宇野沢が苦笑いしながらアリクの様子を伺うと、彼女も笑っていた。


「いいんじゃないかな、“アルマータ”と語感も近いし」


「よし、改めて今日からよろしくお願いね!“アララト”!!

とりあえず君の剥き出しの配線は気に入らないから真っ先に弄らせてもらうよ!!


ほら、アリクは早くどいて!!狭いんだから!!」


萬谷は早くも“アララト”を自分の子供だと思っているらしい。

天才の彼女のことだ、初めて関わるソヴィエトの機体でも、必ずうまくやるに違いない。


「どうやら俺たちは邪魔みたいだな、紅茶でも飲みに行かないか?」


「コーヒーならいいよ。粉ごと煮出した、アルメニア・コーヒーをご馳走するよ」


「決まりだな、行こう」


宇野沢は後日、その日萬谷が16時間もの間“アララト”のコックピットから出てこなかったという噂を聞いたが、その正否を本人に確かめることはなかった。


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