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第4話:ガチタン、同盟を結ぶ

「俺の僚機になってくれ」


そう乞われたアリク・トロワイヤは、首を傾けながら宇野沢に言う。


「莫迦?」


「そのあだ名で呼んできたのは、君で3人目だ」


「やっぱそうなんだ」


アリクは同情するように苦笑した。


「一応聞くけど、あたしに何をして欲しいわけ?」


「ソヴィエトとの3対3の模擬戦で、“物部”の僚機として戦って欲しい」


「あー、あたしの聞き間違いかと思ったけど、違ったか。

アルメニアって、いちおうソヴィエトの構成国なんだけど。」


「知ってるよ」


「それを知ってて何故そんな話を?」


「月での君の立場が微妙なものだって聞いたから、取引できるかと思ってね」


「誰に聞いたのよ、そんなこと」


李芳リーファン


「あのお喋り中国人キタイ・・・」


「そう身構えるなよ、俺たちは協力できる」


「冗談。協力して、ソヴィエトに銃を向けろって?」


「模擬戦はただの性能テストと戦術研究だよ。そんな大袈裟なことじゃない。」


「そんなことを信じている奴はこの基地にいない。

実際は米ソ高官に向けた見せ物ってのは常識でしょ?」


「そう、そこだよ。ただの性能テストで、君はソヴィエトの高官にシグナルを発することができる。こんな機会はそうそうない。


君は、いやアルメニアは、じきにルノホートを失うんだろ?」


宇野沢は胸ぐらを掴まれる。息のかかる位置にアリクの興奮した顔があり、額を突き合わせるような形で問答が始まる。


「なぜそれを知っている、それも李が・・・」


「そうだ、彼は君を心配していた。だから」


「余計なお世話だ」


そう吐き捨てるとアリクは宇野沢を離す。

宇野沢は乱れた襟元を整えながら、何事もなかったかのように続ける。


「李から聞いた。連邦内の共和国がルノホートを保有したければ、各軍管区に2枚だけ振り分けられた月行きのチケットを確保するしかない」


「あいつそんなことまで教えて・・・」


アリクは苛立たしそうに爪を噛んでいる。李芳はソヴィエトの人間ではないが、ここまで詳細を話すのは、少し度が過ぎているのではないか、と宇野沢も疑問に思っていた。


「そして君が持っているのは、ザカフカーズ軍管区のチケットだ。

いまはアルメニアとグルジアで2枠を占めている。


一人は言うまでもなく君で、もう一人は・・・」


「タマル・イリイーチ・バグラチオン。

お高くとまったいけすかない奴」


タマルはグルジア人で、実戦的で優れた戦闘センスと冷静な思考を併せ持つ、ある種理想的なパイロットだ。


「実力からして、ユーリアの僚機として必ずタマルは模擬戦に出てくる。

そこでタマルが“物部”を完膚なきまで叩き潰す、ってのが大方の筋書きだ。


だがしかし、そうなると困る奴がいる」


「へえ、それがあたしだって?」


アリクは肩をすくめて笑ったが、目つきは鋭くこちらを睨みつけたままだ。


「これも李から聞いたが、近くアゼルバイジャンからパイロットが来ることになってるんだろ?


そうなると、ザカフカーズ軍管区のチケットが一枚足りなくなるが・・・


さて、月から降ろされるのは、タマルと君、どっちだろうな?」


「・・・」


宇野沢は意地悪い笑みを浮かべる。

言うまでもなく現在の状況で一番困っているのは宇野沢なのだが、アリクは宇野沢の巧みな詭弁の術中にある様子だ。


交渉というものは、いかに不利材料を隠し、相手の困っていることを的確に把握できるかにかかっている。


「もしアルメニアがルノホートを持ち続けたいなら、道はひとつだ。


“物部”の僚機として、模擬戦でタマルの活躍を防ぎながら、ソヴィエトの高官にアルメニアの力をアピールする。


まさに一石二鳥、起死回生の一手ってとこだ」


アリクはまた腕を組み、顔を背ける。どうやら彼女のこの仕草は、表情を見られたくない時の癖であるようだった。


「何もしなければ、アルメニアは月から追い出されるんだ。

次に月行きのチケットが空く頃には、君は何歳になってる?


恐らくはパイロットとしての全盛はとっくに過ぎているだろう」


ルノホートのパイロットは、19歳までが全盛期とされている。

一般的に人間は、歳を取る毎に心拍数が下がってゆくが、それが“鼓動障壁パルスシールド”の強度に影響する。


シールドは、機体に接続されたパイロットの拍動と、ルノホートの心臓たる鼓動機関パルスエンジンの鼓動を同期させることで生み出される。


故にある程度の年齢に達したパイロットはシールドの生成能力に劣り、弾雨飛び交う一線を引かざるを得ない。


ゆえに、一度月を後にしたパイロットが、再びルノホートに乗ることはない。

仮にアリクが地球に帰還することになれば、それはルノホートとの永遠の別れを意味する。そして同じことが、宇野沢にも当てはまる。


「もう一度言う。俺たちは協力できる。

損はさせない、俺の僚機になってくれ」


宇野沢は手を差し出す。謀略まがいのことに至るまで、できることはやった。これで駄目なら、仕方がない。


「・・・」


アリクは暫く黙っていた。沈黙に耐えかねたのか手元の機械を何やら操作し始めたが、音量が上がったり下がったりするだけで、意味のない動作であることは明らかだった。


宇野沢はふと、それまでなんとなく聞き流していた海賊放送に耳を向けた。


ラジオ・エレヴァンはいかにも海賊放送らしくノイズだらけで、パーソナリティの話はこなれていたが、素人くささが抜けていない。

今やっているのは、リスナーからの質問に答えるコーナーのようだ。


「次のお便りです。『世界最低の国はどこでしょうか?』


・・・それでも、我々は国を愛しています。

では次の質問に参りましょう。」


細かいニュアンスは宇野沢には分からなかったが、どうやら自虐ネタらしかった。

これを聴き、それまで神妙な顔をしていたアリクが笑い出す。


「はははっ!!そうだ、そうだよな。

あたしはこの世界最低の国を愛している。


ケイとか言ったっけ?

あんた、アルメニア人のことは詳しい?」


「いや、全然知らない」


「じゃあ、3つだけ覚えときな。


1つ、アルメニア人は計算高い。

過酷な歴史の中で、世界各地に離散して生き延びてきた人々だから。


1つ、アルメニア人は愛国心が強い。

離散したアルメニア人の、望郷が詰まった国だから」


アリクは楽しそうに、歌うような表情をしていた。


「1つ、アルメニア人は・・・」


そこで一度言葉を切り、アリクは目を閉じ大きく息を吸い込む。


「・・・3つ目は?」


「グルジアが嫌いだ!」


アリクは無邪気に笑い出し、大声を張り上げた。


「あんたの話に乗ってあげるよ。

タマルの高慢ちきな鼻を、へし折ってやるから協力しな!」


アリクが宇野沢の手を強く握る。

いつの間にか宇野沢もつられて笑い出していた。


「よろしく頼むよ、トロワイヤさん」


「アリクでいいさ、今日から共犯者だ」


その夜はずっと、中二階には大音量のラジオと、二人の笑い声がこだましていた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 初めてお邪魔しております。梶一誠でございます。 これはIfSFですね。仮にソヴィエトが崩壊せず、1970年代以降も宇宙進出政策のリードを続けることができたと言う設定でしょうか? 新鮮で新た…
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