第34話:ガチタン、闇中の衝突実験
「また高エネルギー反応! 来るよ!」
千都瀬が叫ぶのと同時に、《もののべ》は2つの碇鉤をそれぞれ左右に向けて射出する。突き刺さった碇鉤は機体を壁面に縛り付け、壁面を走る履帯に摩擦力を与える。
急ブレーキのかかった《もののべ》は、壁面に履帯を横滑りさせながら急激に進行方向を転回する。
「うそぉ! 壁でドリフトぉ!?」
「喋るな、舌噛むぞ!」
蒼い光が《もののべ》を掠めた。無茶な急制動で直撃こそ避けたものの、掠めた部分の装甲表面は赤熱とともに溶融していた。
「躱した、このまま突っ込むぞ!」
「ちょ・・・! 心の準備があ!」
急旋回した《もののべ》は壁から碇鉤を抜き、並走していた“蜘蛛”に機関銃を掃射しながら最短距離で突撃する。
以前まで2門備えていた35mm機関銃は、破壊された左腕のダウングレードに伴い1門に減らされている。しかし、その継続火力は他のルノホートと比べても依然として劣るものではない。
「くそ、ちょこまかと!!」
“蜘蛛”は不規則に移動速度を加減速させ、偏差射撃の的を絞らせないトリッキーな動きをしている。以前戦った不明機のように不気味で捉えどころがなく、しかし明白に戦闘を想定している動きだ。
暗視モニター越しに“蜘蛛”の挙動を観察していた宇野沢は、その動きに強い違和感を覚えた。
「あいつ・・・壁面でジャンプしてやがる・・・」
「ふえ!? じゃあなんで壁に着地するのさ!?
頭にスラスターでも付けてるわけ!?」
「頭にスラスター・・・」
宇野沢の頭に再び不明機との戦いが浮かぶ。最初に出会った不明機もまた、スラスター位置が頭にあった。
「どうやらこのクモも、あの化け物と関係がありそうだ」
「え? それってどういう・・・」
「まずはぶっ壊して回収する! 話はそれからだ!」
“蜘蛛”の斜め後方から全速力で肉薄する《もののべ》。
落下による加速が弱点である機動力を補い、鈍重な戦車はいま、高速の機動戦を演じていた。
2門の碇鉤による急制動は宇野沢が咄嗟に繰り出したものだったが、2回、3回と“蜘蛛”のプラズマ投射を回避するたび、その動きに無駄がなくなってゆき、挙動が洗練されてゆく。
「すごい・・・ こんな常識外れの戦い方、シミュレーションでも見たことない・・・」
感嘆していた千都瀬だったが、すぐにその顔が色を失う。
「・・・待って! 約300m先に大きな障害物!
穴の底だ! 減速して! このままじゃ曲がりきれない!」
その瞬間、高エネルギー反応のアラートが鳴り、宇野沢が顔を歪める。
「駄目だ! いま減速したらプラズマ投射を避けきれない!」
「んなコト言っても!」
「イチかバチかだ! 舌噛むなよ!」
《もののべ》は加速し、後方ではなく斜め前方、つまり穴の底の方向へ碇鉤を射出する。
「なにをして・・・! それじゃブレーキかからない!!」
「碇鉤の刺さった位置を出す!
底まで何メートルだ!? 正確に!」
「正確に!? え、ええとこの数値だと・・・」
「早く!」
「じ、14.6メート・・・ うわあああ!」
言い切るより先に《もののべ》は刺さったままの碇鉤の巻き取りを始める。
落下速度と機体の加速に加え、碇鉤に向け引っ張られる力が更に《もののべ》を加速させる。
「もう駄目だ!! ぶつかる!!」
宇野沢は撃ち込まれた碇鉤を追い越しながら、“蜘蛛”から蒼い光が漏れているのを見ていた。
これが放たれたが最後、《もののべ》のコックピットには風穴が空くことだろう。
「なら、撃たれる前にやるまでだ!」
機体と碇鉤の距離が、巻き取られたワイヤーと等しくなったため、《もののべ》はそれ以上前進できなくなった。
行き場を失くした前方への推進力は、碇鉤を支点とした振り子運動へと変換される。
振り子の錘となった《もののべ》は、履帯を壁に擦りつけられたまま、ターザンのような格好で横方向に突進してゆく。
振り子の軌跡が向かう先には、蒼い光の点がある。
「間に合えええ!!」
振り子が“蜘蛛”に衝突すると同時に、眩い蒼い閃光が走る。
“蜘蛛“は回転しながらプラズマを周囲に撒き散らし、遅れて大きな爆発が《もののべ》の鼓動障壁を揺るがせた。
勢い余った《もののべ》は振り子の軌跡に従って上方向に運動したが、あまりの負荷に碇鉤が耐えかね、差し込まれていた壁面の岩場ごと砕け壊れた。
支えを失った振り子の錘は宙を舞ったが、2門あるうちのもう一方の碇鉤を使い体勢を立て直した。
宙吊りとなった《もののべ》の機体が、ようやく静止する。
「はあ・・・はあ・・・
さすが千都瀬さん、計算が早い。
誤差30センチってとこだったかな・・・」
「•••ひとつ聞いていい?
あたしの計算が間違ってたら、どうなってたの?」
「地面に激突するか、ワイヤーぶんの加速が足りなくてプラズマ投射に間に合わないか。
あるいは振り子の距離が足りなくて攻撃が外れてたか…
いずれにしろ、床への激突か、プラズマでの蒸発がの二択だな」
「うげえ…
慶くん…次があったら、あたしもう絶対コックピットには同乗しないから」
二重に重なった死の危険を間一髪のところで避け、堰が切れたように二人は笑い合った。




