第31話:ガチタン、転生
「ヴァル、そっちの状況は?」
「通信感度良好、視界良好、あとは…まあ変化なしだ」
西ドイツのヴァランタイン•シュタイナーは気だるげに答えた。
ここ暫くの間、同じような定時連絡を何回しただろうか。
「ケイ、俺はいつまでここに突っ立っていれば?」
「次の交代はもうすぐだ、もう少し辛抱しろ」
「違う、このミッションはいつまで続くのかってことだ。
こちらはもう二週間以上、毎日見張り番だからな」
「それは俺にも分からないよ、ヴァル。
でもいつ”アレ”が来ないとも限らない。
西側で”アレ”と戦った機体は、ヴァルの《アウトバーン》しか残っていないんだ。
《物部》は動ける状態じゃないからな」
「それで柄にもないオペレーターなどやっている訳か。
《物部》の改修の見込みは立っているのか?」
「わからない。でも千都瀬さんが頑張ってくれてるから、きっとなんとかしてくれるさ」
「いずれにしろ、早く復帰してほしいものだ。
そしてこの退屈な見張りを代わってくれ」
「ほらヴァル、言っている間にお待ちかねの交代だ。
昨日までの奴とは別のパイロットらしいけどな」
「あちらはまた交代要員か。俺の代わりはいつまで経っても現れないというのに」
疲れ果てた西独の歩哨に、ニ機のルノホートが近付く。
二機とも武器を除けばフォルムは似通っており、同型の機体であることが見てとれた。
「ご苦労だった。
〈アダム•ラボラトリーズ〉社のエメットだ。
不明機と戦ったというパイロットは君だな、ヴァランタイン•シュタイナー」
「待て、私企業の雇われパイロットが、何故そのことを知っている?」
「当然だ。このミッションの目的は不明機の出所を突き止めること。
戦う相手もわからずに、見張りなどできるものか」
「他国のパイロットには緘口令を敷いておいて、アメリカだけは特別ってことか。
…フン。まあいい、俺は休ませてもらう」
ヴァルが苛立たしげに通信を切る。
「オペレーター、お前さんも少し休んでくれ」
エメットが宇野沢に話しかけてくる。
「いや、そういう訳には」
「ただの見張りだ、オペレーターも暇だろう。
それに俺たちは二人だ。片方がデータの監視を行えば、君がいなくても問題はないだろう?」
「おう、エメットの兄貴の言う通りだぜ。
イザと言う時に疲れてミスしました、なんてジョークにもなりゃしねえ」
エメットの僚機も通信に入ってくる。
声は若く、エメットの弟分のようだ。
「お言葉に甘えるとしよう。
ありがとうエメット。それに…」
待ってましたと言わんばかりに、弟分の方が答える。
「ジェイクだ。2丁拳銃の色男といえば俺のこと。
覚えておいて損はないぜ?」
「分かったよジェイク、ありがとう。
通信終了」
──────────
宇野沢はヘッドセットを外すと、大きく息を吐きながら椅子の背もたれに寄りかかった。
「…ヴァルの言う通りだ。
私企業にまで情報が浸透してるなら、緘口令なんて意味がないだろう」
モニターから目を離さないまま独り言のように口にする。
それにアイラが反応した。彼女も仕事の手を止めぬまま答える。
「現在のアメリカは、月基地の大部分を民間に委ねていますから。
ここで動かせる手駒は限られていますし、私企業を使わざるをえないのも無理からぬ話です」
「なんだか温度差を感じるな。
ソヴィエトは未だに国家の威信をかけて宇宙開発をしているのに」
「宇宙開発競争は一つの区切りを迎えました。
今、西側の宇宙開発を支えているのはアメリカの投資家と民間企業です。
対するソヴィエトは、今なお国庫から湯水のように予算を出し続けている。
いずれ持たなくなるでしょう」
「…もしかして月基地って、結構危ないんじゃないのか?」
「今更気づいたのですか?
利益を生まないと判断されれば西側の企業が撤退。
本国の財政が危うくなればソヴィエトが撤退。
月基地の存在意義を辛うじて保たせているのが研究班ですよ。
そんなに暇なら、彼らのサポートに入って下さい」
宇野沢の端末上に、研究班の現在位置がマークアップされる。
宇野沢は溜息をつきながらアイラから送信されたファイルに目を通す。
「現在、アダム社のルノホートが護衛している地点。
〈セグメントδ〉と呼称されていますが、そこでは新たな研究拠点の設営が急ピッチで行われました。
この地点に、不明機が潜んでいた可能性があると考えられ、現在調査が進められています」
不明機の出所として考えられる地点の条件は、〈モスクワの海〉付近にあり、かつ地表のスキャンに引っかからない場所であること。
その最有力候補として挙げられていたのが、〈セグメントδ〉であった。
「確か、大きな縦穴があったんだよな?」
「ええ、直径約50m、深さは不明。
宇宙線からの遮蔽物となり、安定した環境にあるこの縦穴には、かつて推薬精製プラントを建造する計画もありましたが…」
「その時の調査では何も異常はなかったのか?」
「調査は途中で打ち切られました。
その時のデータだそうです」
アイラから新たなファイルを受け取る。
「無人探査機、計8機が全て未帰還?」
「遠隔型、自律型ともに全滅だそうです。
残りは有人探査しか有りませんが、無人機で安全が確認できないため中止されたとのことです」
「”深さは不明”ってのはそういうことか…
それで、今回の調査はうまくいってるのか?」
「当然、芳しくありません」
アイラは表情を変えぬまま言い切る。
「アプローチに変化がありませんからね。
そろそろ12機目の探査機が出発する頃ですか。
どうせ未帰還でしょうけどね」
「それで、研究班のサポートってのは何をすれば?
また書類の作成やデータの整理か?」
「いえ、そんな裏方仕事ではありません。
もっと花形の仕事ですよ」
「おや、珍しいな。
丁度いい、地味な仕事にも飽きてきたところだったんだ」
宇野沢は意外な顔をする。『第二管制室』付きになってからというもの、事務仕事に忙殺されていたからだ。
「ときに宇野沢さん。13番目の探査機は大きくアプローチを変えて、有人探査となるみたいです。
縦穴の構造によっては通信が出来なくなる可能性がありますから、かなり危険な任務ですね」
「おいおい、安全が確認できずに中止されたんだろ?
少し早計じゃないか?」
「あらゆる状況に備えて、探査機に大量の機材を積んで対抗するみたいです。
そのための探査機は、豊富な積載量と悪路走破性を兼ね備えた大型重機となりますね」
「研究班がそんな切り札を隠し持っていたとは、聞いたことがないな」
宇野沢はデータを読みながら話半分で聞いていた。
研究班は全く馴染みのない組織で、どうしても他人事としてしか聞くことができない。
「つい最近、某機関から協力の申し出があったみたいです。
研究班にとっては願ってもない話でしょう。
これがそのデータです」
「へえ…ん?」
またもやアイラから受け取ったファイルを開くと、13番目の探査機のデータがモニターに映し出される。
宇野沢はデータを見るなり、口をぽかんと開けて固まった。
そこに記されていたのは、有人大型探査重機の運用についての計画だった。
「お、おい、これ…」
「見ての通りです」
「おい!いつから《物部》は研究班のものになった!
あと《もののべ》ってなんだ!なんでちょっとかわいい感じになってるんだ!!」
「何を言ってるんですか、あなたは」
アイラは首を傾げる。英語表記では変化がないので無理はない。
「落ち着きなさい。萬谷さんのアイデアです」
「千都瀬さんの?」
「探査計画に《物部》を使わせる。
そうすることで、研究班の予算で物部の改修ができます。
研究班はルノホートという最高性能の重機を使用できる類稀な好機に恵まれる。
正にWin-Winです」
「なるほど…」
宇野沢は言葉を飲み込む。
萬谷は彼女なりに、《物部》を最速で改修する道筋を探っていたのだ。
それに比べれば《物部》が《もののべ》になったことなど、瑣末な事に過ぎない、
「ちなみに、今回のあなたの仕事は探査機に乗って縦穴を調査することです」
「…さっき危険な任務とか言ってなかったか?」
「…さあ、どうでしょう」
アイラは相変わらず表情を変えず、仕事の手も止めない。
彼女が叩くキーボードは、宇野沢への命令書の文章を鮮やかに打ち出していくのだった。




