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第29話:ガチタン、東の三人

「なんで不明機のことが機密になるんだ!!」


ラウンジで、アリク•トロワイヤは苛立ちとともにカップを机に勢いよく置く。中に残っていたアルメニア•コーヒーが縁から溢れるが、彼女に気にする余裕はない様子だ。


「…声が大きい。機密をベラベラと口にするな」


タマル•バグラチオンがそれを戒める。だが彼の表情も険しく、苦虫を噛み潰したような顔をしている。


「だから!不明機のことを口にできないこと自体がおかしいって言ってるんだよ!!


グルジア人は冷淡だ、なんでそう平然としていられる?」


「落ち着け…アリク。上にも考えがあるのだろう。

俺たちみたいな末端が考えることじゃない」


「上の考えなんて何もない。

考えてることは、想定外の事態の責任をとりたくないってことだけ。


出世と派閥政治がしたいだけなら何も月に来てまで…」


「アリク!!」


タマルが彼女の襟首を掴み、顔を近づける。

そして周りに聞こえないよう、小声で言った。


「俺も同じ気持ちだ。だが今は耐えろ」


「•••離して」


暫く、二人の間に沈黙が流れる。


「俺が言っても聞かないだろうが、とにかく頭を冷やせ。


言えるのはそれだけだ。

くれぐれも軽挙妄動は慎め」


タマルはラウンジから去っていく。

アリクはしんとした空間に一人残され、完全に冷め切ったコーヒーを啜り気を紛らわせていた。


「ついこの間まであんなに仲が悪かったのに、今は仲良しですね。

重畳なことです」


「どこを見ればそう思えるの?マルガレーテ」


誰もいないと思っていたラウンジに、いつの間にか東ドイツの少女が入ってきていた。スナイパーとして高い能力を持つ彼女は、気配を消すのも得意なのだろうか。


「アリクさん、あなたは特に目立つべきじゃないです。


僕やタマルと違って、模擬戦であなたはケイさんの側についた。

一歩間違えれば祖国の裏切り者ですよ」


「不明機が出てきて、敵も味方もなかっただろ」


アリクは苛立たしそうに言い捨てる。


「重要なのは周りがどう思うか、です。

“モスクワの海事件”の詳細が秘匿されている以上、本当はどうだったかなんて何の意味もありませんよ」


「そうだな、でもあたしは人間なんだ。

さっきまでここにいた、グルジア原産の冷血動物みたいに、何も考えず受け入れることはできない」


「タマルのことですね。

あれはアリクさんのことを心配して怒ってるんです」


「はっ、まさか。

自分の立場を気にしてるだけ」


「あの鉄面皮に騙されてはいけません。

あれは単に表情筋が死んでいるだけで、実はタマルの正体は、お節介焼きのお母さんみたいな人なんです」


「…随分アイツの肩を持つんだね」


「アリクさんこそ、何故そんなにタマルを嫌うんです?

仲良くしようとすれば、タマルだってきっと応えてくれますよ」


「…アイツと馴れ合ったところで、意味はないよ。


近くアゼルバイジャンからパイロットが来て、あたしかアイツのどちらかが月から降ろされる。


一緒に仲良くなんて、最初から無理だよ」


「本当に、そうでしょうか?」


マルガレーテの大きな瞳が、アリクを覗き込む。


「今回の模擬戦、あなたはリスクを負ってまでケイさんのチームで参加し、タマルと一騎打ちを演じた。


その結果は…」


「ああ、惨敗だよ」


アリクは苛立たしそうな口調でそう言ったが、目は悲しげだった。


「いえ、”アララト”の特性を利用したアリクさんの戦術は見事でした。

僕もたいそう苦しめられましたし、結果として模擬戦の勝者はアリクさん達です。


勝負に負けて試合に勝った。

アリクさんとタマル、模擬戦だけを見れば、二人に甲乙は付け難い。

でも問題はその後です」


「その後?」


「アリクさんは”モスクワの海事件”のあと、不穏な言動を繰り返し素行不良も目立ちます。


模擬戦で西側陣営に接近したこともあり、客観的に見てとっても怪しいです。

もし僕に人事権があるなら、どんなに優秀だろうと、月から降りるのはアリクさんです」


「…それがどうしたのよ」


「まだ分かりませんか?

あなたを放っておくだけで、グルジアはアルメニアとの椅子取りゲームに確実に勝てるんです。


なのに、お節介なタマルはあなたの立場について何かと世話を焼いている。

あなたにその気がなくても、タマルはアリクさんを仲間だと思ってるんです」


マルガレーテの語調が強まる。諭すように静かな言葉が、アリクに重くのしかかる。


「…出過ぎたことを言いました。

本当は、タマル本人が言うべきです。


でも、彼にその気がなさそうだったものですから。

僕ももう行きますね、そろそろタマルがウジウジ悩んでる頃なので」


「マルガレーテ、最後に一つ聞いていい?」


「何でしょう?」


アリクは神妙な面持ちで口を開く


「なんでタマルは呼び捨てなのに、あたしは”アリクさん”なの?」


「心理的距離の違い、ですかね。

…嫉妬してます?」


「いや?」


アリクは少しだけ負けた気がした。


「あたしのことも気楽に呼んでよ、戦友でしょ?」


「それは命令されることではありません。

僕が呼びたくなったら、呼ぶこととします」


「ふん、かわいくないやつ」


マルガレーテは席を立ち、ラウンジから離れる。

出口の扉を通る直前、マルガレーテが振り返り、アリクに呼びかける。


「僕たちが助かったのは、あなたのお陰です。

今後も頼りにしてますよ、”アリク”」


では、と言うと彼女の小さな後ろ姿は消えていった。


「…中々かわいい奴」


アリクは一瞬で評価を改めると、少し楽しげな気分で再び椅子に座る。

残っていたコーヒーを飲むためにカップを傾けると、口の中にジャリジャリとした粉の感触だけが残る。


マルガレーテの隠れた特技は、他人のコーヒーの盗み飲みであった。


「やっぱりかわいくない奴!!」


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