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第28話:ガチタン、事情聴取

「モスクワの海事件」ののち、月基地に帰投した宇野沢たちを待っていたのは一週間近くに渡る事情聴取だった。


月基地の高セキュリティ区画の一部屋、そこだけが宇野沢に許された自由な場所だ。


物理的に拘束されているわけではなく、必要な物は近くにいる職員に知らせれば用立ててもらえるが、他のパイロットと顔を合わせたり話をしたりすることはできなかった。


アリク、ヴァル、マルガレーテ、タマル。

なし崩しとはいえ、彼らは共に死線を潜った仲間たち。

彼らとは、基地に帰投してからは一度も話ができていない。


それに、萬谷千都瀬。

彼女が何晩も寝ずに仕上げた《物部》は、かなり派手にやられていた。

小言や嫌味の一つでも言われなければ、落ち着かない。


白い壁、白いベッド。

黒服に身を包んだ職員による取り調べ。


無機質な時間が続く中、唯一宇野沢にとって救いだったのは、取り調べをする者の中に途中からアイラ•ジェンキンスが加わったことだった。


いつ終わるとも知れない聴取の日々で、アイラが目の前に現れた時、宇野沢には彼女が。


「見知った顔の方が話しやすいだろうという配慮だそうです。

あなたの聴取など、できればあまりやりたくないのですが…」


彼女の表情には疲れが見えた。

様子を見るに、彼女は事件について調べる側の立場らしい。


「アイラ、どちらかと言えば君も取り調べを受ける側じゃないのか?」


「そうですね。私がただの作戦オペレーターなら、あなたのように軟禁されていたかもしれません。


あの現場にいたわけですから」


「つまり、只者じゃないって訳か。

でも少なくとも俺は、単なる只者だろ?

何故こんなところに押し込められてるんだ?」


「先の事件、通称”モスクワの海事件”によって、東西陣営の外交関係に混乱が生じています。


何しろソヴィエトの誇る最新鋭のルノホートが大破、エースパイロットが…」


アイラはそこまで言うと視線を逸らした。


「ユーリアは不明機と戦いながら、地球外文明の存在を警告していた。


にも関わらず、最優先されるべきはソヴィエトとアメリカの対立か…」


アイラは無言だ。

何が思うところがあるのだろう。


「知っての通り、先の大戦後から長く続いた冷戦は、熾烈な宇宙開発競争の果て、”ウラジオストク条約”の締結により終了しました。


アメリカが月基地を人類の基地として差し出し、ソヴィエトがルノホート技術を人類の共有財産とする。


ここ月基地は、二大国の協調路線の象徴です。

しかしここにきて、新たな争いの火種が燻り始めた…」


「火種…?」


「西側は今回の事件をソヴィエトの自作自演だと考えています。

ソヴィエトはその逆。今回の事件はアメリカによる攻撃としている」


「待て。地球外文明、ユーリアの警告はどうなる。

月基地の存在意義はそこだろう?」


「地球外文明ですか…

一部の研究者は嬉々として調査計画を立てていますが、基地司令の認識は違うようです。


不明機の襲撃はあくまで人為的なものだと」


「…」


宇野沢はそこで、ユーリアが命を賭けた警告が無視されようとしていることを知った。

確かに、常識的に考えればそうだ。


知らない技術、原理不明の機械があったからといって、すぐさま人の手にならぬものと決まる訳ではない。


しかし、仮に本当に、不明機の正体が彼女の予期した通りなら…?


「難しい顔をしていますね」


「当たり前だろ。

こっちは命を賭けて戦ったんだから。


真実がどうであれ、まずは不明機の正体についてはっきりさせる。

それがユーリアへの弔いだ。」


宇野沢の手に力が籠る。

アイラは少し間を置いたのち、切り出した。


「先に伝えておきましょう。

不明機の件は、他言無用でお願いします」


「どういうことだ?」


「そのままの意味です。

“モスクワの海事件”は模擬戦中の事故、それ以上は現場が知る必要はない。

そういうことになってます。


私のように既に本件に関わっている者に対しては例外ですが、その他の者に対して情報を開示することは許されていません」


「もし従わなければ?」


アイラは入口の方に少し目をやったのち、声を低めて言った。


「…今は私に従ってください。

あなたの帰還船は既に準備ができています。

無論、あなたの『急病』に備えて。


ちなみに主治医の診断書は作成済みらしいですよ」


宇野沢は苦笑いした。


「手際のいいことだな」


「萬谷さんによれば《物部》は大破状態で、修復予算の目処は立っていないそうです。


もちろん、帰還船の貨物スペースには《物部》を積む余裕を開けてあります」


日本の保有するルノホートは《物部》一機のみだ。

つまり、それは日本が月基地から完全に手を引かざるを得なくなることを意味する。


「分かった。もう充分だ。

アイラ、君に従う。ここから出してくれ」


「承知しました。手配しておきます。

…暫くの辛抱です。

悪いようには、しませんから」


最後の一言だけ、アイラは目を逸らしながら言った。

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