第27話:ガチタン、冷戦再開
先日の事件を受けて、月基地のあらゆるお偉方は情報の整理に追われていた。
それが一通り済んだところで情報共有のための会議が開かれることとなり、この部屋では西側陣営の立場ある人間たちが額を合わせて顔をしかめ合っていた。
いるだけで頭が痛くなってくるような会議室にて、場に似つかわしくない華やかさを放つ女性が報告を始める。
懸案は、“モスクワの海事件”について。
宇野沢慶率いる3機と、ユーリア•アシモフ率いる3機が模擬戦を行っていた作戦範囲に、突如として不明機が襲撃した事件。
襲撃を受けた6機はすぐさま模擬戦を中止し、ユーリア•アシモフを隊長として、不明機との戦闘状態に入った。
不明機は現行の技術レベルを遥かに超えた速度で移動し、原理不明の六連装高速砲でユーリア•アシモフの”ザシートニク”を撃墜。
ユーリア•アシモフの応急処置にあたった宇野沢慶からの報告によれば、真空状態となったコックピット内にて、彼女のヘルメットは完全に破壊されていた。
残された5機は連携して不明機に対抗し、最後は”物部”が自爆に近い形で機能停止に追い込んだ。
「以上が、パイロットからの報告をもとにした事件の概要になります」
英国のアイラ•ジェンキンスがひとまず報告を終える。
普段は凛とした雰囲気のアイラだが、この日はかなり疲れた様子だった。
それもそのはず、彼女はここ三日ほどろくに睡眠もとらずに、情報の整理と報告書の作成に追われていたのだ。
アイラは西側陣営において、”モスクワの海事件”に直接関与した数少ない事務官だった。
「ソヴィエト側の自作自演では?」
1人の男が言った。
アメリカ政府から派遣された外交筋の人間だ。
「まずもって、この事件に関わった人間に、西側陣営の者が少なすぎる。
実際に事件の現場にいたのは日本の宇野沢慶と、西ドイツのヴァランタイン•シュタイナーのみ。
あとは作戦オペレーターとして離れた場所にいたアイラ君だが、事件中は通信が繋がらなかったのだろう?」
「ええ。不明機による通信妨害と思われます」
「しかしねえ、パイロットの証言を聞けば、戦闘中に通信を行っていたそうじゃないか」
「ええ。宇野沢慶の小隊にいた、アルメニアのアリク•トロワイヤが周波数の調整を行って通信を中継していたそうです」
男が肩をすくめた。
「はっ、出来すぎた話だな。
通信妨害がソヴィエトのものだと考えれば、ソヴィエト機だけが通信を行えたのも自然というものだ」
部屋の各所で、ぼそぼそと話す声が聞こえる。
アイラは無表情を崩さぬままだ。
「そもそも宇野沢慶という男が怪しい。
ソヴィエトと模擬戦をやるというに、なぜソヴィエトの衛星国と組んだのだ。
人選からしてソヴィエトの意図を感じる」
アイラがぴくりと瞼を動かす。
少しのち、こともなげに話し始める。
「ほとんどのパイロットに断られたそうですよ。
私がオペレーターとして参加したのも、シャーマン教官の執拗な懇願あってのことですし」
会議の末席にいたシャーマン教官に対し、俄かに注目が集まる。
シャーマン教官は頭を掻きながらばつが悪そうにするだけだ。
「なんにしろ、この模擬戦にアメリカが関わっていなかったことを理由に、ソヴィエトが難癖をつけてきている。
『この事件で被害を全く受けていない国が、不明機の飼い主だ』とね
まったく、言いがかりもここまで来ると怒りを通り越して笑えてくる」
「笑ってばかりもいられません。
ソヴィエトは不明機の襲撃をアメリカの仕業と決め付け、事件の調査結果について一切の情報開示を行わないとしています。
「そして肝心の不明機はソヴィエトが回収して、我々は触れることもできない、と。
なんと言ったかな?その、”偶然”事件現場に居合わせて、現場を封鎖して不明機を掻っ攫ったパイロットは」
外交筋の男は皮肉っぽい口調で言う。
「イラリオン・レアクツィオヌィという男です。
あくまで噂ですが、パイロットというよりは、政治委員のような役割を期待されて月基地に派遣されている可能性があると言われています」
「はっ!ここまで露骨な話はそうないよ。
ソヴィエトは自作自演の事件を口実に、月でも冷戦を続けようって腹だ。
本件は火種だよ。火のないところに煙を立てようとしている」
「しかし•••」
アイラは一瞬言い淀む。
しかしすぐに言葉を継いだ。
「宇野沢慶の通信記録に、ユーリア•アシモフの言葉が残っています。
戦闘状態に入ったきっかけは、彼女のこの言葉です」
アイラは音声データを再生する。
『現時点より、”X“と呼称していた正体不明機を、”地球外の脅威“と認定する。
並びに、当該機の排除を目的として、無条件の武器使用を開始する』
クスクスと、会議室に忍び笑いが起きる。
外交筋の男が、不機嫌そうに遮る。
「もう結構。
我々は演劇を聞くためにこの部屋にいるのではない」
誰一人として、まともに取り合うものはいなかった。
会議は楽観的な雰囲気で占められており、シャーマン教官ですら、周りの笑い声に合わせて愛想笑いをしていた。
外交筋の男は続ける。
「ソヴィエトの言い分はこうだ。
アメリカはソヴィエトを害するために不明機を差し向けた。
ソヴィエトはそれを地球外文明の接触と勘違いして攻撃した。
つまり、ソヴィエトは一方的にアメリカに攻撃された被害者だ。
本当によくできたシナリオだな。
ソ連映画がハリウッドの足元にも及ばない理由がよく分かる。
彼らはもっと脚本家の教育に力を入れるべきだよ」
“モスクワの海事件”についての会議は、ソ連の自作自演という結論をもって終了した。
それはアイラが地獄からやっと解放されることを意味していた。
「早く眠りたい•••」
気の抜けたアイラはすぐにでも眠りたかったが、最後にもう一仕事だけ残っていた。
会議の終わり際、上官に執務室へ来るよう命じられていたのだ。
「アイラ•ジェンキンス、入ります」
一応の礼儀を済ませて、入室する。
真面目で有能なアイラには珍しく、頭の中はベッドでいっぱいだった。
「アイラ君、君に指令がある」
「はあ•••?
報告書の再作成とか言いませんよね?」
完全に気の抜けているアイラは、普段口走らないようなことを言っている。
「いや、報告書は素晴らしかったよ、ご苦労様。
君に任せたいのは、宇野沢慶の監視だ」
「はあ、承知しまし•••
はあ!?」
「彼はソヴィエトのスパイである可能性がある。
監視しなければならんと判断した」
「お言葉ですが、私と彼は顔見知りですので、監視は顔の割れていない者に密かにさせるのがよろしいかと」
アイラは目が覚めたのか、いつもの口調に戻り始めている。
「その要員は他に用意しておく。
君の役割はあくまで威圧だ。
彼に四六時中つきまとい、監視していることを印象付けろ。
地球外文明がどうのとか、ソヴィエトの妄言を広めないようにな」
「一つよろしいでしょうか•••
私のプライベートは?」
「彼から目を離さなければ、特に我々から言うことはない。
自由にしてくれ」
アイラは部屋を出るとそのままベッドに直行した。
そして、全ては悪い夢なのだと思い、考えることをやめてとにかく深く眠ることにした。




