第26話:ガチタン、状況終了
“物部”が不明機を討ち果たしたあと、程なくして列車との通信が回復した。
謎の通信障害は不明機が引き起こしていたものらしかった。
通信が繋がると、アリクがすぐに作戦オペレーターのアイラへ、状況をありのまま報告した。
アイラは報告を聞くとすぐに回収班の手配を行い、その後の処理は彼女の手腕でつつがなく進められた。
「もうすぐ回収班が到着します。
動ける機体は“アウトバーン”と“アララト”だけですね?」
アイラからの通信だ。突然降って湧いたような話にも混乱せず、彼女は的確に事態を収拾していた。
タマルが通信に応答する。
「ああ。“シャーシュカ”と“ライブガルデ”は損傷につき自力移動が困難。
だが俺たちの回収は後回しでいい。
まずは大破した機体が先だ」
「ええ。
大破したのは“物部”と、
“ザシートニク”」
「・・・」
沈黙が流れる。
大きな敵を打ち倒し、奇跡的な勝利を成し得たにも関わらず、そこには重苦しい雰囲気が漂っていた。
その沈黙を、ヴァルが破る。
「不明機の得体が知れない。まだ他にいるかもしれん。
戦闘能力を残しているのは“アウトバーン”だけだ。
回収班の護衛につく」
「それには及びません。
既に回収班には護衛機が1機、随伴しています」
「なに?
列車に乗っていたルノホートは俺たちだけの筈だろう?」
「ええ、幸運でした。
偶然、別の列車が近辺を進行していたんです。
それに、ソヴィエトの“ラストリョル”が随行していました。
回収中の護衛は同機が行います。
あなたたちは行動不能の2機を牽引してください」
「“ラストリョル”・・・
それならまあ、俺が護衛するより、よっぽど安全か。
よし、俺は“ライブガルデ”を牽引する。
アリクは“シャーシュカ”を頼む」
「分かった。
ケイ、回収班が来たら“アララト”に乗りなよ。
先に列車に戻って休んでよう」
「・・・ああ、そうさせてもらう」
「まあ、乗り心地は保証しないけどさ」
こうして彼らは、戦場を後にする。
宇野沢はコックピットから出る時、崩れ落ちている不明機を一瞥した。
重要な機関はやはり頭部に集中していたようだが、もはや原型をとどめていない。
宇野沢には、そこに芸術的な物体が展示されているように見えた。
だがこの物体こそが、彼らからユーリアを奪ったものであった。
結局、理由も分からぬまま、得体も知れぬまま、彼らはこの戦場から去るしかない。
暫くすると、回収班が“物部”の爛れた装甲を剥がし、なんとかワイヤーを繋留しようとし始めた。
その作業者には、見知った者の姿も見えた。
宇野沢は通信を繋ぐ。
「はいはい、千都瀬さんですよー」
「千都瀬さん、物部は直せそうか?」
「んー、外装は滅茶苦茶だね。
これはちょっと厳しいかもだけど・・・
まあ、内部が無事なら、いつかはなんとかなるよ!」
「そうか・・・ありがとう。
あと、そこにある機体、どう見る?」
「・・・正直気にはなるけど、わたし達じゃ手出しできない代物だよ、これは。
回収班も、“物部”と“ザシートニク”を回収したらすぐに撤退するよう厳命されてる。
こわーいおじさんが、不明機には指一本触れるな!ってさ。
そこに立ってる、ソヴィエトの“ラストリョル”は、そのお目付け役ってとこだろうね」
「こいつが何者か、俺は知ることができるんだろうか」
「今、調査班が組織されて、基地からここに向かってる。
回収班が帰ったあと、秘密裏に不明機を回収して、研究所に回すんだろうね。
そうなれば、わたし達が不明機について得られる情報は、大本営発表だけになる」
それは、大国の思惑に沿う情報だけを、口を開けて待っているしかないということだ。
むしろ、今回の件が隠匿され、表面上なかったことにされる可能性すらある。
「・・・俺はこいつが何者で、なぜ襲ってきたのか知りたい。
そうじゃなきゃ、何のためにユーリアが・・・」
萬谷は沈黙した。
元はと言えば、この模擬戦の発端となったのは彼女の発言で、ユーリアがそこに助け舟を出したことで、巻き込まれた。
「・・・慶くん、こんな奴と戦って、勝って、
キミはすごい奴だよ。
だから、今はもう、これ以上思い悩む必要はないよ。
今日はゆっくり休んで、またあとで考えればいい」
「・・・そうかも、しれないな」
ちょうど、アリクの“アララト”が宇野沢を迎えに来た。
「じゃあ、先に失礼するよ、千都瀬さん」
「うん、あとはわたしに任せて」
宇野沢は“アララト”のコックピットに乗り込む。
“アララト”が列車に向けて出発し、その姿が小さくなった頃、萬谷は独り、不明機を睨みつけていた。
「あたしが・・・必ず・・・!」
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ソヴィエトの第2世代機“アルマータ”は、ただでさえコックピットが狭い。
その改造機である“アララト”は、通信機器が床を埋め尽くしているため、居住性は全ルノホートの中で最悪と言ってよかった。
「一人乗りとはいえ、ソヴィエトのコックピットはあまりに狭すぎないか?」
宇野沢はヘルメットを脱ぐと、狭い機内の中で居場所を探り始めた。
「合理的よ、容積は有限なんだから」
「それにしてもこれじゃ足の踏み場も・・・」
「あっ、馬鹿!
それはデリケートな機器なの!
もう、ウロチョロするな!!」
通信機器を踏みかけた宇野沢の首元を、アリクが引っ張り、シートに引き摺り倒す。
結局、この狭い機内に二人が乗るには、操縦席に座るアリクの上に、宇野沢が座るほかない。
「ほら、ここで子供みたいに大人しくしてて」
宇野沢は文字通り、"すわり"が悪そうにしていた。
揺れる機内で姿勢を保つためには、アリクにしがみつく他なく、とても落ち着かない。
「場所を替わろう。俺が下だ」
「嫌だ、あんたにしがみつくなんて」
「操縦者が前を見れたほうがいいだろ。
合理的に考えろ、容積は有限なんだ」
そういうと、宇野沢はアリクを持ち上げ、強引にシートに滑り込む。
「うわっ!」
ふわりと浮いたアリクは、機体の揺れを受けて咄嗟に宇野沢にしがみつく。
重力が小さい分横揺れはダイレクトに影響し、密着しているとなおさらそれが顕著だ。
「“シャーシュカ”に乗るべきだったな・・・」
「・・・タマルのコックピットに乗っても暑苦しいだけでしょ。
ったく、ラッキーだと思えっての」
「はいはい・・・」
アリクは不平を一言漏らすと、話題を変えた。
「そんなことより、ひとつ気になってることがあるんだ。
“ラストリョル”のこと」
「ソヴィエトの最新機体だろ。
でもユーリアと違って、あまり噂は聞かないな」
「ユーリアは暇さえあれば模擬戦をやらされてたからね、いわば最新機の広告塔よ。
でも“ラストリョル”は、それとは真逆。
公開の模擬戦をやったことは一度もない」
「どうしてだ?」
「あいつは、あたしら全員に向けた監視役。
だから手の内を見せない。
月基地の方針とは完全に分離した、党の意志の実行者。
それが“ラストリョル”のパイロット、イラリオン・レアクツィオヌィよ。
そいつがこんな所に、“偶然”いた。
本当に偶然だって、信じられる?」
「・・・何が言いたいんだ?」
「自分でも分からない・・・
でも少なくとも、今回の不明機の襲撃、誰も予期していなかった出来事だとは思えない。
そう思いたくないだけなのかもしれないけど・・・」
「案外、荒唐無稽な話でもなさそうだ」
ユーリアは不明機の正体について、何か確信めいた口調で話していた。
ソヴィエトが何か掴んでいて、それを隠している。
そんなことがあっても、不思議ではない。
「でもね、ケイ。
これだけは覚えておいて。
なにか分かったことがあっても、軽々しく口にしては駄目。
イラリオンの“目”は、基地内のあらゆる場所を見張ってる」
「好奇心は猫を・・・ってやつか?」
「冗談で言ってるわけじゃない。
彼は必要なら、どんなことでもする」
「・・・わかったよ。
でもわざわざ俺にそんな話をするってことは、好奇心には勝てないと見えるが?」
「当たり前でしょ・・・
こっちはユーリアをやられてるのよ。
もしあの化け物のことを知ってて黙ってた奴がいたなら・・・絶対に許さない」
気づくと、アリクが握っていた宇野沢の腕に、力が篭っていた
「・・・ああ、そうだな」
二人の心には、静かに同じ火が灯る。
それは、弔いと言うには激しく、復讐と言うにはあまりにやるせないものだった。
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イラリオン・レアクツィオヌィは、最新鋭機“ラストリョル”により、回収班を護衛していた。
だが、護衛というのは名目だけのものだ。
その証拠に、“ラストリョル”は索敵などしておらず、イラリオンの注意は破壊された不明機のみに向いている。
彼が気にしているのは、不明機に近づくものがいないかだけだ。
「あー、護衛のパイロットさん、聞こえます?」
イラリオンに通信が入る。
「聞こえている。どうした」
「あー、わたしこの“物部”の専属メカニックでして。
機体を見て、この現場の状況を整理してるとこでした。
それで“物部”の武装チェックをしましたら、このあたりに不発弾がある可能性がありまして。
少しでいいので、そこの不明機の周辺を調べさせてください」
萬谷は、監視役に牽制をかけようとしていた。
「ならん。回収班は不明機に指一本触れるなという命令があっただろう」
「お言葉ですが、不発弾がどこにあるかも分からない現場で、我々に作業しろと?
そもそも、その命令自体も、シャリコフ教官が一方的に言ってるだけで、どこから出たものか怪しいもんじゃないですか」
「回収班を護衛しているのはソヴィエト機だ。
その指示に従え」
「不発弾の確認は、あなたの安全を守ることにもなるんですよ。
あなたの言説は全く合理性を欠いています。
安全を確認できない現場で、これ以上作業は進められません」
回収班のメンバーから同意の声が入る。
萬谷の思惑はともかく、安全の確保は現場の総意に違いない。
「・・・一人だけだ。私も立ち会う。
くれぐれも妙な真似はするなよ」
存外あっさりと要求は受け入れられ、萬谷は拍子抜けした。
「ありがとうございます!いまそちらに」
「いや、私がそちらに行くまでそこを動くな」
“ラストリョル”のコックピットからパイロットが出てくる。
護衛というのはやはりただの名目で間違いなさそうだった。
「名前は?」
「はい、萬谷千都瀬といいます」
「それで、なぜ不発弾の可能性があると?」
「“物部”の付近に榴弾の弾頭だけがありました。
本来これは後部炸薬とセットになっているものなのですが、対となるそれが見当たりません。
もし炸薬が残っていれば、作業中に反応して爆発を起こす可能性が十分にあります。
既に付近は調査済みで、反応はナシ。
あとは不明機の付近だけです」
萬谷はイラリオンに端末を渡すと、彼は注意深くそれを読み始めた。
「・・・よかろう。
だが不明機には指一本触れるな」
「はい、すぐに取り掛かります!」
萬谷は機材を使って不発弾の反応を調べる。
イラリオンはすぐ後ろから、その一挙手一投足に目を光らせている。
萬谷は冷や汗をかきながら、知識を総動員して密かにデータを収拾する。
違和感のない機材のみを使い、言い訳のできるデータのみを選別し、言い逃れのできないものは自分の目と頭脳だけに記録する。
宇野沢たちが去ったあと、ここは萬谷の戦場だった。
(慶くん・・・あたしが、必ず!!)




