第25話:ガチタン、熔鉄の鬼神
宇野沢が言った、不明機に勝つ方法。
それはハッタリではなかった。
最も有益な情報となったのは、ヴァルとマルガレーテの不明機との交戦データだ。
宇野沢とユーリアが不明機と遭遇したとき、既に2機は逃走に入っていた。
アリクが援軍に来るまで通信も繋がらなかったため、その状況に至るまでの経緯は分からないままだった。
だが、先ほどアリクから送られてきたデータを読んで、その時何が起きていたのかを宇野沢は知ることができた。
不明機は、ヴァルとマルガレーテが気づかぬうちに、突如として6連装砲を遥か遠方より発射してきたのだ。
つまり、先に攻撃を仕掛けてきたのは不明機の方だった。
遥か遠くからの砲撃にも関わらず、6連装砲はマルガレーテの機体に命中し、自力での移動ができなくなるほどの損傷を与えた。
だが、マルガレーテの天性の才能は、そのようなことをした者をただでは許さなかった。
全く正体不明の者による、認識外からの狙撃に対してすら、彼女は瞬時にカウンタースナイプを行ったのだ。
“物部”の榴弾とは異なり、“ライブガルデ”のスナイパーキャノンは、凄まじい貫通力をその特徴としている。
マルガレーテのカウンタースナイプは不明機のシールドを貫通して、機体に命中した。
そして咄嗟に“アウトバーン”が“ライブガルデ”を抱えて【彗星】を起動し逃走。
不明機はその跡を追い始めた。
宇野沢とユーリアが不明機を見つけた時に見たのは、その追撃の一部始終だったのだ。
だがこの経緯を踏まえると、これまでの不明機の挙動には不審な点が残る。
不明機はなぜ、始めから6連装砲を使わなかったのか。
先制攻撃をしてくるほど好戦的な不明機は、ユーリア達との交戦中、すぐに6連装砲を使わなかった。
始めからそれを使っていれば、一瞬のうちに敵を全滅させるのは容易だったはずだ。
宇野沢はこれに対して、ある仮説を立てた。
敵の認識外から奇襲をかけたのに、瞬時に反撃をくらった。
不明機の目線に立てば、その事実はさぞ不気味なものに映っただろう。
そして、ある勘違いをした。
『敵は全員、6連装砲の射撃から位置を即座に割り出し、瞬時に反撃する能力を備えている』
ゆえに不明機は当初、消極的な追撃と、散発的な高速移動に終始して様子を見ていた。
強力無比なシールドを持ちながら、高速移動によって距離を詰め、シールド範囲内に入れるまで近づいて来た理由。
それは、最初に受けた攻撃が、シールドを貫通するほど強力なスナイパーキャノンだったからだ。
「俺の仮説が正しいとすれば、不明機はよっぽど運の悪い奴だ。
最初に狙った奴が、よりにもよってグレートヒェンだったんだから」
確証はない。だが、宇野沢はこの仮説に全てを賭けることに決めていた。
マルガレーテの反撃に、ヴァルの救出。
アリクの通信に、タマルの執念。
それに萬谷の技術。
そして、この状況に至るまで、宇野沢達を導いたユーリアの冷静な判断。
誰か一人が欠けても、ここまで辿り着けなかった。
仲間たち、ひとりひとりの戦い。
そこから集まった情報を総合して、もっとも合理的なのが、この仮説。
ならば、それを信じて、あとは全力で戦うのみ。
“物部”は、全速で前進し、不明機との距離を詰める。
まずはシールド範囲に入らなければ、どんな攻撃も通用しない。
不明機は、胸を開いて6本のケーブルを“物部”に向ける。
この攻撃でユーリアを仕留めた不明機は、もはや反撃など恐れてはいないだろう。
だから、途中からはこの武装を積極的に使うようになった。
だが、今の宇野沢には、6連装砲の発射タイミングが分かる。
コックピット内のディスプレイに、未定義のモーションパターンが表示される。
ユーリアが撃たれる寸前に記録していたものだ。
宇野沢は、“物部”の腕部に装備された防盾を変形させる。
そして、防盾を戦車型の脚部の上面にマウントし、固定する。
物部の腕に装備された、側面からの攻撃を防ぐための装甲。
それを前方にマウントすることで、前方のみの防御力を極限まで高める。
手持ちの武装が使えなくなる代わりに、機体前面を完全に覆う壁を作り出すのだ。
その姿は、古代ローマの重装歩兵の持つ大盾を彷彿とさせる。
この状態の“物部”は、あらゆるものを跳ね除け、ただ全速で前へ進む。
“盾航形態“と呼ばれるこの姿。
設計上存在していたが、装甲の影響がない模擬戦においては全く役に立たなかった。
ゆえに、誰の記憶からも消え去り、ただその機能だけが残されていたものだ。
ただ、萬谷と宇野沢だけが、この形態の存在を知っている。
「さあ、勝負だ」
それは、まさに真剣勝負。
“ザシートニク”を貫いた6連装砲と、“物部”の全力の装甲。
そのどちらが上なのか。
“物部”に向いた6連装砲が、動く。
その瞬間、ユーリアのモーション・データが発射の兆候をアラートで知らせた。
「今だ!!」
宇野沢は“物部”を超信地旋回させた。
その刹那、走る衝撃。
――ガキィィン!!
装甲に加わった運動エネルギーの衝撃が、物部の周囲のペイル・ガスを媒質として、音波として甲高い音を伝播させる。
そしてその音が意味するところは、跳弾。
“物部”の装甲が、6連装砲を弾いたのだ。
超信地旋回は、本来なら殆ど垂直に近くなる筈だった弾丸の入射角を、変化させるため。
弾丸に対して角度のついた装甲は、その見かけの装甲厚が実際の装甲厚を上回る。
遥か昔の戦車戦で生まれた、戦車乗りの戦術。
いわゆる“昼飯の角度”と呼ばれるものだ。
時代が進むにつれて砲弾が進化し、徐々に廃れていったこの概念。
だが、装甲の貫通力を単純な運動エネルギーにのみ依存する砲に対しては、今でも十分に効力を発揮する。
それをいま、“物部”が証明した。
6連装砲を弾いた“物部”は、盾航形態のまま進み続ける。
もはや何者も、その鉄の歩みを止めることはできない。
不明機は再び、6連装砲を発射する。
そのうち5発は跳弾したが、1発が機体前面に展開された防盾を貫いた。
弾丸はそのまま“物部”の人型の上半身に命中したが、そこで跳弾する。
前面の大盾により減衰した弾丸は、もはや本体の装甲を貫くほどの運動エネルギーを持っていなかった。
「やはり垂直に入射すると抜かれる。
“昼飯”で斜めに受けて、なんとかエネルギーを逸らす!」
不明機の方向に向かいながら“昼飯の角度”を取る為には、6連装砲の発射直前に超信地旋回し、機体を斜めにする必要がある。
また、最初から不明機に対して斜めになるような位置取りをした場合、晒された僅かな側面を突かれ、貫通弾を受ける可能性がある。
射撃直前の旋回行動を可能とするのが、ユーリアが遺したモーションデータ。
これにより、6連装砲の発射の兆候を察知し、直前で“昼飯の角度”を取ることができる。
3度目の砲撃は、6発すべてが弾かれた。
さらに物部はさらに進む。歩みは止まらない。
その時、
不明機のスラスターに蒼い光が集中し始めた。
「高速移動かっ!!」
物部は進み続ける。
だがもし、高速移動中の不明機と衝突すれば、命はない。
何しろ、近くにいるだけで衝撃波を受けるほどの速度だ。
だが、いまの宇野沢は、恐怖より興奮が勝っていた。
「さあ、来るなら来いよ!!」
宇野沢は叫びながら、後方にあるレバーを引く。
《サンダーボルト、起動》
背面の203mm榴弾砲の、組み立てシークエンスが始まる。
“サンダーボルト”は右肩に構えて撃つ武装だ。
手持ちの武装ではないため、盾航形態でも使用可能である。
「頭をブチ抜いてやる!!」
地面に駐鋤を差し込み、衝撃波に備える。
だが、こんなものは気休めに過ぎない。
重力が地球の6分の1しかない月では、地面に杭を突き立てても、荷重による姿勢保持は効果が薄い。
不明機の後頭部に蒼い閃光が走り、
その姿が一瞬にして消え、すぐさま目の前に現れる。
既に見た通り、そのあまりの速度は、ルノホートすら吹き飛ばす衝撃波を発生させる。
物部の駐鋤が外れ、そのまま機体ごと吹き飛ばされそうになった、その時
「なめるなよ!!」
“物部”の203mm榴弾砲が火を噴いた。
いや
正しくは、203mm榴弾砲が火“だけ”を噴いた。
その砲身からはいかなる弾も発射されなかった。
だが、“物部”の後方に、蒼い衝撃波が放出される。
これは、重力の小さい月において、203mm榴弾砲の大きすぎる反動を抑制するための仕掛け。
ただ砲を発射しただけならば、発射時のエネルギーと同じだけ機体に反作用がかかり、反動で後ろに吹き飛んでゆく。
そのため、“サンダーボルト”を発射する際は、発射と同時に、同程度の運動量をもつペイル・ガスの爆風を後方に放出し、反動を相殺するのだ。
よって、“サンダーボルト”を発射するときは、“物部”の後方にバックブラストが発生しとても危険である。
さて、砲弾発射時の反作用を相殺するために後方にバックブラストを放つならば、砲弾が発射されず、バックブラストだけを放ったとき、機体はどうなるだろうか。
むろん、機体は前に吹き飛ばされる。
そして、いま“物部”が撃ったのは、203mm分離装填弾から砲弾を除いた、装薬のみ。
つまりは空砲、バックブラストだけが発生し、砲弾の発射を行わないため反動はほぼ発生しない。
そう、“物部”は後方にバックブラストを放つことで、前方からの衝撃波に正面から立ち向かったのだ。
「うおおおぉ!!」
衝撃波に吹き飛ばされるとき、それは運動エネルギーが正しく機体に伝わっている証左だ。
では、現在の“物部”のように、衝撃波とバックブラストに挟まれ吹き飛ぶことを許されないとき、そのエネルギーは何処へ行くのか。
いま、衝撃波は夥しい熱と化して前面装甲に襲いかかっている。
大盾が蝕まれ、溶け、破れていく。
だが、いまは千載一遇のチャンスなのだ。
不明機は高速移動を終えたばかりで、慣性エネルギーを殺して静止へ向かうプロセスの途中。
無論、攻撃を行うことも、攻撃を避けることもできない。
バックブラストにより立ち位置を死守したことで、両者の距離は近い。
もはや肉薄と言ってよい。
高速移動後にバランスをとるためか、不明機の頭部は地面を舐めるほどに低くなっている。
スラスターの集中しているこの部位に榴弾砲を打ち込めば、一撃で仕留めることができる。
だが、衝撃波の相殺のために空砲を撃ったばかり。
最後の一発、203mm榴弾砲は装填中だ。
とても間に合わない。
宇野沢は、静かに呟く。
「・・・最後の一撃だ、“物部”
俺の命、お前の火力、そして装甲の、全てを懸けた!!」
衝撃波の破壊力を防ぎきれなくなり、熔けた防盾が根本から剥がれ落ちる。
顕わになった“物部”の腕が抱いていたのは、203mm分離装填弾の、装薬。
「試してやるよ。
お前と俺、どちらが地獄へ行くかをな!!」
物部は装薬を掲げるように振り上げると、思い切り不明機の頭部に叩きつけた!!
衝撃波によって力が加わっていた装薬は、その衝撃により、両機の鼻先で爆発する。
蒼い爆風が、不明機と“物部”を巻き込む。
高速移動によって不明機の触手の先に収束していたペイル・ガスが反応し、更なる破壊を齎す。
発生した高エネルギーが2機を覆い隠し、熔かし、破壊する。
凄まじい衝撃波と爆風がぶつかり合い、混じり合い、融けあったあと、静寂が訪れる。
爆心地に残ったのは、地を舐めるように崩れ落ちた不明機と、
物言わぬ熔鉄と化しながらも、天を仰ぐ“物部”だった。




