第23話:ガチタンと、執念の彎刀
不明機は、“物部”が妨害をしてこなくなったことを知り、すぐに高速移動を行った。
方向は榴弾砲。
誰の邪魔も入らず、即座に目的地に到着したが、もはや榴弾砲の周囲に機影はなかった。
“鼓動波”の反応は、山の向こうに消えている。
不明機は姿勢を低くすると、一気に谷BCへ入る。
タマルは、敢えて“鼓動波”の出力を切っていなかった。
“鼓動機関”らしき反応が出ていることから、不明機は“聴診器”のような索敵機器を持っている可能性が高い。
つまり、“鼓動波”によって誘き出すことは可能であると考えたのだ。
タマルは山脈Bの岩場に碇鉤を打ち込み、吊り下がった状態で状況を伺っていた。
不明機が誘き寄せられたのを確認し、タマルは“鼓動機関”を止める。
「“心停止”による撹乱・・・
アリクも狡い手を考えたものだな」
タマルは苦笑する。
「“奇策は弱者の特権”、か・・・」
皮肉にも、それはかつてユーリアが言った言葉だった。
ユーリアがこの台詞を言った時、彼女達は強者の側から物を見ていた。
だが今、この戦場において、弱者はタマルの方だ。
「あいつの真似事をするのは癪だが・・・
仕方があるまい」
模擬戦にて、追撃してきたタマルを欺いた、“心停止”を用いたトリック。
あの不明機にどこまで通用するか分からないが、タマルの目的は時間稼ぎだ。
“シャーシュカ”は“アララト”との戦いで、全ての弾薬を使い果たしている。
山岳に隠れ、不明機を釘付けにすることができれば、タマルの役割は果たされる。
開けた砂漠ならまだしも、この山岳地帯では、恐らくあの高速移動も使えまい。
ここは遮蔽物も多い。岩場を盾にすれば、射撃をやり過ごすことは容易だ。
山岳でのゲリラ戦による、時間稼ぎ。
タマルの狙いはそれだ。
だが、そんな淡い計画は、脆くも崩れ去ることとなる。
“シャーシュカ”が吊り下がっていた岩場が、突如として崩れた。
碇鉤が刺さった岩ごと、シャーシュカはゆっくりと、真っ逆さまに落ちてゆく。
岩場の頂上には、不明機がいた。
“シャーシュカ”を襲ったのは、高速移動の衝撃波だ。
「・・・確かに、平面上にしか高速移動ができないなんて、誰も言ってなかったが」
タマルは舌打ちする。
恐らくは、不明機の高速移動は縦横無尽だ。
不明機は悠々と宙を舞う。
月においては、地上の飛行機のように、空力で飛翔することはできない。
つまり、不明機はスラスターの推進力だけで空を飛んでいるのだ。
ルノホートには、飛行能力はない。
いくら三次元機動に優れた機体でも、高く跳躍したあと、スラスターを巧みに用いて滑空するのが限界だ。
つまり、不明機にとってタマルは、地を這う蟲に等しい。
空中から見下ろすように、不明機は胸を開いた。
そして、胸から伸びた6本のケーブルを敵に向ける。
“ザシートニク”を仕留めた、6連装砲だ。
「空中からでも撃てるのか」
タマルはそう言うと、物理ブレードで“碇鉤”が刺さったままの岩を割り、ワイヤーを巻き取る。
あのユーリアが、避けられなかった一撃。
それを避けるには、定跡通りの挙動では、足りない。
タマルは、全速で岩場に向かって突進した。
偏差射撃で、6連装砲が発射される。
だが、岩場に激突すると同時に、“シャーシュカ”は壁を蹴って方向転換しながら跳び、咄嗟に碇鉤を用いて軌道を変化させる。
このトリッキーな動きは不明機も読めなかったようだ。
6発の弾丸は、いずれも“シャーシュカ”を掠めるだけに留まった。
「そう何度も通用する手ではない・・・
ここで決める」
タマルは岩場に取り付いた勢いのまま、碇鉤を使って頂上へと凄まじい勢いで上る。
先ほど、不明機は高速移動を行い、6連装砲を使った。
つまり、これまでに割れている種は、全て使い果たした状態だ。
岩場の頂上にいた不明機が飛び去ろうとしているのを見て、タマルは垂直の岩場を蹴り、宙を舞う。
そして、不明機に向け碇鉤を射出する。
狙いは、胸。
不明機が6連装砲を撃つとき、胸が開いて内部が明らかになる。
そのプロセスを見て、タマルは確信していた。
不明機の胸には、装甲がない。
シールドに干渉されることのない、超至近距離からの直接攻撃であれば、不明機の“心臓”を穿つことができる可能性は、充分にある。
「隊長の仇!!」
碇鉤が、不明機の胸を貫いた。
だが、タマルはなんの手応えも得ることができなかった。
不明機の胸は、空洞だった。
「何だと!!」
心臓を穿つ筈だった碇鉤は、がらんどうの胸を通り抜けると、6分の1の重力に従って落ちていく。
拠り所を失った“シャーシュカ”は、そのまま落ちてゆくしかない。
だが、タマルの判断は素早かった。
すぐにスラスターによる姿勢制御を行うと、近くの岩場に碇鉤を打ち込む。
ワイヤーを巻き取り、崖から吊り下がった形となったタマルは、崖を登ってゆく。
だが、その方法はこれまでとは大きく異なっていた。
彼が行ったのは、スラスターを用いた上昇だった。
それはあまりに無謀な試みである。
そもそも崖を登ることは、センチ単位の岩の窪みに荷重を頼る、とても繊細な行為だ。
メートル単位の推進力を生み出すスラスター移動とは、基本単位が異なるのだ。
だが驚くべきことに、タマルはスラスターによる崖上りを行っている。
彼は、ルノホートには不可能な、飛行を行っている。
むろん、擬似的なものだ。
岩場を跳躍し、高所に碇鉤を打ち込み、ワイヤーを巻き取りながら、上昇していく。
ただ、それの繰り返し。
だがその姿は、まさに宙を飛んでいるようである。
ユーリアの得意とした三次元機動は、いわば空へ“跳ぶ”ものである。
タマルは、山が続く限り、空を“飛ぶ”。
彼が天に目指したのは、憧れの女性の仇。
「喰らえ!」
山の稜線から飛び上がったタマルは、物理ブレードを抜き放つと、勢いに任せて斬りかかる。
そして不明機の頭から伸びる触手、ブースターを斬り伏せた。
不明期はバランスを崩す。
推進力だけで飛行しているのだ。その一部が斬り落とされたとなれば、当然の帰結である。
高度を下げた不明機に、タマルは追撃をかける。
「堕ちろ」
またもや、触手が切り落とされる。
さらにバランスを失う不明機。
だが、それが限界だった。
山の頂上を超え、それ以上飛べなくなった“シャーシュカ”は、もはや何の身動きもとれず、落ちていくだけ。
空洞の胸から、6本のケーブルが伸びてくる。
「さあ、やれよ。
だが、ただで終わると思うなよ」
タマルは空中で、諦めたように笑う。
ユーリアを葬った、6発の弾丸。
それが目の前まで来ている。
「さあ、撃てよ!!」
「“撃ちました”」
不明機の体勢が崩れ、その瞬間に6連装砲が発射される。
照準がずれたことで、“シャーシュカ”の各所が破壊されたが、コックピットに損傷はない。
タマルはそのまま落ちてゆき、地面に叩きつけられる。
さっき、何者かの通信が入った。
聞き覚えのある声だ。
「フッ・・・
尻尾を巻いて逃げてたんじゃないのか?
マルガレーテ」
「失礼な、機を待っていただけです。
命の恩人に対して、礼儀が足りないのでは?」
マルガレーテの狙撃位置から、通信が繋がっている。
つまりは、通信の中継者がいるということだ。
「アリク、俺は列車と通信を取れと言ったはずだが?」
「間に合う訳ないでしょ、そんなの。
あたしのいないところで、アンタに死なれちゃ困る。」
「お喋りはそこまでだ。
3機とも、まともに戦闘できるような状態じゃない。
退くぞ」
ヴァルが忠告する。
いまや“アララト”、“ライブガルデ”、“シャーシュカ”のいずれもが、何らかの損傷を受けている。
「この化け物が、そう易々と逃してくれるとでも?」
「化け物を狩るのは、化け物にしかできない。
そいつは、すぐそこまで来ている」
ヴァルが笑った。
見ると、遠くの丘の上に、歪なシルエットが聳えていた。
その姿は、人型機動兵器とは全く異っていた。
まさに狂気の産んだ化け物。
203mm榴弾砲を背負った、本来の姿の“物部”が、そこにいた。




