第20話:ガチタン小隊、反撃開始
不明機は203mm榴弾砲を擁するタマルを最大の脅威と判じ、その方向へ一直線に向かい始めた。
こちらに迫り来る機影を正面から見据え、タマルは通信を飛ばす。
「“物部”のパイロット。
もう一発撃つ、先程の弾着点を教えろ」
タマルは“アララト”を経由した通信により、射弾観測を行おうとしていた。
重力が弱く、大気のない環境において、発射された後の弾の軌道を変化させるような外的要因は少ない。
風の影響も空気抵抗もなく、発射時に意図したとおり、素直に弾丸は飛んでゆく。
しかしユーリアが推測したように、広範囲にペイル・ガスが散布されていると仮定するならば、それは疑似的な大気層が局地的に存在しているようなものだ。
目の前にいる不明機に、これまでの常識は一切通用しない。
タマルの優れたセンスは、そのことをいち早く察知していた。
「今、座標を送る。
不明機のかなり手前、空中で炸裂した。
恐らくシールドの干渉によるものだ」
宇野沢は分析した情報を送る。
使い慣れた砲弾だ、性質は熟知している。
送られてきたデータを見て、タマルは嘆息する。
「これまた、ずいぶん手前だな。
化け物じみたシールド範囲だ」
「それでも爆風で、いくらかは減衰したはずだ。
203mmの化け物砲だぞ、でなけりゃ困る」
宇野沢は険しい顔になる。
この榴弾砲は、現在の戦闘区域で彼らが利用可能な火器において、まごうことなき最大火力だ。
これが全く通用しないならば、いよいよ打つ手はない。
通常のルノホートが相手であれば、シールド境界面で炸裂したこの榴弾は、“ペイル”を媒質とした超大規模の爆風により、そのまま相手をシールドごと焼き尽くす。
だが、あまりにシールド範囲が広いため、過剰火力とも思えるようなこの爆風すら、不明機には届いていないようだった。
「不明機が、高速移動の準備を始めたわ」
斜め後方に距離を取りつつ、不明機を観察していたユーリアが警告する。
「どうして分かる?」
「あの機体のモーションデータを採って、パターンを解析してた。
あのケーブルみたいなものの動作パターンが、さっき記録したものと酷似してるわ。
多分これが、高速移動前の必須シークエンスなのよ」
「なるほど、どおりで最初の模擬戦のとき、俺の動きが読まれていたわけだ。
まさか戦闘中にコンバットパターンの分析をしてたとはな」
宇野沢はカラクリが分かったとばかりに、そう言うと、意外にもタマルが乗ってきた。
「さすがはエース、勉強熱心だな。
その分だと俺のパターンも取っているんだろ?
今度見せてくれないか?」
「あんたら、余計なこと言ってる場合?
このままだとあたし、タマルもろとも轢死確定なんだけど。
こんなヤツと一緒に地獄行きなんて、絶対イヤだ」
アリクは通信の調整をしながら、タマルにつっかかる。
彼女はいま、”アララト“のコックピット内を埋め尽くす機材類と格闘している。
不明機の出鱈目な“鼓動波”の波長のせいで、あらゆる機材をフル活用してパラメーターを動的に調整し続けなければ、通信が途絶してしまうのだ。
この未知の状況下で、通信が繋がっていることは、作戦行動の要となっている。
それが途絶すれば、たちまちのうちにこの4機の小隊は瓦解するだろう。
「それはまずいな。俺としても、お前と一緒に死ぬのは御免だ。
なんとかならないか、隊長?」
生死の瀬戸際にも関わらず、通信に緊張感はあまりなかった。
だがこれは、悪いこととはいえない。
お互いを信頼しているならば、どんな状況においても、いつも通りやるだけなのだから。
「榴弾砲の炸裂点のおかげで、大体のシールド範囲が分かった。
シールドの境界面の内側ギリギリから、距離をとって射撃するわ。
いいわね?ケイ」
「ああ、任せろ。狙いはケーブルだな?」
「ええ、恐らく、あのケーブルの先端はスラスターよ」
「てことは、高速移動前にケーブルを動かすあの動作は・・・」
「移動先に応じて、ケーブルの配置を調整するシークエンスなんだと思う。
なにしろあのスピードよ。
加速時にスラスター位置が少しズレるだけで、移動先は大きく変わるはず」
「さっき高速移動を途中でやめたのは、タマルの榴弾砲でスラスター位置が乱されるのを嫌ったからね。
グルジアの山から来た田舎者にしては、ファインプレーだったじゃない」
「田舎者?
・・・お前にだけは言われたくない」
「方針は立ったわ。
”ザシートニク“と”物部“が距離を保ちながら、背後について牽制し続ける。
スラスター配置のシークエンスを完了させなければ、少なくとも最高速でのブースト移動はできないわ。
わたし達を無視して高速移動を強行すれば、下手すると超高速で岩場に激突することになるしね」
「「了解」」
なし崩しで指揮を執り始めたユーリアだったが、彼女はエースパイロットであると同時に、この上なく優秀な小隊長であった。
一時はあまりの戦力差に絶望していたが、思わぬ援軍と、ユーリアの冷静な戦術眼により、もはや不明機は畏怖の対象ではない。倒すべき敵である。
ケーブルの先が蒼く鈍い光を帯び始める。
ペイル・ガスの濃縮が始まりつつあるようだ。
「させるかよ!」
最も不明機の近くにいる物部が、35mm機関砲をケーブルめがけ撃ち込む。
だが、それに反応した不明機は、即座に横方向に回転しながら素早く回避する。
見ると、不明機のケーブルの多くは、機体後部からたなびくように右を向いた形になっている。
チャージしていた高速移動用のエネルギーを、咄嗟に回避に使ったようだ。
「くそ、思ったより小回りが効くんだな、あのスラスター」
「でも、高速移動は防いだ。
敵さんが、こっちに注意を向けてくれてるなら・・・」
二度目の轟音。
先ほどよりも敵機の近くで、榴弾が炸裂する。
「こちらタマル、弾着点をくれ」
「もう送った。
やはり減衰している。さっきよりシールド範囲が狭い」
ユーリアの作戦は、うまく機能していた。
「見た限り、武装の類はなさそうに見えるわ。
確認できるのはあの触手みたいなケーブルだけね。
あの高速移動による衝撃波は脅威だけど、封じることは可能。
あとは距離を取っていれば、そうそうやられることはないわ」
宇野沢たちは不明機と一定の距離を保って並走し、高速移動の発進シークエンスを始めた途端に、シールドの境界面ギリギリから妨害を行う。
宇野沢たちを相手にしている間は、榴弾砲によるシールド減衰を受け続ける。
この戦術に対し、不明機がとった答えは、榴弾砲によりシールドが削られ切る前に、まず近くを漂う目障りな蝿を叩き潰すこと。
物部とザシートニクは、高速発進シークエンスの中断を確認すると、またシールドの範囲外に離脱した。
すると不明機は、奇妙な行動をとり始めた。
背中を反り返らせると、“ザシートニク”に向け、胸を張るような姿勢をとり始めた。
それまで不明機は、この異形を人型兵器として見るならば、極端な前傾姿勢を取っていた。
理由はある程度推測できる。頭から伸びる無数のケーブルがスラスターであるとすれば、できるだけ姿勢を低くすることで、重心バランスを取ろうということなのだろう。
しかし、もしこの不明機をどこかの技術者が作ったのだとすれば、これは効率的な設計とは言い難い。
頭にスラスターを集中配置したところで、いったいどんなメリットがあるというのだろうか。
推進力が機体にかかるとき、それを前進する力として正しく伝えたいならば、可能な限り重心に近づけるべきだ。
ルノホートの場合、重量比にして最も大きい割合を占めるのは、人間と同じく胴体、それも特に胸部のコアブロックだ。
コアにあるのは、ルノホートの“心臓”たる鼓動機関である。
これはコックピットのすぐ近くに配置され、その中にいるパイロットと“接続”される。
人間の最も重い器官は心臓である。そして、ルノホートの機関にも同じことが言える。
ゆえに、ヴァルの“アウトバーン”のように、速度のみを追い求める機体は、この胸部にスラスターを集中させる。
機体制御など考えず、ただ速く進むだけならば、推進力を胸部に集中させるのが最も効率的だ。
ただ、“ザシートニク”のような第三世代最新機は、直線の速度よりも三次元機動を重視し、四肢にもバランス良くスラスターを配置している。
この不明機は、頭部にだけ不釣り合いに強い推進力をかけている。
頭部にスラスターを集中させ、バランスを取っているというようのは理屈が通らない。
この機体が何か実用的な目的をもって作られたものならば、不自然だ。
ユーリアは、意図の分からない不気味さを感じながら、不明機の一挙手一投足を観察していた。
彼女の戦術眼は冷静だ。
距離は取っている。高速移動の兆候もない。
落ち着いて対処すれば、恐れることはない。
不明機は前進しながら胸を張り、天を仰ぐ。
その姿は、ユーリアに母国のフィギュアスケートの選手を連想させた。
そして、その張り出した胸が、“開いた”
「何よ、あれ・・・」
開いた胸から出てきたのは、自律的に動く6本のケーブルだった。
それは、クリオネが獲物を捕食する際に、頭部が割れ触手が飛び出す様子に似ていた。
「ケーブル・・・あれもスラスター?」
「気をつけろ、ユーリア。
君の方向を向いている。何らかのブースト手段かも」
不明機はそのままの姿勢でしばらくいたが、次の瞬間、ケーブルから閃光が奔った。
一瞬の出来事だった。
不明機の胸から6本の筋が立ち上り、すぐに消えた。
そして、その筋を辿った先にあるものは、“ザシートニク”
6本の筋は、ユーリアの機体を通過して、さらにその先まで伸びていた。
「お・・・おい・・・ユーリア!!」
ユーリアからの返事は、ない。
“ザシートニク”には、鋭い錐で貫かれたような穴が、至る所にあった。
片膝をつき、上半身だけをだらんとさせた状態で、機体は天を仰いでいた。
「おいユーリア、返事しろ!!おい!!」
「次弾装填完了・・・
おい“物部”のパイロット、どうした!!」
弾着観測の通信を入れたタマルが、宇野沢の取り乱しように驚く。
その様子に気づいたアリクが、通信に割り込む。
「ケイ!落ち着け!!
あんたが取り乱しちゃ、あたしらは全滅だ!!」
先程まで軽口を叩き合っていた、信頼できる仲間。
そして、この未知の状況を、冷静な判断で解き明かしてきた小隊長であり、精神的支柱。
彼女の機体を、一瞬にして6本の閃光が貫いた。
「タマル、アリク・・・
戦況報告。”ザシートニク“、大破」




