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第17話:ガチタン、未知に挑む

“物部”による遠隔砲撃により、“ザシートニク”は斃れた。


まもなく、列車で待機している作戦オペレーター、アイラ・ジェンキンスから、“物部”勝利の報がもたらされるはずだ。


「戻ったら、アイラに礼を言わなきゃな」


模擬戦の直前に急遽加入したアイラとヴァランタインだったが、蓋を開けてみれば、2人とも今回の勝利に必要不可欠な存在だった。


“影武者”として敵の主力をまんまと誘導したヴァルは言わずもがなだが、今回の模擬戦に最も大きな影響を与えた人物は、アイラであると言っても過言ではなかった。


戦闘開始前の地形データの分析に、戦況予測、交戦後にもたらされる敵機体の僅かな情報を解析し、


そして、ユーリアを仕留めた“置き狙撃”の座標は、アイラが幾つか選定したポイントから、宇野沢が決めたものだった。


そんな勝利の影の立役者は、後方で常に信号をモニタリングしている。


しかし、しばらく経っても通信は沈黙を保っていた。


“ザシートニク”は動く気配がない。

狸寝入りしている、という訳でもなさそうだ。


宇野沢は、通信を試みる。


「おい、アイラ、聞こえるか?」


だが、通信からは耳障りな雑音だけが鳴り響き、アイラの声は聞こえなかった。


「何だ・・・?機材トラブルか?」


宇野沢は、通信を切り替えると、最も手近にいる機体に呼びかけた。


「ユーリア、聞こえるか?」


戦闘状態が継続しているならば、ユーリアがこの通信に返答するはずはない。

だが、彼女の機体からは、消え入りそうな声で応答が帰ってきた。


「・・・何よ、敗者に嫌味でも言うつもり?」


目の前にいるユーリアには通信が届いているようだった。そして彼女も“物部”の勝利を認識している。


「そんなんじゃない、トラブル発生だ。

列車との通信が途絶えた。そっちはどうだ?」


「・・・待って、やってみる」


ユーリアも列車に控える教官に通信を試みるが、返ってくるのは甲高い耳障りな雑音のみ。


「こちらもよ。どうやら列車側の機材トラブルみたい・・・


・・・待って」


ユーリアの表情が固くなる


「タマルと通信がとれない、マルガレーテとも」


ユーリアは宇野沢に直接通信を飛ばす。


「こちらもだ。アリクともヴァランタインとも通信途絶」


「何でわたし達だけ通信できるのかしら・・・

電波妨害?」


ユーリアは思案する。彼女はプライドに大きな傷を与えられているにも関わらず、目の前の事態に冷静に対処していた。


「とりあえず山脈Cを越えよう。

“聴診器”を使って、“ライブガルデ”と“アウトバーン”の位置を探る」


「今はそれが最善ね。いいわ」


二機は模擬戦モードに設定された機体を通常モードに切り替える。

これでもう、装甲に弾を受けただけでシステムダウンすることはない。


「これで、戦争ゴッコ用の玩具から、兵器の本来の姿に戻ったわね」


ユーリアはすっきりとした顔をして言った。

ひたすら模擬戦で勝利を重ねてきた彼女には、何か思うところがあったのだろう。


「なんか、嬉しそうだな」


「え?」


ユーリアは驚いたような声を上げる。


「・・・そうかもね。


模擬戦で勝てば勝つほど、本国はわたしをエースパイロットとして祭り上げて、更なる模擬戦を行わせようとした。


ちょっとうんざりしてたのかも」


「ふーん、エースってのも大変なんだな」


「何よ、その適当な反応」


ユーリアは少し笑いながら、そう言った。

話しているうちに、調子が戻ってきたようだ。


「知ったような口、聞かないでよね。

あなたの言っていること、的外れだから。


だいたい負けて嬉しい訳ないでしょ。


次はあなたを叩き潰す、今度は挑戦者としてね」


ユーリアは高らかに宣言する。


「通算成績はまだ一勝一敗だ。


挑戦者も何もないだろ」


「そういえばそうね、じゃあ・・・“ライバル”


うん、しっくりきた」


ユーリアは憑き物が落ちたかのように、少し浮かれているようだった。


「あなたはわたしのライバルよ。

次に戦うまで、他の奴に負けたら承知しないから」


「はは、それはいいや。

君こそ、変な奴に負けて、格を落とさないでくれよ?


エースを倒したって評判を利用して、本国から予算をもらう予定なんだから」


そんな話をしながら山脈Cを登る。

模擬戦の勝敗が決したいま、二人の間には何の利害関係もない。


基地と違って周りに聞くものもいないため、二人は単なる同年代のパイロットとして気の向くままに話していた。


だが、山脈Cの尾根に辿り着いた途端、二人の声から余裕が消えた。


ユーリアが撤退した時に、ヴァルとマルガレーテが最後に対峙していた丘陵に、既に二人の姿はなかった。


戦いの中で、交戦位置が変化したのだろう。


それはいい。だが、二人が見つけた“聴診器”の反応が奇妙なものだった。


検出された信号は、お互いの機体を除いて、ひとつだけ。

それも、“アウトバーン”とも“ライブガルデ”とも異なる反応。


しかし特筆すべきは、その反応の数値として、


《方角:北東 │ 距離:0》


の表示がなされたことだった。


「おい、この“聴診器”の反応・・・」


「ええ、この数値・・・

あなたの様子を見る限り、計器の故障ではなさそうね。


”物部“の反応はちゃんと拾えているし」


“聴診器”の表示は、誤差の範囲内に反応の源があることを示している。

だが、二機の近くに隠れられるような場所はなく、この数値が真実を示しているとはとても思えない。


「ユーリアは周囲を警戒してくれ。


俺は目視でヴァルとマルガレーテを探してみる」


203mm榴弾砲を搭載している“物部”には、長距離砲撃用に高性能の光学センサーが装備されている。


だがこれは、あくまで望遠鏡のようなもので、マーキングされていない目標を探し出したり、動くものを追い続けたりすることはできない。


遠方の固定目標に砲撃を加えることを想定した装備だが、機動戦闘ではほとんど役に立たない代物だ。


開けた荒野である“モスクワの海”から、米粒ほどの大きさの二機を探し出すことは、不可能ではないが、少し時間のかかる作業だった。


「何か分かったか?」


「なにも。こんな開けた場所に、隠れられるところなんてないでしょうに・・・」


「それでも、尾根に登った途端に反応が出たんだから、“モスクワの海”にいるはずだ」


「でも距離反応は出鱈目・・・


待って」


ユーリアが何か思いついたようだった。


「”聴診器“が目標との距離を測るメカニズムは・・・」


彼女は、呟くようにそう言った。


「確か・・・鼓動波パルスウェーブの微弱な名残、

その減衰率を元に検出してるんだったよな?」


「そう、一般的なルノホートの鼓動機関パルスエンジンだと、せいぜい距離2500前後で名残が減衰しきるの。


逆に、相手にある程度以上近づくと、鼓動波パルスウェーブはまだ減衰してない」


「だから、減衰率の検出ができず、距離は測れない。

となれば、いま検出されている鼓動波パルスウェーブは・・・


まさか!」


ユーリアの考えていることを宇野沢も理解した。だが、それはあまりに馬鹿げた内容らしかった。


「この鼓動機関パルスエンジンの主、仮に“Xエックス”とするけど・・・」


ユーリアは仮説を話し始める。


『“X”の鼓動波パルスウェーブが、減衰されないままわたしたちの許まで届いている』


ユーリアの大胆な仮説に対し、宇野沢が反駁する。


「ありえない。月には大気がないんだぞ。

波を伝播するための溶媒でも真空中に散布しているなら別だが・・・」


「そんな不思議物質を無作為に作戦エリアに散布されていたら、わたしたちが気づかないはずがないわね。


わたしもそれは流石にないと思う」


ユーリアはあくまで冷静だ。ありえない状況においても、ありえない可能性を適切に消去していき、少しでも現実の把握に努める。


「じゃあもう一つ、これが現状ありうべき、現実的かつ恐ろしい仮説」


「今度は何だ?」


『“Xエックス”の鼓動波パルスウェーブは、80%以上減衰されたうえで、なお標準的なルノホートと同程度の出力を保持している』


その仮説が投げかけた疑問は、つまるところこうだ。


『地球の科学に収まらない何者かが、月には存在しているのではないか』

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