第16話:ガチタン、最後の砲撃
“モスクワの海”から逃げ延びたユーリアは、山脈Cの陰に隠れて移動しつつ、“物部”の居場所を推理していた。
彼女は、これまでの戦闘の推移に基づき、あり得ない可能性を次々と消してゆく。
外側、山脈Bの向こう側には、タマルが相手取る“偵察兵”がいる。
もしここに“物部”がいたならば、タマルが追撃中に見逃しているはずはない。
ゆえに、奴がいるのは、山脈Bよりも内側。
では内側、山脈Cの向こう側はどうか。
否、そこにはグレートヒェンが相手取る“影武者”と、もぬけの殻の203mm榴弾砲があった。
奴は自分が“モスクワの海”にいると思わせるべく、手の込んだ陽動を行っていた。
故に、奴がいるのは、山脈Cよりも外側。
それらの推理が指し示す結論はひとつ。
「“物部”は、ずっと“谷BC”にいた」
そう、奴は虎視眈々と待っていたのだ。
この状況を。
観測手と影武者は、それぞれは脅威であったが、いまや単なるデコイに過ぎない。
しかし、現状そのデコイに、僚機を2機とも割かされている。
そして隊長機たる“ザシートニク”は、シールドの再生成を待ちながら単独行動・・・
「ふっ、よくできた絵を描いたものだな。ケイ!!」
“谷BC”の岩場、そこから35mm機関砲が覗いているのが見えた。
山脈Cのなだらかな丘陵沿いにいるユーリアに、身を隠す場所などない。
「ようやく分かった。お前らは、鼓動機関を停止させていたんだな。
それで“聴診器”に上がってこなかった!
だが、それはすなわち、あなたの機体もシールドを張っていないということ。
つまり!!」
先に仕掛けたのはユーリアだった。
美しく、大胆で、理に適った三次元機動。
それが描く放物線を追うように、“物部”の35mm機関砲が火を噴く。
その有効射程距離は、約750
対する“ザシートニク”のアサルトライフルの射程距離は、約500
流れ弾でも、一発当たれば終わりのこの状況。
二機の差、250の距離が、圧倒的な“物部”の優位性だ。
「一発も当たらずに、距離500まで近づく。
そうすれば、もはや私の勝利は揺るがない!!
さあ、これはゲームだ!
お前が当てるのが先か!!
私に獲られるのが先か!」
───────────────────────
隕石の衝突により形成された、反り立つ山脈が眼前に広がる地形。
宇野沢 慶にとって、既に見慣れ、見飽きた月の風景だ。
その中腹から、目にも止まらぬ速さで光の筋が飛び出す。
「相変わらず速いな」
宇野沢はそう呟くと、FCS(射撃管制装置)の設定を切り替える。
FCSが敵機体との相対速度と弾道予測を演算し、自動で狙いを定めるのだが、この方法では命中しないことは、身をもって実証済みだ。
「一発でも当てる!」
緻密な計算に沿って機関銃の弾が“ザシートニク”めがけ飛んでゆく。
しかし、自動照準が適用されているのは左手の武装だけだ。
右手の武装はマニュアル照準に切り替わり、宇野沢が専用のインターフェースで操作する。
これは前回の模擬戦のデータをもとに、萬谷が増設したものだ。
自動照準で追い立て、マニュアル照準で仕留める。
それができるかは、パイロットの腕次第。
いまや、ルノホートを最強の機動兵器たらしめていた所以たる、鼓動障壁が、“物部”の弾丸を妨げることはない。
だが、それでも、“ザシートニク”には一発だに当たらないのだ。
「何だよあの機動!まるで弾を見てから避けてるじゃないか!!」
距離は瞬く間に詰められている。
距離600、距離550、
“物部”が一方的に攻撃できる時間は、無情にも過ぎ去ろうとしていた。
ガキンッ!!
不吉な音と共に、突然武装の給弾が停止する。
「オーバーヒート!」
撃ち続けた物部の機関砲が熱を持ち、砲身の冷却が済むまで発射が停止される。
それを見た“ザシートニク”が一気に距離を詰めてくるのが見える。
距離500
つまり、“ザシートニク”の射程圏内だ。
これまで三次元を漂っていた敵機が、二次元的な直線移動に切り替わり、最短距離を突っ切る動きが見える。
“物部”にとっては、絶望的な状況。
もはや手持ちの武装で使えるものはなく、圧倒的な機動力の差から逃げることもできない。
だが、宇野沢の顔は少年のように輝いていた。
「この瞬間を待っていた!!」
宇野沢は左手でコックピット後方にあるレバーを引く。
《サンダーボルト、起動》
“物部”の203mm榴弾砲は、“アウトバーン”を影武者とするための、ただの小道具、終わった駒。
そう思わせたのも、布石に過ぎない。
全ては宇野沢の描いた絵のとおりである。
アリクがタマルと追撃戦を演じたのも、ヴァルがグレートヒェンと遠距離戦を演じたのも。
そして今、この場所で、ユーリアが宇野沢を追い詰めていることも!
“物部”が姿を見せれば、ユーリアは必ずそこへ向かって強襲をかけ、距離500まで近づいたところで攻撃を開始する。
距離500、そこに一瞬の隙がある。
固定砲台と化した203mm榴弾砲を、“アウトバーン”は最後にある座標に合わせた。
「それがここだ。
ユーリア、君なら最も合理的な、このルートから接近してくるだろう」
遠くから轟音がした。
ユーリアのすぐ近くに、背後から曲射された榴弾が降る。
しかし、認識外からの砲撃に、ユーリアは反応できない。
となれば、結末はひとつだ。
けたたましい轟音、夥しい爆炎
直撃を逃れたにも関わらず、“ザシートニク”は前方に大きく吹き飛ばされた。
何が起きたか分からないユーリアの目の前には、“BREAK DOWN”の文字。
「わたしが・・・負けた・・・」
宇野沢は静かに息を吐き出した。
そして、大きく伸びをすると、おもむろに通信をオープンチャンネルに切り替える。
そして、誰に向けてもいない、大きな独り言を叫んだ。
『ガチガチに装甲を固めた戦車が、機動兵器に引けを取るはずがない!!』
ここまで読んで下さり、ありがとうございます!
お話としては、ここで一区切りつきます。
もしよろしければ、下の☆評価にご協力頂けると、大変励みになります!