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第15話:ガチタンと、高速の影

”サンダーボルト”が最初の砲撃を行った直後、”物部”は203mm榴弾砲をパージしにかかっていた。


「急げヴァル、ここに”サンダーボルト”の固定砲台を作るぞ」


”物部”には、ヴァランタイン・シュタイナーの機体”アウトバーン”も随伴していた。


「ときにケイ、この榴弾砲の名前は何故”サンダーボルト”なんだ?」


「簡単に言うと、日本人にとって、”雑に強い物”の代名詞が”サンダーボルト”なんだ」


「分からんな」


「分からなくていいことだ、どちらにしろ、深い意味はないんだから」


萬谷の仕事は完璧で、そう時間はかからず、203mm榴弾砲は駐鋤スペードの差し込みまで完了し、固定砲となった。


「すごいな、あのチサトとかいうメカニック」


千都瀬チトセさんだ」


「頼み込めば、固定砲じゃなくて自走砲にしてくれたんじゃないのか?」


「それは流石に無理だろ・・・」


ヴァルは常に無表情であり、言動が本気なのか冗談なのか分かりにくい。


「とにかく、この砲台で陽動を頼む。

あまり撃ちすぎるなよ、脅威だと思われて、真っ先に潰されたら困る」


「了解した。砲撃は時々、目を引く程度に


それで、”物部”は隊長機にも関わらず別動隊か」


「それが最も勝率が高い。

そもそもコイツは、自ら最前線に立つべく作られた機体だしな」


”物部”は、パージした榴弾砲だけを置いて、山脈Cを越えていく。


このままだと”谷BC”にいるユーリア達の”聴診器”に引っかかるはずである。

しかし実際には、彼女たちは物部が”モスクワの海”にいるものだと信じ込んでいた。


そのカラクリは、言ってみれば簡単だ。

”物部”は、戦闘開始から一度も、鼓動機関パルスエンジンを動かしていなかった。


そのため、山脈Cの向こう側からの203mm榴弾砲と、”聴診器”で感知した1機のみの反応により、容易にそれが”物部”と信じ込んだのだ。


──────────────



”物部”が去ったあと、ヴァルは一人、”モスクワの海”に残された。


彼に託された使命は陽動。固定砲と化した203mm榴弾砲だけで、”物部”がここにいると思い込ませ続けること。


そして幸いにも、その奇策はユーリア達に見破られることなく推移した。


予想通り、ユーリアは平原で決着を着けるべく、”サンダーボルト”に向けて強襲を仕掛けてくる。


ただ一つ誤算があったとすれば、ユーリアに随伴する機体がマルガレーテだったことだ。


稜線の陰から敵を伺った時にヴァルの目に映ったのは、高速で接近してくるユーリアと、その後ろをのたのたとついてくる、長砲身の対物ライフルを持ったマルガレーテだった。


「”グレートヒェン”・・・」


ヴァルは、マルガレーテのことをそう呼んだ。

それは、彼女が親友と認めた者に、とかく呼びたがらせる名前であった。


”ライブガルデ”の対物ライフルを見た時点で、ヴァルは彼女の駆る場違いな旧型機の役割を理解していた。


次に203mm榴弾砲を撃った瞬間、彼女から反撃が飛んでくるだろう。

しかし、近づいてくる敵に対して一切抵抗しない”物部”に、果たしてユーリア・アシモフは何の疑いもなく突っ込んでくるだろうか。


一撃は、撃たねばならない。


「これは、賭けだよグレートヒェン。

君の力を見せてくれ」


ヴァルはそう呟くと、203mm榴弾砲の狙いを定める。

本気で狙わねば、陽動にはならない。


「確か、撃つときはこう言うんだったな。


”行け、サンダーボルトぉぉ!!!”」


狂気の大口径砲が、放たれる。

その放火を見た瞬間、瞬時に対物ライフルがこちらに向くのが見えた。


「よく見るといい、グレートヒェン.

これが”アウトバーン”の速さだ!!」


一般的なルノホートにおいて、スラスターの仕様目的はホバー移動と姿勢制御のためだ。

そのため、多くのスラスターの配置は手足に集中している。

スラスターは、鼓動機関パルスエンジンがシールドに回したあとの、余剰エネルギーで賄われる。ゆえに、有限なエネルギーを効率的に使うため、姿勢制御とホバー移動を両立できる部位に計画的に配置されるのだ。


”アウトバーン”は、それらの原則を完全に無視する。

この機体のスラスターは、ほとんどが胴体に集中している。


早い話がこの機体、前後退時の速度のみは異常に速いが、その際の機体制御や機体負荷は一切考慮されていない。


しかし、こと速さのみを見れば、”アウトバーン”は理外の速度を叩きだすのだ。


”アウトバーン”が榴弾砲を撃った直後、すぐに腹部に4基搭載されたスラスターが駆動する。

この機動パターンは、西ドイツのOS上では、次のようなオブジェクト名がつけられている。


【Kometen《彗星》】


榴弾砲の発射直後、”アウトバーン”は即座に高速離脱する。

その刹那、間髪入れずに対物ライフルの弾丸が、機体を掠めた。


その弾丸はシールドを易々と貫通し、虚空へと消えていく。

その軌道上に機体があれば、一撃で撃破されていたに違いない。


ヴァルは死神の裁きを逃れたことに安堵しながら、後退を止める。

腹部のスラスターの出力を切っても、あまりの高速ゆえ、慣性で暫く後ろに吹き飛び続ける。


姿勢制御はままならない。考慮されていないからだ。


”アウトバーン”はもがきながら空中を飛び、地面にしたたか擦りつけられ、やっと停止した。


立ち上がるとすぐに、背面のスラスターを機動させる。

コンソール上に【Kometen《彗星》】と表示され、今度は前方に吹き飛ぶ。


”アウトバーン”は丘陵の前方で止まり、その陰に身を潜めた。


”サンダーボルト”を餌にした待ち伏せ。


ヴァルは、この場でユーリアを仕留めるつもりだ。

”アウトバーン”はその速さのため、極限まで軽量化を施された機体である。


そのため、武装はライフルではなく、マシンピストルのみ。


この機体でエースを相手取るための方策は、肉薄してシールドを無効化し、マシンピストルを一発でも浴びせることだ。

ユーリアの”ザシートニク”が、丘陵を越え、”サンダーボルト”に向けてアサルトライフルを掃射する。


今だ、今しかない。ヴァルはコンソールの表示を見つめる。


【Kometen《彗星》】


機体は理外の急加速をしたのち、そのまま敵機に衝突する。

お互いのシールドが相殺され、無防備となる。


「一発でも当たれば、こちらの勝利だ!!」


”アウトバーン”は姿勢を崩した敵機に、マシンピストルを連射する。

しかし、熟練のエースパイロットの技量は伊達ではなかった。


体当たりで崩れた体勢から、流れるように”アウトバーン”に足払いを食らわせ、その隙に距離を取っていく。


「逃がすか!」


ヴァルはマシンピストルを乱射したが、軽量化が第一で、精度も射程距離も疎かな武装であり、”ザシートニク”の三次元機動によってことごとく避けられてしまう。


ユーリアはそのまま丘陵の向こう側へ出る。

一方の”アウトバーン”は、【Kometen】の濫発によりスラスターが不調だ。


それでも、敵の隊長機のシールドが破られている今を、逃す訳にはいかない。

勢いに任せて丘陵を乗り越えようとしたとき、死神の鎌が見えた。


マルガレーテの”ライブガルデ”、その対物ライフルの砲身が、こちらに向いていた。


ほぼ無意識にスラスターで跳躍の機動を変更すると、一瞬後に弾丸が掠めていった。


追撃を中止し、咄嗟に稜線の陰に隠れる。


”聴診器”の反応から、”ザシートニク”は撤退しているらしかった。


つまり、ここからは”ライブガルデ”との一騎打ち。


しかし、互いに自分から勝負を仕掛ける気配はなかった。


二人とも分かっていた。

影武者も、カウンタースナイプも、既に役目を終え、この戦闘にはもはや必要のない存在。


”アウトバーン”と”ライブガルデ”に与えられた役目は皮肉にも全く同じもの。


それは、”物部”と”ザシートニク”の一騎打ちに、邪魔が入らぬようにすることであった。

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