第11話:ガチタン、遠距離戦
三層に別れた戦場の外側で、タマルが追撃戦を演じている。
そしてユーリアとマルガレーテは、タマルの追撃に邪魔が入らぬよう、その側面を固め、進軍を続けていた。
そのタマルからの通信が途絶えた。
ユーリアは通信を試みる。
「タマル、聞こえる?返事して!」
応答はない。
「恐らく、敵機の至近距離にあり、ジャミングを受けているものかと。
もう追いついたのでしょうか?」
マルガレーテが首を傾げる。
「いえ、これは不測の事態よ。
追撃が予定通り行っていたなら、タマルが交戦前に報告を怠るはずないもの」
「奇襲を受けたと、では救援に?」
「いえ、このまま進軍を続ける。
ここで”谷BC”を離れれば、物部に山脈Cを越える余裕を与えることになる」
「あくまで中央を死守、ということですか。
しかしタマルさんは大丈夫でしょうか」
「知れたことよ。タマルが負けるはずはない。
中央を抑えている限り、”物部”は内側から、つまり”モスクワの海”から出ては来れない。
”モスクワの海”は見通しの良い平原よ、そこで闘えば、奴に逃げ場はない」
この模擬線の勝利条件は、敵隊長機の撃破。つまり”物部”さえ倒せば、ほかの2機がどこにいようが、その時点でソヴィエトの勝利は決まる。
「あの砲撃で、”物部”は居場所を晒した。あとは追いつめて、獲るだけよ」
「分かりました」
現状、敵2機の居場所は割れている。
現在タマルと交戦しているとおぼしき、未確認の偵察機は外側に。
203mm榴弾砲で今もこちらを狙っているであろう”物部”は、最も内側に。
「残りの一機の同行が気になるところね」
「内側で”物部”の護衛機をしているのでしょう。
あの機体を護衛機なしで突っ立たせておいても、ただの鉄の棺桶です」
「そうね、私もその可能性が最も高いと思う、でも・・・」
ユーリアには引っかかっていた。山脈Cの向こうから飛んできた、自分の存在を知らしめるかのような派手な曲射。
最初に出会った日、デブリーフィングで話していた宇野沢の様子を見たときは、そこまで思慮浅い男とは思わなかったが・・・
「莫迦のイワンか、あるいは、ただの馬鹿だったか」
「え?なんです?」
「なんでもないわ。
内側に護衛機がいた場合、足止め、よろしく。
その間に私の手で”物部”を獲る」
ユーリアとマルガレーテは進軍を止めない。通信がなくとも、タマルの機体信号が残っている限りは、戦線の膠着が続いているということ。
外側からの奇襲に怯える必要はない。
203mm榴弾砲の砲撃予想点には着々と近づいている。
「さあ、そろそろチェックよ。どうするケイ。
何か仕掛けてくるつもりでしょう?
さもなければ、あなたに勝利はないもの」
だが、ユーリアの予想は外れ、二機は易々と進軍の目的地に到着した。
「榴弾は、山脈Cのここの地点を通過して、我々のもとに飛んできました。
つまり、この延長線上が、物部の砲撃ポイントです」
「どうやら、期待外れだったみたいね、いいわ。
さっさと終わらせてあげる」
ユーリアは落胆しながら、髪をかきあげた。
一気に山脈Cを構成する山岳を駆け降り、電撃的な突撃を開始する。
「”聴診器”は!?」
「1機の反応を確認!
戦闘開始から数えて、中央で確認された心音はありません」
「つまりは”物部”ってことね、決めるわ!!」
探知した心音の方角に向け、一気に接近するユーリア。
その刹那、また鈍い轟音が響く。203mm榴弾砲だ。
「マルガレーテ!!」
ユーリアはそう叫ぶと、慣れた動きで着弾地点を予測し、回避機動をとる。
マルガレーテは爆風と爆炎の中、手に持った巨大なライフルを構え、既に発射元に狙いを定めていた。
「分かってます」
彼女の機体、東ドイツの”ライブガルデ”は、物部と同じ第1世代機で、本来であれば退役しているのが自然な老兵である。
しかし、”ライブガルデ”が精鋭として扱われているのは、ある一技能の卓越性ゆえである。
彼女の卓越した能力、それはカウンタースナイプと呼ばれるものだ。
大気がなく、風などの影響を受けない月において、遠距離狙撃は地球におけるそれに比して、殊更に強力な戦法であるかに思える。
しかし、遠距離からルノホートのバリアを無条件に貫通する武装は、かなり限られてくる。
その一例が”物部”の203mm榴弾砲なのだが、機動力と汎用性を犠牲にしなければ、そのような力を得ることはできない。
”ライブガルデ”も、機体と並ぶほどの長さを持つ対物ライフルを持っている。
そのため、機体の古さも相まって機動力は著しく低い。
模擬線の開始から、マルガレーテだけが後方に位置していた理由はここにある。
一気に間合いを詰めて、近距離戦で勝負を決するユーリアとタマルの天敵となるのは、遠距離からの狙撃である。
だが、その後方にマルガレーテが控えることによって、生半可な狙撃をした下手人はすべて、彼女からの返礼を受け取ることとなる。
そして今、”物部”は彼女の射程圏内で、遠距離からの砲撃を行った。
それが意味することは一つである。
「ごめんなさい、宇野沢さん。
あとで、謝りますから」
マルガレーテの対物ライフルが火を噴く。
一瞬前に放たれた榴弾が描いた放物線に沿って、高速の弾丸が正確に発射元を貫く。
”物部”の機動力で逃れられるはずがない。
いや、”物部”でなくとも、大口径砲の遠距離砲撃をするためには、発射時の衝撃を吸収するため、地面に駐鋤を差し込み、機体を固定する必要がある。
衝撃が収まるまでは、それを抜くこともままならない。
つまり、遠距離砲撃を行った時点で、マルガレーテのカウンタースナイプから逃れる方法はない。
「”撃ちました”」
マルガレーテのその言葉を聞き、ユーリアは勝利を確信した。
彼女が”撃った”と言う時、すでに全ては終わっているのだから。