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後編


鮮やかな赤髪が風に揺れている。

待ち合わせの場所に幾分か早く着いたセンナは期待に胸を弾ませながら、待ち人の影を探した。


「お待たせ、センナ」


落ち着いたとは言い難い少年らしさの残る元気な声音が、センナの耳に届いた。


「ごめん、仕事が長引いちゃって」


センナの瞳に、手を振りながら近づいてくる待ち望んだ姿が見えた。

平民を装いつつ、最大限にお洒落をしたセンナを見て、平々凡々だが優しい赤茶色の瞳が緩く解けた。


「こんなに可愛いお嬢さんを待たせたんだ。お詫びにお茶をご馳走させてくれないか。最近できた美味しい喫茶店を知ってるんだ」

「気にしないでマイク。ちょっとくらい待たされたくらいで怒らないわよ」


端に引っかかっているだけとはいえ貴族の娘としがない宿屋の息子。

本来は結ばれる事のない想いを人知れず育てていくのが、現在の二人にできる唯一のことだった。


それが一転したのは、東の国の国境付近で紛争が起こっているという知らせが届いてからだ。

一般兵として徴兵されることになったマイクは、出立する直前にセンナに言った。


「帰ったら渡したいものがあるんだ。楽しみにしててね」


重苦しい街の雰囲気に似合わず照れたように頬を染めた彼の訃報が届いたのは、紛争が終わる間際のことだった。

懇意にさせてもらっていたマイクの両親が、当時彼との連絡のために送っていたメイドを通じて、訃報を綴った手紙を送ってきたのだ。


彼がセンナに贈るはずだった贈り物と共に。

その様子を見ていたセンナの両親は、好都合とばかりに彼女に大商人との縁談を取り付けた。


マイクがいない。

そのことがセンナには理解できなかった。いや、理解したくなかった。

いずれ、ひょっこりと彼はセンナの前に姿を現し、彼女に渡ってしまった贈り物をみてこういうのだ。


僕が渡したかったのに。


拗ねたような顔をする彼に、センナはまだ開けていないから、今ここで開けてもよいかしらと言うと、少し驚いた彼は、状況を理解すると破顔して頷いた。そのコロコロと変わるあどけない表情をみながら、センナの指は赤いリボンにゆっくりと指をかけた。

そう、いつかそうなるはずだった。


しかし、現実は無常だった。

月日は流れ、センナの鮮やかな赤髪が白く染まっても彼は一向に現れず、未開封のプレゼントだけが取り残されたのだ。


◇◆◇◆


ことのあらましを聞いたラトナラは緩慢に首を横に振った。


「確かに、おばあ様とおじい様はお政略結婚だと聞いたことはありますが…」


あまりにも突拍子もなさ過ぎて信じられない、とは言葉にはしなかったが、瞳は雄弁にそう云っていた。

言われてみれば、祖父と祖母は仲が良いとは言えなかった。

しかし、それだけだ。政略結婚により冷え切った仲の夫婦なんて、珍しくもない。


「メイドを通してやり取りしていたようだから、手紙も残っていないし…。ああ、台座の下に隠された手紙は見ていないわね。それを見てもらったら信憑性はあるかしら」


メイリンの言葉通り、指輪が嵌っていた台座はするりと箱を脱ぎ捨てて、長年隠し続けてきた手紙を陽の目に晒した。

拙い文字で愛していると綴られた手紙は、役目を果たせないまま経年劣化で、すっかり色褪せていた。


「この指輪に宿っているのは、祖母さんの想いね。帰ってきてほしいと想い続けた結果、行き場をなくして呪いとなったのね」


手紙の主とは気配の形が違うわと、当たり前のことのように告げたメイリンだが、気配なんてものを視るのはギルバートにはできない。

食い入るように手紙を見つめていたラトナラはポツリとこぼした。


「"海に行こう"は、おばあ様の口癖だったわ…」


何かにつけてそう言葉にしていた彼女だが、海に行ったという思い出話を聞いたことはなかった。

今思い返すと違和感がある。この家の財力があれば、海岸地域に旅行に行くことなどわけはない。

でも、彼女は海に行くことはできなかった。いや、行かなかったのだ。

ラトナラは手紙の一文を指でたどった。


“2人で海の見える町で暮らそう。君も僕も大好きなあの海の近くで!!”


ラトナラは手紙を見つめたまま暫く動けなかった。

知らない。物静かな祖母が心に秘めていたことなど知らない。知ろうともしなかった。


「指輪は、呪いが無くなればおばあ様の棺に入れてもよいのですか」

「完全に解呪できたらね。ただ、想いを断ち切るのは至難の業だ。どうしても未練が残るのが人の想い(のろい)。私も全力は尽くすけれど、保証はできないよ」


そう告げたリリアにラトナラは肩を落とした。

ただの薄っぺらい憐憫と罪悪感からの提案だった。

生前に祖母がそんな思いを持っていたということを、知ろうともしなかったことへの罪滅ぼし。


メイリンはそんなラトナラを視て、そっと口を開いた。


「このことは、あなたのお母さんも知らないわ。だって、あなたのおばあ様は口にしたら、現実になるから、このことを誰にも話していないもの。あなた一人がそんな想いを抱える必要はないのよ」


亡き祖母の想いは、未だに最愛の人を見送ったあの時で止まっている。

彼女自身が恋人の死を乗り越えられなかったのだ。

そして悪いことに、彼は身体の一部たりとも戻ってこなかった。それが、彼女が現実を受け入れないことの逃げ道を作ってしまったのだろう。

そうして、長年の想いが肉体という器を脱ぎ捨てた今、指輪に宿ってしまった。


「おばあ様の大切なものなのでしょう、おばあ様が持っているべきだわ」

「それがいいとは思うけれどね…」

「できるわ」


メイリンの言葉に、リリアとギルバートが目を見張った。


メイリンの霊力は視ることに特化している。視ようと思えば、ありとあらゆるものがその目に映るという。万物の未来、過去や思考等々。呪具である眼鏡をかけていなければ、脳の処理が追い付かないくらい、視界には情報があふれるという。ただ、霊力が目に集中しているせいで、視えてもギルバートやガリオンのように祓ったりする等の霊へ干渉することは一切できない。

せいぜい、ガリオンが作成した術札で結界や簡易な追払いくらいしかできないのだ。


そんなメイリンがどうやって。

目を使わなくとも、二人がそう思っていることなどわかりきっていたのだろう。

メイリンはお人形の様な(かんばせ)に微笑みを浮かべて、ピッと隣を指さした。


「私ではなく、ギルバートがやってくれるわ」


その後、対策を講じるからと、ラトナラに退席という名目の追い出しを成功させたギルバートは、部屋の近くに誰の気配もないことを確認すると、メイリンに向かって吠えた。


「何言ってくれているんですか!?」

「そうだよ、メイリン。ギルバートは、呪いに関わったことはないことは知っているだろう。いくら何でも無茶じゃないのかい」


ギルバートに同意するように、リリアも怪訝そうな声を上げる。

リリアの見解では、呪い事態はさほど強力なものではないが、かなりややこしく指輪全体に呪いが巻きついている。解呪の手順を間違えれば、さらにこじれて厄介なことになるだろう。

そんなことはメイリンも百も承知だ。しかし、今回の呪いはそれはただの張りぼてでしかいない。


「リリア、この呪いはまだ指輪になじみ切っていないわ。だから、切ろうと思えばきれる」

「そういうこと…」


それだけでリリアは納得したようだが、ギルバートは皆目見当もついていない。


「簡単にいうと、呪いが呪いとなり切れてないから、つながりかけている核と霊力を断ち切れば、完全に解呪することができる状況なの」


メイリンの補足に、ギルバートは改めて指輪を視た。

まあ、視たところで判断はつかないのだが。


「その断ち切るための刃はギルバート、あんた以外適任はいないよ」


メイリンが目なら、ギルバートの霊力は斬ることに特化しているといっても過言ではない。

幽霊課の中で霊力が多いわけではないギルバートが、ガリオンと肩を並べて祓うことができるのは、その特化した霊力を最も相性のいい剣に乗せているからだ。


「あなたなら切れるわ」


メイリンの瞳が強く輝いた。

彼女の目にそう映っているのなら、できるのだろう。

ギルバートは腹を括ると一つ頷いた。


「呪いは弱く宝石の魔力と結び付いている状態だから、さほど霊力は込めなくていいわ」


永い時をかけて誕生する宝石は、大地の魔力を含んでいるがゆえ、魔法道具であったり呪いの媒体となりやすい。後半はさておき、前半は学校を卒業する頃には常識として頭に入っていることである。

宝石本来の魔力を殺さず、呪いだけを切り離すということは、霊力を過不足なく呪いの強さに合わせなければならない。

細い糸を切るのに包丁はいらないだろう。


「…それじゃあ、強すぎるわ。いや、それは弱すぎるわよ」


まあ、霊力のコントロールを得手としていれば、簡単な話なのだが。

絶賛苦戦中のギルバートにリリアとメイリンは苦笑した。


「今までは、剣に霊力を纏わせるだけでしたので…」


繊細な霊力扱いよりも豪快な戦闘が期待されていた身だ。

霊力の扱いレベルはお察しのとおりである。


「覚えて損はないわ。相手の力量がわかるあなたなら、的確な霊力量で戦うことは、体力の温存にもなるし」


メイリンに励まされながら霊力を剣に纏わせる


薄く、切りたいものの霊力に合わせて。

頬を脂汗が伝い落ちていく。

繊細な、それこそ針に糸を通す以上の集中力が必要となる。


霊力だけではない。

確実に核にあてるための、剣の腕も必要だ。

だがしかし、剣の腕に関しては、幽霊課のメンバーいや、この王都で活躍する冒険者にも引けを取らないと自負している。

ガリオンの占術とも、リリアの呪術とも、メイリンの見通す力でもない。


ギルバートだからこそできる祓いだ。


小さな宝石のさらに中心部。そこが呪いの源だ。

霊力と魔力がゆっくりと結合しようとしていた。

視えはしないが、感じることはできる。


「いいわ、それくらいで釣り合ってる」


天秤が釣り合うように、同程度の霊力を剣が纏っているのを視てメイリンは頷いた。


それと同時に、リリアが指輪の呪いを散らした。

精度を求めるなら余分な部分はないほうが良い。

それでようやくギルバートは呪いの核を視た。煌々と輝くルビーの輝きに寄り添うに纏わりつく青い光。

それがセンナの想いなのだろう。

他の場所を傷つけないように、的確に魔力と霊力の境に刃を振り下ろす。宝石の中の想いのみを切り裂くように、宝石に傷をつけないように。刃に振り下ろされた霊力が、想いという名の鎖を切り裂くように。


澄んだ金属音が、鼓膜を撫でた。

確かな手ごたえがギルバートにはあった。


「上手くいったわね」


ねぎらうように、メイリンが微笑んだ。

この未来も視えていたのか、彼女の言葉には賞賛はあれど一撃で仕留めたギルバートに対する驚きはない。


「あんな小さい宝石を的確に斬るなんてね。さすが、幽霊課きっての剣豪だね」


それとは対照的に、驚きで瞳を丸くしながらも感嘆の言葉を贈ったのはリリアだった。

緊張の糸がきれ息を大きく吐き出したギルバートは汗を拭って微笑んだ。


「無事祓えてよかったです。これで呪いの指輪の件は終了ですね」


終わってみればみればあっけないものだった。

まだこの家に入って話をしてから数刻しか経っていない。久方ぶりに空が明るいうちに現場を出ることができそうである。


報告書は明日にすればよいだろう。

すっかり終わった気でいるギルバートにメイリンは気の毒そうな目を向けた。


「残念なことなんだけど、本番はこれからなのよ」

「えっ」

「霊力の発生の源は消したけど、そこにあった霊力までが無くなったわけではない。だから、これから数日は霊力に引き寄せられてくる霊を祓うことに専念しなくちゃいけないのさ」

「そんなっ⋯」


暫くは帰れないからねと微笑んだリリアの笑顔が、地獄の女神に見えたのはギルバートの胸に秘めておこうと思う。

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