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冒険者ギルド支援部幽霊課御祓係  作者: 朱音
いわくの屋敷
1/4

前編


春、それは出会いの季節。

学校にも職場にも、見慣れない顔ぶれが入ってくる。その緊張と期待に目を輝かせた新人を厳しくも暖かく見守るのが先輩社員である。そう、通常の職場ならば。


「あーあ、今年も収穫はゼロだったか」


座っている椅子の背もたれに全力でもたれつつ、男は残念そうに部屋を見回した。と言っても、彼が吸っている煙草のせいで視界は少し白んでいるのだが。

左目を覆い隠す錫色の髪は、前髪の長さと反して後ろはこざっぱりと整えられている。30代半ばに見えるその風貌は、この辺りでは見ない東方の羽織という独特な服装も相まって、平凡とはかけ離れた印象を与えた。


「今年も下っ端だな、ギル」


男が翡翠色の右目を向けたさきには、机の上を整理していた青年がいた。

綺麗に整えられた明るい金色の髪に青空を切り取ったような深い青色の瞳。騎士かあるいは王子ともとれる雰囲気の青年、ギルバートは爽やかに微笑んだ。


「下っ端の方が、ガリオン先輩たちに色々教えて頂けるので、嬉しいですよ」

「かぁっー、言うようになったじゃねぇか。数年前のお前に聞かせてやりたいな」


ガリオンが大袈裟に泣くふりを見せると、ギルバートはふと遠い目をした。


「それはもちろん、色々ありましたからね」


ギルバートの脳裏には、入社してからの様々な修羅場が思い出された。

死にかけたことは片手では収まりきらず。なぜこんな胡散臭いところに…と反抗的な態度を取っていたのも今は昔。ここが実は重要な課で、特に目の前の彼は、頼れる上司であることは、充分に理解している。


この幽霊課御祓係であるからこそできたこともあったし、出会いもあった。

なんでも平均以上こなせるギルバートにとって、この仕事は簡単には出来ないからこそ、やり甲斐を持っている。


「おや、おはよう。2人してここで何しているのです」

「オリバー課長、おはようございます」

「おはようございます」


きつく結い上げた髪につり上がった瞳。しかし、その見た目に反して柔らかい口調の初老の女性は、2人を見て目を丸くした。


「何って朝のミーティング待ち」

「そういえば、あなたたち昨日は現場から直帰だったわね。今朝はみんな現場に直行だから朝のミーティングはありませんよ」


やけにみんなの出勤が遅いわけだ。

成程と納得したようにうなずくギルバートとガリオンの横を通り抜け、オリバーは自身の席に荷物を下ろすとふと一枚の紙を取り上げた。


「ガリオン、あなた今取り掛かっている仕事は解決しましたか」

「先日の四辻から聞こえる奇妙な声の件だったら、昨日解決しました。幽霊でも何でもないただのストーカーでしたが」

「報告書はそこに」


ギルバートの声に導かれ机を見渡すと、確かに彼の綺麗な字で綴られた報告書が鎮座している。

依頼検査課の者たちは、あまりに姿が見えない現象にこちらに回したようだが、ただの杞憂だったらしい。幽霊であれば只人が手出しできる範疇ではないが、魔法を使った人間が引き起こしたことなら依頼検査課の方で何とかなっただろうにと、喉奥で言葉を転がしたオリバーは、改めて手に持った紙をガリオンに手渡した。


「次はこの件を調べてくれませんか」


手渡されたガリオンはざっと用紙を眺めた。その後ろからギルバートも覗き込んだ。

用紙は、依頼人が書く依頼申請書だった。


「屋敷解体の手伝いですね。報酬も妥当。下級の冒険者にはよくある依頼だと思いますが」


下級の冒険者は戦闘能力が低い。

だからこそ、街での重労働で体力をつけ、先輩冒険者の荷物持ちとして着いて行き、下積み時代を過ごし、力をつけていく。そのため、こうした大工の手伝いのような仕事はよくある依頼なのだ。


「場所が問題なんだろ。ネーイ男爵屋敷跡、ここは確か5、6年前に強盗で一家が惨殺された現場だ」


オリバーはガリオンに正解と頷いた。


「よく覚えていましたね。この依頼ですが、依頼検査課の方で調べたら、この現場で作業をしていた者たちが、怪我や病気で次々といなくなっています。場所が場所なので、こっちにまわってきたんですよ」


人が亡くなった場所というのはただでさえ、その人物の念が残りやすい場所である。

その亡くなり方が突然のものであればあるほどその念は強くなり、幽霊として現世に現れるのである。そして、それが与える影響はその残された念によって様々だ。


「これは、こっちに回してきて正解だな。ギルバート、出るぞ」

「わかりました」


命の危険もあるこの仕事は、ペアでの行動が義務付けられている。

御祓係は係長のガリオンを含め総勢6名。今年は人数の変動がないため、昨年と同じペアで仕事にあたることになる。


ガリオンとギルバートは、準備を整えると早速幽霊課を出た。

幽霊課はギルド本部の一番奥に位置する。他の課と比べ来客がほどんどというより全くいないため、自然とこの配置になったのだが、ここで働く者としては不便で仕方がない。

階段をおり、長い廊下を歩く。幽霊課と打って変わって賑やかな依頼検査課の前を通り過ぎると、依頼受注窓口の横から表にでた。

手入れが行き届いているからか、軋んだ音は全く聞こえない。


依頼が貼りだされている掲示板の前を通り過ぎようとすると、聞き慣れた声に呼び止められた。


「久しぶりだな、ガリオンにギルバート。クエストでも受けるのか」

「そんなわけないだろ、ギーヴ。相変わらず元気そうだな」


ガリオンは声をかけてきたギーヴを呆れたように見た。歳はガリオンと同じだったはずだが、ソードマンらしい体格の良さからか、その活気に満ち溢れた雰囲気の為か、まだ20代に思える。


彼の後ろには、見知った彼のパーティーメンバーたちが控えており、各々ガリオンとギルバートに会釈をした。挨拶さえ省略しがちな冒険者の中では、礼儀正しく品行方正な面々である。

それもそのはず。この王都のギルドのパーティーの中でもトップクラスの実力を持つ彼らは、このギルドの顔といっても過言ではない。上位のパーティーになればなるほど、実力だけではなく人柄も評価の基準になっている。


ガリオンは、ギーヴが握っている依頼書をみて、わかりやすく顔を顰める。ギーヴはその視線に気が付くと、ああと納得したように声をあげた。

ついでに依頼書を揺らすと、数枚の依頼書がそれぞれぶつかり合ってカサリと非難の声をあげた。


「そういや、お前さんはこういった依頼はてんでダメだったな」

「……」


ガリオンは、苦虫を嚙み潰したような顔で返答とした。

依頼書に書かれているのは、死体魔物(アンデッド)討伐依頼だ。

場所はさほど遠くない東の森は、魔物が強くなく駆け出しの冒険者向けの依頼が多い。

そんな場所に上位ランクのギーヴ達が向かうのはアンデッドが下級の冒険者達にとっては脅威であるからだ。


幽霊が、肉体を得たのがアンデッドというのが、通説であるが、視えるものにとってはアンデッドは鬼門だ。

物理・魔法攻撃が効き、霊体向けの術が効きにくいアンデッドとは、そもそも戦う分野が異なってくるのも理由だが、何より視界に悪い。アンデッドは視える者にとって、霊であった頃の残滓と魔物の姿が混ざり合った、見るも無残な姿に映るのだ。


あれは慣れようと思って慣れるものではない。


「アンデッドの依頼ということは、夜に行くんですね」

「ああ。アンデッドは日の光を嫌うからな。昼間だと見つけられないだろうし、夜に出発するつもりだ」


肉体を得たアンデッドは、幽霊であった頃の名残か、日の光を嫌う。

そのため、昼間は姿を現さず、見つけるのは至難だ。夜になると魔物の力が強くなるとは言え、無駄な労力をかけるよりは、妥当な判断だ。


「そうか、無事を祈る」

「ありがとな、お前らも仕事がんばれよ」


朗らかにギーヴたちに見送られ、その足で二人が向かったのは、図書館だ。

過去の事件の情報を集めるのには、図書館で綺麗に保管されている新聞が手っ取り早い。

公共機関が集まるように設計された王都は、有難いことに、時間をかけずにギルドから図書館にアクセスできる。


重たい扉を開けると、何度見ても圧倒される背の高い本棚と、無表情の司書に出迎えられた。


「こんにちは。本日はどのような書物をお探しですか」


ひどく冷めた赤い瞳が、ガリオンとギルバートを見据えた。長い黒髪をきっちりとまとめ、規則通りに制服を着た姿は、まさに司書の厳格なイメージそのものである。


ことあるごとに、保管してある新聞記事を見にやってくる幽霊課は図書館の常連であるため、その冷たい表情も見慣れたものだ。


「5、6年前にネーイ男爵家が強盗に襲われる事件があっただろ。それに関する記事が見たい」

「承知いたしました。資料の検索が終わるまで閲覧室でお待ちください」


淡々とマニュアル通りに対応しているように見える彼女が、実は歓迎を示していることは、付き合いが長い者にしかわからないだろう。

引き締められた口元が、氷が溶けたように少し綻んだのを見た。


2人が慣れた足取りで閲覧室に向かうと、平日の朝一ということもあり、他には誰もいなかった。

入口から少し離れた、されど入口から見える机に座って数分。数冊の新聞記事を抱えたトオリが閲覧室に姿を現した。


「ネーイ男爵家強盗殺人事件。記事として記載があったのは、この3冊のみでした」

「ああ、ありがとう」


ガリオンが礼を述べると、トオリは一礼をして静かに立ち去った。


「これが、事件のあった翌日の記事か」

「さすが、男爵とはいえ貴族ですからね。一面書いてありますね」


見出しは“貴族一家を襲った悲劇”だった。

ネーイ男爵、夫人と数少ない従者たちが惨殺されているのが、毎朝野菜を届ける八百屋によって発見された。なお、一人娘である6歳のニーナの姿は発見されなかった。

現場は金品が奪われていたことから、強盗の仕業であると断定され、ニーナは評判の美少女であったことから誘拐されたものと考えられる。


そう締めくくられた記事には、平凡そうな夫婦と似ても似つかない可愛らしい少女の写真が並べられていた。


「幽霊になっていてもおかしくはない状況ですね」

「そうだな。ほかの記事も似たり寄ったりか」


パラリとめくっていた新聞の記事をつまらなさそうに眺めたガリオンは、視線を天井にめぐらせた。

特段なにかがあるというわけではないが癖でついつい上を見上げてしまうのだ。


「今晩、行ってみるか」


行動に移すのは早い方がいい。

魔力が常に使われ、循環している王都であれば、魔力を貯め込む隙がないため、魔物化するリスクは極めて低いが、それでもゼロではないのだ。


「わかりました。新聞は返してきますね」


ガリオンの行動パターンを鑑みると、もうひとつ立寄るところがあるだろう。

長居する必要も無いので、そうと決まると席を立ち、新聞を持ってカウンターに戻った。

司書であるトオリは、普段は滅多にカウンターに立たないのだが、見送りのために待っていてくれたらしい。


「用事はお済みでしょうか」

「ああ、ありがとうな」


じゃあと、新聞を返して、あっさりとした別れを告げるガリオンに、トオリは会釈をした。


「お気をつけて」


ひっそりと彼女の口の中で呟かれた言葉を的確に聞き取ったガリオンとギルバートは、手をあげてそれに答えた。

いつもの事だ。

だが、次も同じ日常を過ごせるかは、彼ら次第。

彼らの仕事を知っているトオリは、心配な心を氷のような表情の下に押し込め、自身の仕事に戻ったのだった。


◇◆◇◆


図書館から出たその足で、ガリオンとギルバートは件の依頼を出した依頼主の元を訪れた。

過去のことがわからないなら、現在起こっていることを把握するしかない。

そして、現状把握には聞き込みが一番効果的である。


依頼主は最近頭角を現してきた商人ムーヨ。

主に冒険者たちが使用する地図、回復薬、冒険者バックなどの商品を主に扱う商人である。

彼は、事前のアポイントもとらず訪れたギルド職員を、嫌な顔もせず出迎えた。


「突然で申し訳ない。私は冒険者ギルド支援部のガリオン、こっちは部下のギルバート」

「いえ、大丈夫です。ようこそ、我が商会へ」


ギルバートより年齢は少し上か。他の商人と比べると若いと言える。

痩身の青年は、眼鏡の奥のタレ目を柔和に和ませて、2人に対面のソファを勧めた。

間髪入れず使用人が紅茶を注ぎ静かに退出した。


「冒険者ギルドの方だということは、あの依頼についてですね」

「その通りです」


ムーヨは苦笑を零した。


「報酬も依頼内容も妥当な依頼であったかと思いますが」

「書類上はですが」


含みを持たせたガリオンの返答に、ムーヨは商人なだけはあり、表情を崩さない。


だが、しかし、こちらは視ることに関しては、絶対的な自信がある。

霊が視える体質の者は総じてそれ以外のことも視ることが多い。

それは未来であったり、人の感情、過去の記憶等。


視る力があまり強くないギルバートは霊以外を視たことはないが、ガリオンは人の感情や漠然とした未来を視る。

だからこそ、ムーヨの感情が揺れたのが手に取るように分かった。


「あなたが支店を建てようとしている土地は、5年前にネーイ男爵家の一家全員が惨殺された現場でね。そこで不可解な現象が起こって、次々と作業員たちが作業ができなくなっている。まるで彼らの呪いのよう……」

「知っています!」


強い口調でガリオンの言葉をとどめたムーヨに、先ほどまでの柔和な雰囲気はない。

顔を蒼白に染め、体は小刻みに震えているように見える。


「あの現場が、祟られていると噂されていることは知っています。しかし。冒険者ギルドという公的機関が、そんな噂に踊られているわけではありませんよね。私はなんとしてでも、あの場所に店を建てたいのです」


あまりの意思の強さに、ギルバートは目を瞬かせた。

なぜ、それほどあの土地に執着するのだろうか。

ガリオンは見定めるように、目を細めた。


「恩返しか」


ぽつりと言葉を落とすと、ガリオンは仕方ないといわんばかりに、肩をすくめた。


「今回の依頼について、冒険者ギルドは作業環境や指揮系統に関してかなり疑いを持っています。そのため、現場を見せていただきたいのです。何も、あの噂で疑っているわけではありませんよ」

「……そうですか」


やる気のなさそうな表情から変化のないガリオンを見て冷静になったのか。

ムーヨは使用人の出した紅茶の水面を揺らしながら、少し考えるそぶりをみせた。


「いいでしょう。ただし、私も同席させていただきます」


その瞳の下に、化粧で隠された隈があるのを見て、ギルバートは彼も被害にあっている当人であることを理解した。


◇◆◇◆


青い月の光が頂上から傾き始めた頃。


ネーイ男爵家跡地前に、明かりを持って訪れたムーヨは、その薄暗さが誘う畏れに小さく身を震わせた。


気を紛らわすかために、昼間の出来事を思い返した。

ギルド職員が訪れるのは予想通りだ。

現在の作業員たちの状況をみると平穏に依頼が受理されるはずもない。

しかし、訪れた彼らの様相は依頼をしたときに見た受付の職員たちとも、冒険者たちとも異なっていた。


1人は人の目を惹き付ける整った顔立ちの青年。腰に剣を携える姿は、ギルド職員というより、騎士のようにも見えた。

もう1人は東方の衣装を羽織った変わった雰囲気の男。怠惰な雰囲気も含みつつ、その瞳の光は誰よりも強い、掴みどころが分からない男であった。


それに、黒色のワイシャツに瑠璃色のネクタイとは。

ギルドは所属毎にワイシャツの色とネクタイが異なる。理由は、有事の際に役割を見分けやすくするためだったか。

しかし、多くの部署は事務職に変わりないため、使いまわせるように白のワイシャツに臙脂色のネクタイをしている。

だから、彼等の配色は特殊な部署なのだろう。ギルドバッチからして本物のギルド職員なのだろうが、一体どこの部署のものなのか。


そんな彼らは、現場の状況を知っているだろうに、このような深夜に時間をわざわざ指定してきた。

ギルド職員の彼らには、まことしやかに囁かれているネーイ男爵家の呪いの噂を否定したのだが、ムーヨも屋敷の解体工事が始まってから、悪夢にうなされ続けている。

夢だからか、はっきりとした記憶はないにしろ、赤い情景が悪夢として脳裏にこびりついてしまっている。


だというのに。子どもの頃に聞かされた、幽霊がでるという薄気味悪い時間に、わざわざ噂の根幹である屋敷に向かっている。ギルド職員は何を考えているのだろうか。

そして、それに付き合っている自分自身も、何をしているのだろうか。


「よく来ましたね」

「今晩は。よろしくお願いいたします」


ギルド職員の二人は、ムーヨより幾ばくか早く到着していたようだ。

ほのかな明かりに照らされた自分以外の生きた人間の姿に、知らず知らずのうちに肩の力が抜けた。


「もう一度確認しますが、安全は約束しませんよ」


翡翠色の右目が、ムーヨの覚悟を問うように力強く輝いた。ムーヨはそれに躊躇うことなく頷いた。

自分の身にふりかかる悪夢を振り払いたいのもそうであるし、何よりネーイ男爵には拾い上げて貰った恩がある。だから、賑やかな祭が好きだった彼のために、何としてもこの屋敷跡で店を開き、繁盛させたいのだ。

多くの幸せに満ちた賑やかな声を届けるために。


「もちろんです」


ムーヨの返答を、予想していたかのように、翡翠色の瞳は柔らかく緩んだ。


「いい覚悟だ」


ムーヨに安全は約束しないと言ったが、だからといって最善を尽くさない訳では無い。

ガリオンは懐からピッと札を取り出すと、ムーヨの背中に当てた。

そして抑えていない方の右手で印を結ぶ。

すると札は淡く光ったかと思うと、弾けるようにムーヨの体に吸い込まれた。


「よし、後は…」


ガリオンは今度はムーヨの正面にまわりこむと、眼鏡に手を伸ばした。

かすかな煙草の匂いがいたずらに、ムーヨの鼻をかすめた。図書館やムーヨの屋敷、そして今は吸ってはないが、常時的に煙草を咥えているので、染みついているのだろう。


先ほどとは異なった目のような模様が描かれた札を手にとり、眼鏡にあてる。

すると、今度は札が眼鏡に溶け込むようにして消えた。


「これは一体……。魔法ではありませんね」

「東の国に伝わる、目を与える札だ。これで俺らと同じものが見えるはずだ」


モードが切り替わったのか。

敬語を外したぞんざいな言葉がムーヨの鼓膜をたたいた。

しかし、それを気に留める間もなく、ガリオンに促され辺りを見渡したムーヨはぎょっと目を見開いた。

先ほどまで、目の前の二つの小さな明かり以外は闇に包まれていた光景が一変し、ネーイ男爵家に明かりが灯っており、あたりを明るく照らしている。

建物も放置された荒れ果てた外観ではなく、手入れの行き届いた美しい姿を見せている。


眼鏡を外して視ると、先ほどまでの薄暗い風景が姿を現した。

驚きのあまり言葉も出ないムーヨをフォローするように、ギルバートが口を開いた。


「改めまして、私たちは冒険者ギルド幽霊課の者です」

「工事現場で働く者達やあんたに降りかかった異変の原因は間違いなく、この屋敷に留まる霊が原因だ」


門の外にも届くほどの明かりは、魔道具が使われているのだろう。

裕福だったネーイ男爵家は、高価な魔石を使った魔道具をふんだんに利用していた。

以前と同じ、明るく温かい光に、ムーヨは何かが胸の奥からあふれ出そうになるのをぐっとこらえた。


「どうする。やめるか」


昼間を含めると、3度目の問いかけだった。

ここで、畏れおののいて動けなるなるものはごまんといる。

しかし、ムーヨはその問にはっきりと首を横に振った。


「いえ、行きます」


それは、自分自身のプライドからでもあったし、好奇心からでもあった。

知ってどうするのか。

わからないが、それすら知らないと何も考えることすらできない。


だから、ムーヨはこの場から逃げ出さず進む覚悟を決めた。

現場で働く者たちのために、自分自身のために、そして苦境に立たされた自分を支援してくれた、優しく豪傑だった恩人のために。

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