共に
いよいよ桜と桜姫が激突します。全てを見てきた桜が、どのように桜姫に伝えるのか。どうぞ最後までお楽しみ下さい。
夜中の丑三つ時、居間で寝ていた翔は、突然の息苦しさに目覚めた。そして体が妙に重い。まるで誰かが上に乗っているような……。そこまで考えて翔はハッと気付き、飛び起きようとしたが体が動かなかった。金縛りのようだ。
やはり、と言うべきか、上に乗っているのは桜の体を乗っ取った桜姫だった。
『私は貴方様をずっとお待ちしていました。逢いたかった。こうして触れたかった。』
桜姫は妖しく、翔の唇を自分の人差し指でなぞる。そして唇を重ねた。長い間濃厚な口付けを交わすと、桜姫はおもむろに自らの上着のボタンを外した。下着が露になる。
翔は、自分の貞操の危機に、何とか桜姫を振りほどこうとしているが、金縛りのせいでそれが出来ない。
桜姫は翔の上着のボタンを外し、その指と唇が翔の肌を妖しくなぞる。翔はゾクゾクする感覚に何とか抗っている。
「……さ…くら……意識を……取り…戻せ……。」
翔は絞り出すように言った。
自分以外の女の名前を呼ばれ、激昂した桜姫は、その指で翔の首を絞めようとしている。そこに、
『止めてええええええぇぇぇぇぇぇぇ!!』
翔を助けたいという私の強い意志が、桜姫の魂を私の体から追い出した。その瞬間、翔の金縛りも解けたようだ。お互いの服の状態を確認して、赤くなりながらお互いに後ろを向き、ささっと服の乱れを直す。
『…まだ…邪魔をするのか。』
桜姫がまさしく鬼の形相で私を睨む。私も黙ってはいない。
「邪魔するもなにも、この体は私のものです。貴女に勝手される理由はない。それに…この人も貴女の頼長様ではない。」
私の迫力に桜姫は後退る。何故か翔も若干後退っている。
「私は貴女と、頼長さんのこれまでを見てきた。私は、頼長さんと貴女を封印した雲宗さん、そして貴女を大切に思っていた人達の想いを、貴女に届ける為にここにいるのよ。」
『私は、何も信じない。信じられない。皆私の目の前で死んで行く。幸せだった時間がぼろぼろと崩れていく。皆私を置いていく。』
「桜姫、よく聞いてね。頼長さんは、帰りたくても帰れなかったのよ。貴女達が襲われるより前に、もうあの時既に、頼長さんは戦で亡くなっていたの。」
桜姫の赤く光る目が見開かれる。
「だけどね、最期の事切れる瞬間まで、貴女の事を気遣っていた。そこへたまたま居合わせた旅の僧侶の雲宗さんに、自分の桜姫への遺言と形見の鏡を託したの。」
桜姫は社に奉られている鏡を思い出した。
「雲宗さんは、貴女に伝えたかった。だけどその時貴女はもう自我がなくて、人を殺す機械のようになってた。雲宗さんは、これ以上貴女に人殺しをしてほしくなくて、やむを得ず頼長さんの形見である鏡に貴女を封印したの。せめて頼長さんの想いの詰まった鏡の中で眠れるように。」
桜姫の瞳に涙が溢れる。
「それだけではないわ。貴女の縁の神社の宮司さん、その鏡を引き取れば神社の存続が危なくなるかもしれないのをわかっていて、それでも貴女の供養のために引き取ってくれたのよ。」
桜姫の頬を幾つも涙が流れる。
「思い出して。貴女を庇って亡くなってしまった使用人の人々の思い、何故そうまでして貴女を守りたかったのか。貴女の両親が自分達が死ぬのを覚悟で家に残り、貴女達を逃がしたのは何故か。」
もう桜姫は立ってはいられなかった。子供のようにその場に踞って声を上げて泣いていた。
「もっと言うなら、京の人達は貴女に家族を殺されて、貴女を恨んでも良いはずなのに、貴女の境遇を悲しんで、哀れんでくれた人達もいるの。」
桜は一呼吸置くと、桜姫を見つめた。そして桜姫に近づくと、母親が子供にそうするように、桜姫の背中を優しく撫でてやった。
「わかる?貴女は一人なんかじゃなかった。周囲の人達に貴女はこんなにも愛されていたの。」
桜姫は桜に抱きついた。そして思い切り泣いた。
「頼長さんの遺言、伝えるわね。約束を……。」
桜は言いかけて止めた。言う必要がなかった。何故なら……。
『約束を果たせなく申し訳ない。愛していた。幸せに。』
そこには翔の体から現れた頼長の霊魂が立っていた。
『桜姫……。やっと逢えた。』
桜姫は振り向く。その姿はもう鬼のそれではなかった。あの幸せだった頃の愛くるしい桜姫だった。頼長と桜姫はゆっくりと近づき、そしてお互いを確かめるように強く抱きしめ合った。
『さぁ、共に行こう。皆、そなたを待っている。』
桜姫は頷き、桜の方を見る。
『桜、ありがとう。私と貴女にどんな繋がりがあったのかはわからないけど、でも、貴女に会えて良かった。』
桜は、にっと笑った。
「もう絶対頼長様を離しちゃだめだからね。」
桜姫と頼長はお互い見つめ合い、頷いた。
そして、桜と翔の目の前で、二人は共に天に昇っていった。
「終わったな。全部。」
と、翔が桜を見て笑う。
「うん。二人共幸せそうで良かった。」
桜も満面の笑みでそれに答える。
翔が桜に近付き、耳元で何かを囁いた。
それを聞いた桜は、真っ赤になって翔の肩をバンバン叩いた。
「翔のバカ〜〜〜〜っ!!」
そんな二人の周りをそよそよと風が吹き、桜の蕾がゆらゆらと楽しそうに揺れていた。
本編はここでほぼ終了です。次回は平和な学校でのちょっとしたお話です。