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鏡の中の桜姫  作者: 柊 里駆
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源 頼長

今回は桜姫の許嫁、頼長の過去です。桜姫と頼長の恋が何故悲恋となってしまったのか。僧侶雲宗の視点で書かれています。どうぞお楽しみ下さい。

ザァ…ン、ザァ……。


遠くで波の音がする。海でもあるのだろうか?


『なむみょう…れん…きょう。』


今度はお経……?


遠くから眩い光が近付いてくる。光が私を包み、そのまま通り過ぎると、急に目の前が鮮明に映る。


そこは砂浜だった。松並木が並ぶ、日本の昔話に出てきそうな風景だ。ある一点を除けば。


浜辺に転がるのはおびただしい数の死体。五月人形が着ているような甲冑を纏った男の人々だ。おそらくここで大きな戦があったのだろうと推測できる。


その死体の山の中を、一人のお坊様がお経を唱えながら歩いている。戦で亡くなった人々の魂を供養しているのだろう。


お坊様はふと一人の若者に目が止まった。まだ年若い青年のようだ。このような未来ある若者の命さえ、無慈悲に戦は奪っていく。さぞ無念であったろう、と思っていると、若者が急に咳き込み出した。なんと、生きているではないか。


「大丈夫か?話せるか?そなた、名はなんと申す?」


しかし若者の目は焦点が合っていない。直にまた意識を失うだろう。その前に何か思い残す事があれば聞いてやりたかった。若者はゆっくりと、懐から鏡を取り出した。


「これを……京に…いる……桜…姫に…。」


お坊様は鏡を受け取り、若者の手を握る。


「想い人か?何か伝えたいことはあるか?」


若者も力一杯お坊様の手を握り返す。


「約束を…果た…せ…なく……申し…訳……ない。……愛して……いた……。幸せ…に………と………。」


若者の手から力が抜け、だらんと垂れ下がる。お坊様は涙した。私はなんと無力なのかと。そして決心する。若者の名は聞けなかったが、それほどの想い人ならば、必ず桜姫とやらも気付くだろう。


「この雲宗しかと承った。必ずや桜姫にこの鏡と、そなたの想いを届けよう。安心して休まれよ。」


心なしか若者の死に顔も安らかであるように見える。



お坊様の名前は雲宗(うんそう)という。全国の合戦場へ赴き、そこでお経を読み、魂を成仏させる為に旅をしている。戦ばかりのこの世に無情を感じ、少しでも人々の心が救われる事を願っている、情け深い御仁のようだ。


雲宗は京に向かっていた。若者に託された鏡を桜姫に届ける為に。しかし京に近づくにつれ、不穏な噂が耳に入ってくる。姫の姿をした鬼が、京の人々を惨殺しているというものだ。その姫の名はなんと桜姫というらしい。


京に着くと雲宗はすぐさま桜姫の住んでいた家に向かった。しかしそこにあったのは家の残骸だった。残っているのは家を支えていた主要の柱のみで、それも黒く焦げている。火事でもあったのだろうか。愕然としていると、一人の男が近付いて来て教えてくれた。


「ここには以前、藤原 高次様という貴族が住んでらしたんだ。高次様もその家人も皆優しくて、あっしの様な平民にも、会えば声をかけてくれるとても良い方々だった。しかし政敵に平 将門の乱の内通者という嘘の密告をされ、朝敵とみなされ一家皆殺しの刑になったんだ。」


何と酷い話だ。と雲宗は目を見開く。


「あの可愛らしかった桜姫も使用人達と何とか逃げたはいいが、最期は盗賊に捕まって使用人共々無惨に殺されたって話だよ。そんで、桜姫はこの世を呪って死んで、今じゃ京を騒がす悪鬼さ。でも、あっしは桜姫の気持ちもわかる。何て酷い世の中だ。」


雲宗も男と同意件だった。


「そういや、確か許嫁の男がいたはずだが、どうしたんだろうね。西国の乱の鎮圧に行ったっきり見かけないねぇ。他にいい人でも出来たのかねぇ。」


「まったく、世も末だよ。」と男は呟き立ち去っていった。


雲宗は男の話を聞き、一人立ち尽くしていた。何ということだ。あの若者の想い人がそんな事になっていたとは……。これではあまりにも、あの若者も桜姫も浮かばれない。二人の為に自分は何をしてやれるだろうか。雲宗は答えを求めるように空を仰いだ。



翌日、雲宗は若者の実家に来ていた。そこまで広くはないが、立派な武士の屋敷だ。若者の両親に若者の最期を伝える為に訪れていた。突然訪れた雲宗を、若者の両親は快く出迎えてくれた。

若者の名は源 頼長と言うらしい。雲宗はさっそく頼長の両親に頼長の最期を伝える。


「……そうか。武士たるもの戦場で死ねるなら本望であろう。」


という父親の言葉に雲宗は(うつむ)く。厳格な武士らしい言葉だ。しかし雲宗は少し冷たくも思ってしまう。先程から母親はずっと泣いている。


「…と言いたい所だが、やはり息子には桜姫様と幸せになってほしかった。武士としては、こう言っては失格なのやもしれぬが、私も父親なのでね。息子が死ぬのはやはり辛い。」


雲宗は驚いた。武士にこんな柔軟な考えを持った方がいるとは思っていなかった。武士とは皆、戦う事ばかりを考えている野蛮な者達なのだと思っていた。武士にも色々あるのだと改めて考えさせられる。自らが無意識に、武士への偏見を持っていたことを恥じた。


雲宗はとりあえず、桜姫に会ってみようと考えていた。もし、話ができるならば桜姫を助けられるかもしれない。何より、頼長の最期の想いを伝えなくては。





























頼長の遺言を託された雲宗ははたして桜姫を説得出来るのか。桜姫がどういう風に鏡に封印されたのか、物語は佳境に入ります。これからもどうぞよろしくお願いします。

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