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鏡の中の桜姫  作者: 柊 里駆
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桜姫

桜姫の過去の話に入りました。桜姫がどんな風になっていくのか少しでも感情移入いただけるように頑張りました。

私の意識は、暗い暗い海の中を下へとゆっくり沈んで行く。沈みながら私は先程の事を思い出していた。


『ああ、私は桜姫に鏡に閉じ込められちゃったのか…。翔、大丈夫かな……?』


暫くそのまま身を委ねていると、急目の前が真っ白になり、何処からか桜姫を呼ぶ声が聞こえた。


『…姫様……桜姫様。』


視界が戻ると、そこは見たこともない光景だった。周囲の人々の衣服から察するに、平安時代だろうと思われる。私はそこで桜姫と呼ばれた。

何かを話そうと思っても声が出ない。ただ、そこで昔にあったことを、桜姫の視点で見させられているようだ。ここは桜姫の思い出の中なのだろうか?


桜姫は私と同じ17歳くらいか、少し年下の女の子だった。この頃の桜姫は明るく朗らかで、皆からも好かれていて、桜姫の周囲は、いつも人々が集まっていた。

そんな人々の中に一人、年若い男の人がいる。年齢は19歳くらいだろうか。桜姫とは幼少の頃からの知り合いで、名を(みなもとの) 頼長(よりなが)という。どことなく翔に面影が似ている気がする。桜姫はこの人と翔を間違えていたのだろう。


頼長と桜姫は親同士が決めた許嫁だったようだ。しかしそれだけではなく、当人同士もまた惹かれ合っていたようである。何度も二人だけで逢瀬を重ねていた。


この頃、東と西の方で大きな乱があり、頼長もこれに駆り出され、西国の戦に出陣することとなった。いよいよ明日出立という日、二人はいつもと同じ場所で、お互いの想いを確かめ合っていた。そして、


「この戦に勝ち、私が帰ったら私のもとへ来てくれますか?」


と頼長が伝えると、桜姫は涙を流し、「はい。」と答えた。


翌朝、戦に向かう列が都を出発する。その列の前方付近に頼長はいた。桜姫は丘の上からそれを見ていた。どうかご無事で、と願いを込めて。


一ヵ月後、東国の乱が鎮圧され、その兵が西国の応援に向かう事が決まったという噂が都中に流れる。その時桜姫は、これで戦は終わる、やっと頼長が帰ってくると安堵した。


一年が過ぎた。しかし、頼長は帰って来なかった。文の一つも届かなかった。どうやら戦が長引いているらしいとのこと。桜姫は頼長の無事を信じて、帰りを待ち続けた。


それからまた一ヵ月後、都で不穏な空気が流れる。どうやら東国の乱の首謀者と内通し、乱を画策していた者が、この都にいるとの噂だ。朝廷はこれの排除に動いているそうである。確か首謀者の名前は(たいらの) 将門(まさかど)といっただろうか。

確かこの乱は、平 将門が、自らを新皇(新しい天皇)と名乗ったことで朝廷の怒りを買って、大きな戦となったと聞いている。


しかし恋する桜姫にとっては、それよりも未だに帰らない頼長の事の方が気がかりなのである。


それからまた数日が過ぎたある日の夜、桜姫の父、藤原(ふじわらの) 高次(たかつぐ)は、慌てて帰ってくるなり、急ぎ逃げるよう家人に告げた。


「私は東国の乱とは無関係であるが、政敵に画策され、内通者に仕立てられた。間もなくここに朝廷の兵が来る。」


皆がざわつく。桜姫も突然の事に狼狽える。


「東国の乱の件に主上はかなりご立腹だ。もし捕まればお前達も命はない。だからその前に皆逃げなさい。私はここに残り時間を稼ぐ。」


桜姫は父と母と逃げると言って聞かなかった。だが使用人達に無理矢理馬に乗せられ、都を発った。その時、振り返った桜姫が最後に見たのは、いつもと変わらない優しい父と母の微笑みだった。


「いやああぁぁっ、お父様、お母様ああぁぁっ!!」




それからどのくらいの時間、どれくらいの距離を走ったかは知れないが、追っ手はまだ見えない。気付けば山奥にまで来ていた。まだ三月、雪が積もり一面は真っ白。焚き火を起こし、少し休憩をとることになった。


「桜姫様の御身は私共の命に変えても必ず御守りいたします。御安心下さいませ。」


乳母の(かさね)が桜姫を勇気付ける。しかし桜姫は首を振る。


「お願いだから死なないで。もう誰も死なないで。私を囮にしてでも逃げて。」


重は桜姫を抱き締める。この場にいる他の使用人達も涙する。きっと今頃は父君も母君も兵に捕まっていることだろう。もしかしたらその場で殺されているかも知れない。それを知っていても、自分達の身を心から案じてくれる優しい桜姫が皆大好きであった。


その時、何処からか矢が飛んで来る。追っ手かと思われたが、この辺りを根城にしている盗賊だった。

重が桜姫の手を取り走り出す。他の使用人達が先に行かせまいと盗賊と対峙しているが、皆剣の扱いは素人同然。次々に斬り伏せられていく。


「桜姫様、私はここまでのようです。どうか御無事にお逃げ下さいませ。」


そう言うなり、重は短剣を握りしめ、桜姫を追う盗賊に立ち向かって行く。

桜姫は少しの間躊躇するも意を決して駆け出す。皆自分を守る為に死んでいった。私は逃げなくてはならない。無駄にしてはならない。深く積もる雪をかき分け、重い着物を引きずりながら、桜姫は懸命に走った。しかし…。

盗賊の男の一人がついに追い付き、桜姫の長い髪を掴み、桜姫の体を地面に叩きつける。男が桜姫に覆い被さる。暴れる桜姫。


『頼長様!助けて!』


この期に及んで逃れようと暴れる桜姫に業を煮やした男は、腰に差した刀を抜き、桜姫の胸に突き刺した。


『何故……何故、貴方様は帰らないのですか?…必ず帰ると約束して下さったのに……。』


男が突き刺した刀を抜くと、桜姫の体から血が噴き出した。地面の雪が赤く染まっていく。


『……私を愛していると、貴方様が戻ったら夫婦になると、私を守ると誓って下さったのに……。』


男は桜姫を一瞥すると、金目の物を盗り、去っていった。


『……くい……』


桜姫の瞳が赤く光る。額に角が生える。髪が白髪に変わる。


『……憎い……憎い……帰らぬ貴方様も……私の大切な者を奪った者共も……この世の全てが憎い。』


牙が伸びる。手足の爪が獣のように鋭く尖っていく。修羅と化した桜姫は、まずは先程の盗賊達の跡を追った。




視界が真っ暗になる。桜姫の意識から解放された私は、何とも言い難い、やるせない思いを感じた。見ているこちらも辛い。


「これが都を襲う悪鬼、桜姫の誕生……。」


何て残酷な人生なのだろう。桜姫が全てを憎む気持ちが理解できた。でも、このままで良いはずはない。優しかった桜姫が多分一番、今も苦しんでいるのだから。
























桜姫の過去の物語の最期はプロローグとほぼ同じです。プロローグの話がどういった経緯でああなったのか、桜姫の悲しみを表現できていればいいのなと思います。


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