夢
いよいよ主人公桜の登場です。彼女がどんな風に平安時代の桜姫と関わっていくのかお楽しみください。
「……くら……さくら……」
誰かが私を呼んでいる?
「起きなさい!九重 桜!!」
「はいっ!」
フルネームで呼ばれてようやく事態を察した私は、スッと席を立った。私はどうやら数学の時間に居眠りをしてしまったらしい。
「九重、最近たるんでるぞ。優等生のお前らしくもない。」
そう言って、丸めた教科書で優しくコツンと頭を小突く、イケメン教師の田所 悠陽先生。
「夜遊びし過ぎじゃないか?桜。」
そう冷やかす幼馴染みの如月 翔。家の隣に住むこいつとは、物心ついた時からずっと腐れ縁で、お互い気心の知れた仲なので言い方もお互いに少々きつ目になってしまう。そして思わず、
「あんたと一緒にしないでくれる?翔。」
と、ジロリと睨んでしまった。
「はい、痴話喧嘩はそこまで。」と仲裁に入る田所先生。バツが悪そうに私も翔もそっぽを向く。恥ずかしくて顔が赤くなる。
「ほら〜、もう機嫌直しなよ〜。」
放課後、まだむくれる私を慰める、親友の岡本 玲子と、
「ラッキーじゃん、たーちゃん(田所先生)に構われるなんて。」
同じく親友の花居 柚葉。柚葉は田所先生に絶賛片想い中なのだ。多分同じような女子は、この学校に沢山いることだろう。
「そんで?桜ちゃんはどんなエッチな夢を見てたのかな?」
とからかう柚葉。私は首をブンブン振って否定した。
「そんなわけないでしょ、柚葉のイジワル。」
ははっ、と柚葉は笑って冗談だよと私に抱きつく。それはあんたでしょ?と玲子も笑い、私も釣られて笑ってしまった。
「でも最近桜、寝不足が続いてんじゃん。どうしたのよ?」
玲子が心配そうに顔を覗き込んでくる。
「う〜ん……。私にもよくわからないんだけどね。ここ一週間くらい毎日ずっと同じ夢を見るの。平安時代の姫様が追っ手に追われていて、捕まってしまって殺される夢。」
きっと古文の勉強のやり過ぎじゃない?と、楽天家の柚葉が笑いながらなだめる。しかし玲子は、毎日なんておかしいよ、しかも夢を見てるのに寝不足なんて、と心配してくれる。
「こういう時に少女マンガなら、前世の記憶が〜とか、殺された姫さんの怨みが〜とかあるんだよね。ま、そんな事はあり得ないけど。桜は真面目過ぎるんだよ。も少し力抜いてみ?」
オカルト全否定派の柚葉はニカッと笑う。そこへ翔がやって来た。
「なぁ、桜。お前今日傘持ってきてる?雨降って来たんだけど。」
えっ、ウソっと玲子と柚葉が慌てる。確かに今日は雨予報はなかったハズだ。しかし私は朝空が暗かったので折り畳み傘を鞄に入れてきていた。玲子も置き傘があったらしく、同じ方向の柚葉と、私はお隣に住む翔と、相合い傘で帰ることとなった。帰り際柚葉が、
「如月くんと相合い傘なんてラッキーじゃん。襲っちゃえ。」
とコソッと言ってきたので、私は無言でバシッと柚葉の頭をひっ叩いた。
夕暮れ時、桜の並ぶ土手を二人で歩いている。最近少しずつ暖かい日が増えてきて、桜の蕾がようやくつき始めたようだ。二人の他には誰もいない。この時期はまだ、陽が暮れると肌寒い。雨が降っていると尚更だ。マフラーをして、コートを着ていてカイロを持っていても寒かった。するとそれに気づいた翔が、ガタガタと震える私の肩を抱く。
「こっちに寄れよ。寒いんだろ?きっと濡れてるからだよ。」
私は不意に柚葉の「襲っちゃえ。」という言葉を思い出してしまい、どぎまぎしてしまう。多分私今、顔が真っ赤になってると思う。チラッと翔を見ると、流石に翔も照れているらしくそっぽを向いていた。
暫くそんな風に二人で歩いていると、急に何処からか、
「頼長様」
という声が聞こえてきて、そこで私の意識は途絶えた。
「鬼だ!鬼が出たぞ!検非違使を呼べ!!」
満月の輝く夜、屋根の上に角の生えている十二単を着た白髪の女の鬼が立っている。瞳は妖しく赤く光り、足と指の爪は獣の様に鋭く尖っていて、その爪で人々を襲っていたのか、赤い血で濡れていた。鬼は心なしか笑っているようにも見える。
そこへ馬に乗った検非違使が現れる。弓の弦を鳴らし鬼を威嚇する。後方の部隊が弓矢をつがえ、鬼に向けて放つ。しかし鬼は放たれた矢を軽々と避けた。屋根の上から跳躍した鬼はまず弓の弦を鳴らす者達を指の爪で引っ掻いて倒し、次に弓矢をつがえる者達を殺した。残った検非違使達は剣を構える。鬼が飛びかかろうとした時、何処からかお経を読む声が聴こえてくる。
「止めよ、桜姫。もうこれ以上人を殺すでない!」
一人のお坊様が手に鏡を抱えて近付いて来る。自分の名を呼ぶ、自分の知らない坊主の姿に鬼の動きが止まった。
お坊様が両手に鏡を構え何事かを唱えると、みるみる内に鬼は鏡に吸い込まれいく。京の都を騒がす悪鬼の封印に成功した瞬間であった。
その光景を、私は桜姫の視点で傍観していた。ぼんやりとあのお坊様と、あの鏡を知っているような気がする。私はハッと気が付いた。あの鏡は家の神社に祀ってある鏡だと。そこで私の意識は急に元の世界へ戻される。
元の世界に戻った私は、自分の置かれている光景を受け入れるのに約3分かかった。どうやら私は誰かに抱きついているらしい。確か一緒にいたのは幼馴染みの………。私はゆっくり、そして恐る恐る顔を上に上げる。
「へっ!?翔!?」
そう、私が抱きついていたのは、紛れもなく幼馴染みの如月 翔であった。ビックリして離れようとして足下の小石に躓き、再度翔に抱えられる。
「桜、元に戻ったのか?」
何がどうしてこんなことになっているのか理解ができず、私は混乱していた。それは翔も同じだったようだ。
「急に桜が動かなくなって、そしたら俺に抱きついてきて、俺を頼長様って呼んだんだ。それから……。」
何かを言おうとして翔は思い止まった。翔は顔を真っ赤にしてそっぽを向く。耳まで赤くなっている。ちょっと可愛い。
確かに「頼長様……」誰かがそう言ったのを聞いてから私の意識が飛んだ。考え込むと無意識に右手の人差し指を唇に当てる癖のある私は、気が付くと今も当てていた。そこで私はあることに気付く。
「……唇が…濡れてる?」
ピクッと翔が反応する。翔は私を見ない、いや、見れないらしい。
「あっ、えっ、どういうコト?私、翔に何したの?」
翔はポツリと呟いた。
「……キス……された。……濃厚なやつ。」
私は言葉の意味を受け入れられず、そのまま3分間くらい固まった。そういえば、翔の上着のボタンが外れて若干はだけているような……。事態をようやく受け入れた私は、
「ええええええぇぇぇぇぇぇぇ!?私のファーストキスがああぁぁ!!本人が覚えてないってどゆこと!?」
私は頭を抱えてその場に座り込んだ。
「桜、お前、認知症?」
私はバシッと翔の頭を叩いた。
桜と幼なじみの翔との恋と、平安時代の桜姫の悲恋がどう絡んでいくのか最後まで読んでいただければ幸いです。