6.真相の奥
「『バイロン・ベレスフォード』じゃないとすると俺は一体誰なんだ?」
「当時の9番隊の隊員の履歴を調べると、貴方を含めその約半数が戦争初期にほぼ全滅したトラファ隊の生き残り。しかも、親兄弟が亡くなっていたり、出身集落が戦争で壊滅していたりと本人証明が不可能な者ばかりです。これは戦死者の中から履歴を追えない者の名を借りたということでは?」
「死者の名を借りたか。そうしなければならなかった理由はどう考えている?」
「現在の情報局長ハーグリーヴス候は、戦後に軍の参謀本部から独立した情報局での功績で異例の出世を遂げましたが、候の戦時中の記録は不自然に欠けている部分があります。これは戦時中の候とその部下達の任務が情報の収集分析のみならず、もっと表に出しにくいものだったためでは?」
「表に出しにくいもの、というと?」
「先程は軽く流しましたが、王女殿下の意識を飛ばした方法は何だったのでしょう。まさか9番隊員がやられたように後頭部かどこかを殴打したわけではありませんよね?加減を間違えれば大怪我を負うか下手すれば永遠に目覚めません」
「……気付いていたようだな」
「貴方は恐らく麻酔薬を持っていた。それは恋人の死にパニック状態となった王女の意識を朦朧とさせ、貴方自身が腕を斬り落とす際の激痛を和らげた。普通の警備隊員がそんなものを持ち歩いて、しかもその扱いに長けているはずがありません。この推測と僕の調査を合わせて考えるに候や貴方の任務は『暗殺』だったのではないでしょうか?それも敵国の将だけではなく、敵国に通じた我が国の貴族や商人も対象だったのではないですか?だから公開することができなかった」
「……ああ。確実にクロであったことが分かっていても、発表すれば国民も動揺するし、裁判に掛けられた高位貴族が無実を訴えれば国内が割れることもあり得る。戦時中にそんなことになればまたその隙を敵国に突かれかねなかったし、国としては暗殺以外の選択肢がないケースも多々あった。そして戦後も国内の状況を考えればそれを表沙汰にする訳にはいかなかった」
「戦後であっても、いや、戦後ますます国内の勢力争いは激化したようですからね。しかしそう考えてみるとその暗殺部隊の隊員達って戦後に消されてもおかしくなかったのでは?」
「ハーグリーヴス候やレドメイン伯が国に強く掛け合ってくれたようだ。『必ず彼らは国の役に立つ。裏切りそうなら自分の責任で処分する』と。まあ、国の側ではそれを鵜呑みにしたわけでもないんだろうが、ともかく俺達は新たな名を得て表に出ることになった」
「そういうことだったんですね。あと何点か質問させていただきたいのですが。そもそも体格に恵まれ、武芸に優れた貴方が暗殺部隊に入った理由は……」
「左利きだったから、ということになるのかな」
シン国では右利きを前提として密集した陣形を組む戦術をとることが多かった。
「集団戦の時代、表の部隊では俺の能力を生かしきれないだろうと、入隊早々俺に目を付けたハーグリーヴス候が自分の部隊に引き抜いたというわけだ」
「『左腕の獅子』の異名の元になった蓬髪も顔や素性を隠すためのものだったんですね」
「ああ。それと、本では俺が流行りの元みたいに書いているが、実際にはその前から若者の間では流行っていた。あの蓬髪は顔も隠せて、普通の若者として街に紛れることもできる。暗殺部隊員にとって都合のいい髪型だったのさ」
「なるほど。ところで、ほとんどご自身のことを語らなかった貴方がこの『左腕の獅子』の著者――ウチの親父ですが――の取材に対してだけは協力的だったのはやはりハーグリーヴス候の命令ですか?候の意図はどのようなものだったんです?」
「候は仰っていた。戦争に勝ったとはいえ、戦場で活躍した英雄を復興の神輿にし続けることについて、元敵国の民には反感を覚える者も出てきている。『深手を負いながらも誘拐されかけた王女を救った』という自国民はもちろん他国民にも共感を得られる英雄へ目を向けさせる時期に入ったとな」
「そうしてやむを得ず受けた『左腕の獅子』の取材以外では20年以上沈黙を守っていた貴方がどうして僕の取材を受けてくれたんですか?受けてくれたことはともかく『王女誘拐未遂事件』であることを僕が否定した時点で取材拒否しても良かったのでは?」
「取材拒否か。一瞬考えないでもなかったが……今更25年前の真実が知られたところで我が国の体制は揺らぎようもない程盤石なものとなっている。それにカスター公妃となったセシリア様は子を成さぬまま一昨年に病で亡くなっていて、その夫であるカスター公もそれ以前に亡くなっている」
セシリア王女が嫁いだ第三王子は後に臣籍となり、カスター公爵家を興していた。
「真相が知れたところで直接迷惑を被る者ももういない……ならば真相に気付いている人間に隠し通す意味も無いと思えてな」
「国やセシリア様はともかく貴方が失う栄誉が大きすぎるのでは?」
「元々『左腕の獅子』の栄誉など存在しなかったものだ。存在しないものは無くなりもしない」
「しかし、それでは……」
「あの当時、例えそれが真実ではなかったとしても、俺は自分がすべきだと信じた行いをした。それについて後悔はしていない。真相を知った人間がどう判断するかはそれぞれに任せるさ」
「……」
エドは取材メモを書き終えると立ち上がって一礼した。
「本日の取材は以上です。貴重なお時間を割いていただきお礼申し上げます。今後も取材させていただく機会もあるかもしれませんが、その際には何卒よろしくお願いいたします」
「ん?……これで終わりだと?」
「はい、ありがとうございました」
「中途半端過ぎないか?俺の素性くらい確認してから記事にしないと読者から抗議でも来そうなもんだが?」
「そもそも記事にはしませんので心配はご無用です」
「んん?じゃあなぜ取材を?何のために?」
「子どもの頃からの憧れのベレスフォード卿が本当に英雄だったのか。個人的に知りたかっただけです」
「それはまた……ガッカリさせてしまったな」
「とんでもない!貴方はやはり英雄でした」
「そんな立派なものではなかったと思うが?まあ、お前と話せてこっちもスッキリした気分だ。感謝するぞ、エド」
ベレスフォードも立ち上がって礼を言った。それから2人はどちらからともなく左手を差し出して握手し、笑いあった。
◇◆◇
エドは屋敷を辞して自転車の置いてある場所まで歩きながら、今回の取材前の父親のチェスターとのやり取りを思い出していた。
チェスターに『左腕の獅子』の疑問点を聞いてもまともな答えも寄越さず、しまいには「そんなに知りたきゃ自分で調べろ!ベレスフォード卿にでも聞いてこい!」怒鳴り返されたときはエドも頭にきたものだ。
しかし今思えば、チェスターはエドが真相に達することを予想していたのだろう。そして真相を明かされたベレスフォード卿がそれを否定しないであろうことも予想済みだったように思える。
そもそも『左腕の獅子』の記述は、真相に直接関わる部分以外は詳細で正直過ぎた。まるで読者がその記述の矛盾に気付き、真相を導き出すことを願うかのように。
チェスター自身にとって『左腕の獅子』出版はベレスフォードの決断と同様「真実ではなかったとしても自分がすべきと信じた行い」だったのだろう。だから真相を探るエドを敢えて止めもしなかったのだ。「真相を知った人間がどう判断するかはそれぞれに任せるさ」と。
現時点ではこの事件についてどう判断すべきかの明確な答えを持てたわけではない。それでも晴れやかな気分でエドは自転車に乗ってペダルを漕ぎだした。




