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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

悪の天才魔導士は、過去に戻ってやり直す ―未来の魔法でごり押し世界征服―

作者: もあい


 暗い暗い洞穴の底で、一人の老人が儀式の準備をしていた。


 老人、否、その骨筋張りところどころ腐敗した体に、落ちくぼんだ眼窩にらんらんと光る眼では、もはや人とは言えまい。数々の非人道的な実験から生み出された禁呪により、彼は人の限界を超え、数百年を生きることに成功していた。もっとも、その代償として、魔に近しい存在となってしまっていたが。


 だが、延命も限界が近かった。いくら魔に近くなったといっても所詮は人の身。日に日に身体は朽ちていく。故に、彼は一つの大魔法を研究し、これを完成させた。


 そして今まさに、その発動準備に取りかかっているのだ。


 不意に、念入りに偽装し封鎖してあった洞穴の入り口からバリバリと破砕音がした。次いで、割れんばかりの野太い大声が響き渡る。


「悪魔マグナス! 観念しろ、もう逃げ場はないぞ!!」


 老人――マグナスをこの洞穴まで追い立てた討伐隊である。数十年前、とある実験のサンプルを持ち帰ろうとしたところを捕捉され、以後追い続けられているのだ。そのためにいくつもの拠点を潰され、研究が滞った。いくつもの成果も手放すことになってしまった。


 戦って倒せれば良かったのだが、討伐隊は精鋭ぞろいであり、マグナス一人では勝ち目がないのだ。そもそも彼は、生身ではさほど強くはなかった。


 だが、追われるのも今日で終わりだ。マグナスはでたらめに深いしわをますます深くして笑った。手をかざして魔力を注げば、描かれた魔法陣は光線をもって繋がり、奇妙な文様を浮かび上がらせる。


 ドカドカと、いくつもの足音が駆けこんでくるのが聞こえた。マグナスはゆっくりと振り返ると、まるで客人を迎え入れるかのようにお辞儀をした。


「やあやあ、これは久しい顔だ。元気そうじゃないか、若造」


 地獄の底から響くようなおぞましくひび割れた声でマグナスは、正面に立つ自分への敵意をむき出しにした男へ声をかける。


 その男は若き頃マグナスの尻尾を掴み、髪も白くなった今に至るまで追い続けている男だ。マグナスにとって男は、自らの手口を知り尽くした不倶戴天の敵ではあるが、この時に限っては、もはや古い友人のようにも感じていた。


「マグナス……今日こそ貴様を殺してやる!」


 男はガシャリと、黒く武骨な杖を構えた。杖の先端からは魔法陣が形成され、輝き始める。その杖は現代魔導科学の粋を極めた特注品であり、そこから放たれる魔力弾は鋼鉄すら容易にえぐり取る。


 そんな武器を前にして、しかしマグナスは悪魔のごとき満面の笑みを浮かべる。


「若造――いや、エア・“ハウンド”・スミス。我が宿敵よ。残念だが、それは叶わぬ。なぜならば――」


 その高説は、マグナスはすべて言えなかった。言い切る前に、彼の胴体をエアの魔力弾が吹き飛ばしたからだ。


「これで終わりだ……!」


 骨そのもののマグナスの体が消し飛び、しわだらけの頭が落ちていくのを、エアは万感の思いで見ていた。長年追い続けてきた宿敵を討ち果たす、その瞬間を。


 その時。


「な、何だ!?」


 吹き飛ばされたマグナスの背後で、彼の描いていた魔法陣が尋常でない輝きを放った。思わず、エアは困惑の声を上げる。


 そんな彼の問いに答えるように、首だけでなおマグナスは歓喜に彩られた叫びを上げた。


「我が人生最大の魔術が今、完成したのだ!! もはや貴様が私を討つことは叶わぬ! エア! 貴様はそこで一生、最大の機を逃した後悔を抱いて死んでいくのだ!! グハハハハ!!」


 悪鬼のごとき笑い声をマグナスは上げる。呆然としていたエアはそれを聞いてハッとなり、素早く杖を構え直した。


「黙れ悪魔め! この世から消え失せろ!!」


「グハハハハ!! グハハハハ――――!!」


 そして魔力弾を放つ。それは残ったマグナスの顔を、魔法陣もろとも吹き飛ばした。だが歓喜の声は上がらない。マグナスの言葉が彼らの胸にしこりのように引っかかっていた。


 マグナスは何かをしたに違いない。だが、その真意はもはやエアには推し量りようもなかった。


 魔法陣の輝きは失われ、洞穴には暗闇が戻った。深い深いその闇は、討伐隊の、そしてエアの気持ちを表しているようであった。


 

・ ・ ・ ・ ・




 目を覚ますと、まず真っ先に蓋をしたかのようなどんよりとした曇り空が見えた。続いて、生の感覚。あたたかな血が体を巡り、ドクンドクンと心臓が鼓動を刻み、胃の中が空っぽになったような空腹の感覚を覚える。


 実に数百年ぶりかの、生の肉体の感覚だ。


「やった! 発動したぞ!」


 思わず僕は、人目もはばからずに絶叫してしまっていた。しかし、それも当然だろう。長年の研究の成果が今、実を結んだのだから。


 洞穴にて行った魔術。それは現在の自分の魂と知識を、時の流れに逆らって過去へと飛ばす大禁呪である。調整が成功していれば、十歳の頃へと戻れたはずだ。


 そして今、自身の体を検めてみると、調整がうまくいったことが分かる。若干、精神が体に引っ張られているような気はするが、成功したという事実からすれば些末なことだ。


 それと同時に、堰を切ったように記憶の奔流があふれ出してくる。


 そう、十歳のこの時、僕はこのドブの様な町の路地で、ボロを纏って生活していた。毎日が生と死のはざまで、かびたパンが食べれれば御の字、下手をすれば一週間以上飲まず食わずの生活を送る羽目になる、そんな生活だ。


 だが今回、僕はそんな生活を送る気はない。そんなことのために、わざわざ過去を遡ったわけではないのだ。


 過去まで戻った理由、それは世界を征服することだ。それこそが僕の最大の野望だ。


 だが、それが出来るほどの技術を身につけた時には、すでに幾度かの禁呪の果てに、死人と化していた。また、僕ほどではないが各国も順当に技術を上げ、たった一人では実現不可能な夢となっていた。


 故に、最先端技術を身につけた状態で、しかし世界の技術レベルは低く、さらに生の肉体を持つ過去へ戻ったのだ。


「さて、これからどうするか……」


 ぼそりと呟く。変声前特有の甲高い声が、ひどく新鮮に聞こえる。それがまた、僕の気分を高揚させた。


 やることもすでに決まっている。その前に、まずは身なりを整えよう。


 僕はパチリと指を鳴らし、魔法を使う。


「クリーン」


 もともと魔法の才能は乏しく、保有魔力量も禁呪で強化する前なので非常に少ない。だが、魔力というものは効率的に使うものである。


 なけなしの魔力は展開された魔法陣によって適切に運用され、汚らしい体を清潔にしていく。さっぱりしたところでお次は服だ。纏うボロをバサリと放り、再度魔法を使う


「カッター」


 魔力によって生み出された切断波は、清潔になったボロの形を整え、瞬く間にマントへと変えていく。着るものはひとまず、これでいいだろう。


 最後に身の安全だ。いくら最高の頭脳を持つ僕とはいえ、まだ体は非力な子供なのだ。用心するに越したことはない。


「バリア」


 魔力をマントに流し、防御結界を構築する。この手の魔法は、いくら効率化したとはいえ最後は出力頼みなので、今の魔力量ではカスも同然。それでもないよりはマシだ。


「――ふぅ……」


 魔法の連続使用で少々息が上がってしまった。だが、三つも魔法を使ってこの程度で済んだというのは、己の技術がこの体になっても衰えていないという証拠だ。本来であれば、一つ魔法を使った時点でぶっ倒れてしまう。


「……こんなものかな」


 ようやく準備が整った。手間ではあったが、必要な準備であった。


 目的は世界征服。だが、それを成す技術を持っていても、今現在では金もモノも無い。だからまずは、それを手に入れに行く。そしてこの時代、それを実現できる場所が一つだけある。


 目指すはブロウニング大魔導学園。世界有数の魔法学校であり、設備もこの時代では最高のものがそろっている。何よりあの学校は、貴族のお歴々が在籍しているため、パトロンづくりには持ってこいである。


 この学校で、僕は世界征服のために基盤を整えに行く。


「よし、行くぞ!」


 抑えきれない希望に足元が浮つきながら、僕は野望への第一歩を踏み出した。

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