メリークリスマス
ありま氷炎様企画、ありまとクリスマス参加作品です。
「何、うち宛だけど、誰?差出人書いてない、なんだろう、写真に手紙?と鍵?え……、何やねんこの女」
どういう事、うちら結婚したばかりやのに、ここに書いてある住所と番号って、それに鍵。
北欧雑貨を飾ってある部屋、茶色のカーペット、白いラグ、綺麗に飾られた大きなクリスマスツリー、ケーキの焼ける匂いがキッチンから流れている。
幸せが満ちたその部屋で女が、届いた茶封筒から取り出した物を握りしめ、ふるふると震えていた。冷たく黒く硬い色が、女を押し潰ぶそうとしている。
彼女はクローゼットから、袖がふわりと膨らみ、袖口が締まった黒いブラウスを選んだ、ガラス細工の紅い薔薇の小さなカフスボタンがアクセント。下にはヒートテックを着込んでいる、師走の季節にしては軽装。
ベージュのハイウエストのフレアスカート、ニーハイをするりと履く、襟元にフェイクファーをあしらった、オフホワイトのコートを羽織る。流行りのショートブーツ、肩からブランド品のバッグをかけると、フリースの手袋をして男が待つ場へと向かった。
薄暗くなっている空、黄昏時の街、キラキラ光るイルミネーション、通りに面しているウィンドゥ、中はおおきなクリスマスツリー、ぬいぐるみ、林檎に星のオブジェ。
「クリスマス、ふふ」
何処からか音が流れてくる、道端でストリートミュージシャンが聖歌を唄っている。それに気が付き、しばらく立ち止まり彼女はリズムをとり口ずさむ。バックから財布を取り出すと、広げて置かれているギターケースの中に紙幣を一枚。
「メリークリスマス」
そう言葉を残して立ち去る彼女に、ミュージシャンが笑顔で頷いた。
「遅かったな」
遅くなった、ごめんと北風に頬を染めた彼女が、玄関にバッグを置いて入る、広めのワンルームの一室、シャワーを浴びたのかバスローブ姿の体格の良い男が、缶ビールを片手に出迎える。
「クリスマスなのに、殺風景なお部屋、ベッドとテーブルセットだけ、それと何?趣味悪いわね、ナイフのコレクション壁に飾るなんて、フフフ奥さま大丈夫なの?結婚したばかりなんでしょ」
「ん、それはええんや、そやな、ツリーぐらい買っとくんやったな、家はアレコレキンキラキンに飾り立ててるからな、ここは俺の秘密基地や、好きなもん飾って、それとオーディオがあればそれでええから」
ごくごくと、ビールを飲み干す男、壁際に置かれたオーディオ機器に近づきスイッチを入れた、流れるアリア。
「クリスマスになった、メリークリスマス」
「ほんと、うふふメリークリスマス」
彼女は笑い答えた、手袋を外しコートを脱ぎ椅子の背にかける、スカートの裾がフワリとゆれる。黒いブラウス、ギシリとベッドに腰掛け、舐めるように視線を這わす男。
好色を浮かべ笑む。立ち上がり、彼女の背後に立ち腕を身体を包み込む様に回したその時、
「え?ちょっとまって、ガチャって聞こえた、誰かに合鍵渡してるの?」
「いや……、気のせいとちゃうか?なんやきになるな、見てきてくれへんか?」
ん、わかった、あなたそんなカッコだし、私はまだ服着てるものね、良かったわ、と男の耳元に甘く囁くと、スルリと腕の中から逃げる、ニコリと振り返り笑ってから、玄関に向う。
――――しまった。俺が出てればよかったと、男は後悔をしている。背な越しで見下ろす、うつ伏せのブラウスの腹のあたりの床が、赤く血の色に染まっている。今さっき、笑って甘く囁いていた彼女が玄関で刺され死んだ。
「この女が悪いんや!あんたに色仕掛けで近づいて!く、クリスマスなのに、なのに……」
倒れた彼女を挟み、手を赤に染めた男の妻が、ブルブルと震え激高して立っている。ドアを開けようとした時、勢いよく外から開いた。そこいたのは男の新妻。もちろん憎き愛人の女を消し去る為に、押しかけて来たのだ。
「はぁ…………、間違えたわ、そいつともっと早く会ってりゃ、お前みたいなアホな女と結婚してへん、浮気は男の甲斐性や、おま!どうするつもりや!」
こっち来いや!こんな事親父に知られたら、どないするねん!怒りに任せてグイッと、妻の腕を掴み引き寄せる、カラン、と赤く濡れたそれが、タイル張りの玄関三和土に落ちた。
たたらを踏む妻を、引こずる様に部屋へと連れて行った男、やがて痴話喧嘩が始まった。うっすらと目を開く倒れている彼女、落ちている刃物の位置を確かめ、そろりと手を伸ばし引き寄せた。
くすりと、ドアの側で死んだふりをしている彼女が、声なく嗤う。
「ふん、果物ナイフか、こんなので人間は死なない」
静かに行動を開始する。仕事の始まり。
べったりと濡れている手の位置を確認をする。立ち上がり、ブラウスのボタンを外し、するりと脱ぐ、息を潜めチリチリと動く、汚れた手をそれで拭う。スカートのポケットから、薄い革の手袋を取り出す、手早く装着をした。置いたバッグの中から量販品の包丁をそろりと取り出す。
「痴話喧嘩の末に、が依頼主からのリクエスト、主婦ならば獲物はこれ」
スカートを汚れたそこにストンと落とす様に脱ぎ捨てる。下には黒のショートパンツ、太ももにはナイフのホルダー、気配消し空気を読む。
…………バシッ!妻が頬をはつられた音、甲高く大声で言い返す言葉、ドスの効いた夫の大声。
ビールの缶が投げつけられる音、清らかなアリアに交ざるリアルな夫婦のがなり声、最早二人の世界、彼女の事など、刃物の事等、脳裏に無い。
チリチリと動く、彼女に届く声が声が少しくぐもる、部屋奥に移動したらしい二人。ベッドがある場所、入り口近くから離れた、軋む音、アリアに混ざり彼女に聞こえる、夫がベッドに腰掛け何処かに電話をかけてるらしい事も。妻の泣き叫ぶ声。
…………「おお、ちょっと来てくれんか、掃除を頼みたいんや、それじゃ……、おい!もう泣くなや!」
「せやかて、なぁ、あんた、あんた、私と別れるなんて言わんとって、結婚したばかりやで、そんなんアカン、叔父様にどう言い訳するん?」
「アホか!このどアホ!親父との縁を切るわけあらへん!お前と結婚したのはそれや!身内になるためや!」
チリチリと動く、気配を消す。時を読む。部屋の入り口近くはりつく。右手に軽く握る仕事道具。
…………「ホントに?ホントなんやね、良かった、それならそうと言ってくれれば、ええのに」
「わかっとぅと思っとったんや、お前はホントは賢い女やさかいに、な…………」
ギシっとベッドから立ち上がる夫の声。あかん、誰か来るんやろ、甘い妻の声、どうやら睦言を囁いてるらしい。
「ふふふ、あんた、メリークリスマス」
「ふん、玄関で死んだ女がいるというのに、何をしてるのかしらね」
血の色に酔った夫は妻を求める、それに応じる妻、世界に酔う夫婦、そろりと部屋に入り近づく、体勢を低くし深いグリーンのカーペットが、敷き詰められた場に入り込む彼女の姿…………。
―――アリアが彼女に味方をした。
「ぐあ!な、何や、な………」
ドス!と包丁で背中を突き刺す、夫が何が起こったのか解らずに倒れる。はぁ?あ!あ!妻が息を呑む、声なき声を上げる。悲鳴に切り替わる寸前、愛想よく微笑んだ女は、太もものホルダーから、新たなる得物を手に取る。刺された場所と寸分違わぬ場所をひと突き。グズグズと崩れる、腹にはサバイバルナイフ。
「はい、終了、奥様メリークリスマス」
ドサンと倒れた妻を見下ろす、目を見開き、ヒクヒクと、夫婦してこれから歩くという、死後の旅へのウォーミングアップをしている。
ピンポン!チャイムが鳴る。何食わぬ顔をして迎えに出る。
「あら、いらっしゃい、待ってたわ、さっさと終わらして帰りましょ、今日はイブなのだから」
訪ねてきた、水道工事の作業員風情の若い男を、晴れやかな笑顔で招き入れた。
「へーへー、夫婦はお持ち帰りの予定無しね、掃除だけか、儲けうっすいの!てか、刺しっぱ………」
「だぁーてぇ、依頼主が『情死で』なんだもの。この男なら、背中刺されても仕返し位するわよ、だって、妻と喧嘩して刺された、そして夫は激高しコレクションの一本で刺した、その結果お互い死んだ、よくある事だからだとさ」
「ふーん、依頼主がそうおっしゃるのなら、しゃあないか、じゃ、入り口の床清掃と、現場ね、足跡は?あ、別にいいか、てか揃えたんだなお前…………」
「当然です。きちんと調べましたとも、ブーツは全く同じブランド、サイズも同じ、あーあ、お気に入りのスカートとブラウスだったのに、破れるわケチャップまみれになるわ、最低!着換え出してよ」
ほい!作業着どうぞ、と、衣服と畳まれた四角いシートを大きなバッグの中から取り出した。彼女が受け取り、シートを広げた上で着替える間に、彼は仕事の準備をする。
手袋をはめる。二人に近づく為に、一応揃えてある来客用のスリッパを見つけてくるとそれを履く、ポケットから依頼主から預かって来た、男と同じ型番の携帯が入ったジップロックを出す、中身を入れ替える。
「で、どういう状況?どっちが先?それとどうして血糊にしなかったの、ケチャップって笑える」
「妻が夫を刺してからの夫の逆襲、裏から手を回すから適当でいいって、えー、冷蔵庫にあったからそれでいいかと、ああ、ブラウスのボタンだけ後で返してよ、お気に入りなんだから」
着替えが終わった彼女が話す。髪を括りたくしあげ、帽子に押し込んだ。バッグにコート、手袋を回収をする。ああ、わかったよ、作業員は答えると、与えられていた任務にとりかかった。『現場』を作る。それが彼の仕事。
「同じナイフは、ああ、あちこち汚しとかなくちゃな、えと、ボスからこいつの『手』貰って来てたんだ。全く命狙われてるの知らなかったとは、結婚ってするもんじゃないのかもね」
キュッとシリコン製のそれをはめる作業員、死体の脇腹にグチャリと触る、血をつける、壁に近づく。わざとあちこち汚しながら、同じナイフをそこから取り除いた。二人をそれらしい位置に動かす。
「裏から手を回す話だから、ここまででいっか」
後は掃除をして終わり、作業員はコキコキと首を鳴らした。
「ねぇ、この後時間ある?トップラウンジ、予約したから飲まない?」
小型のスチームクリーナーを扱いながら、彼女を誘う彼。
「駅前の?よく取れたわね、そうね、家に帰ってシャワーを浴びて、うんとドレスアップしなきゃ」
「うん、駅前の、俺も家に帰ってシャワーを浴びて、洒落込まないとな」
クククク、フフフフ、笑う二人。
「いつ立つの、俺はこの後直ぐに北に向かう」
「奇遇ね、私は西に向かうの、予約って嘘なのね、嘘は泥棒の始まりよ」
「取ってても、来る気無いでしょ、よいしょっと、作業終わり」
「あら?行くかもよ、終わったの?」
あっけらからんと彼女は答えた。終わったよ、さあ撤収、忘れ物するなよなと、彼が話す。大きなバッグにスチーマーをしまう、さらにコートにバッグ、手袋、ブーツ、を先に入れた衣類の上に押し込んだ。
彼女が彼が用意していた白のスニーカーを履きドアを開け外に出る。彼が荷物を肩にかけそれに続く。
「メリークリスマス」
深いグリーンに統一された部屋、夫婦が赤の色に濡れ倒れている、清らにアリアが流れる部屋に、そう言葉を残して彼はガチャンとドアをしめた。
終。
お読み頂きありがとうございました。