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Fragile Chasers   作者: 太牧
1/1

プロローグ~袋池大量死体遺棄事件~

今日も池袋は朝から騒がしい。まだ日も淡い段階から自動車のクラクションが鳴り響く。爽やかな風はスクランブル交差点の人混みにかき消される。飲んだくれが道で立ち往生し、無言・無表情のスーツ人間どもらが足並みそろって雑踏をこだまさせ、制服あるいは私服姿の学生が生産性のない言葉で「ぶーぶー」とこびを売る。ーー人。人。人。しかし、この人で溢れる故に、自然と作られてしまう生活音は慣れてしまえば、たいしたことはない。その実、じいさんだって、ギャルだって、ガキだって、スーツマンだって、主婦だって、学生だって、この町の皆が口をそろえる、「atarimae」。だって"いつものこと"だから。

今日も池袋は騒がしい。


しかし、今日はいつも通りの喧噪に少しだけ違う様相が入り込んでいた。それは、灰色に染まる池袋に美しい色を灯す。池袋という街に取り込まれた人々が目を覚ます新しい芸術。偉い人が言った「日常は非日常への憧れであってはならない、なぜなら日常には常に非日常が存在するのだから」。


池袋のビルが立ち並ぶ一角には国が指定した庭園がある。庭園の周りは3mほどの植木で囲まれ、内部もまた木陰を作るのに丁度良い大きさの樹や色とりどりの花で埋められている。しかも、それが整然と、そして自然とある様は確かに和むものだ。しかし、国から指定された理由はそれとは別に、その庭園がもつ広く、深く、澄んだ池にある。池袋観光名物、袋池である。ただし、ここに住む人にとってみれば、休日に気分転換にたまに行く場所であって、通常、平日の朝から集まるような場所ではない。だが、ーー人。人。人。今日(こんにち)、何人もの野次馬とマスメディアが池を囲む。池の中に積もった"モノ"が彼らを魅せる。後から来た人も「何か何か」と集まる。そして、池と"モノ"を囲む黄色いテープ。立ち入り禁止と書かれたそのテープの内側にもーー人。人。人。警官らしき人がこれまた何人もたむろする。後ろに押されテープの内側、池の方へ入ろうとする人を彼らは押さえる。野次馬どもの目は、すべて"モノ"へと注がれている。その"モノ"は壮絶で、でも荘厳で"芸術的"。何人もの新聞記者が池に佇む"モノ"へカメラを向けシャッターを切る。切る。女性レポーターが池と人と"モノ"を背景に平気な顔して実況中継を行う。


そのモノは"芸術"。その証拠にこんなに人を魅了する。


そのモノは"日常"。その証拠にこの街で最もありふれた、そして溢れたものだ。


そのモノは"愛"。その証拠に胸を患う鬱陶しさなどもうない。深い慈しみのみを味わう。


つまり、そのモノはーー、


「日常には常に非日常が存在する」ーー人が忘れてかけていたことが形となる。人が求めていたものに気づき始める。人が本能に従ったその故を。そして、誰かがそっと笑みを作る。


つまり、そのモノはーー、人……。


人……。


人……。


人。人。人!






人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!人!





池を覆い尽くさんばかりの人!彼らは、スーツを着たサラリーマンだったり、顎髭生やした教師だったり、銀行の受付嬢だったり、ホテルマンだったり、黄色い帽子の小学生だったり、女子高生だったり、部活姿の男子だったり、皺の多いばあさんだったり、太った引きこもりだったり。

老若男女問わず、ヒエラルキー問わず、職種問わず、積まれていたが、白目の死体という共通点があった。山の上の”モノ”はまるで取れたてのような綺麗な形を、山から崩れて池に浸っている"モノ"は水を吸い込みぶくぶくと太った形をしている。


繰り返す。野次馬は"山積みの死体"を見て「やべぇ」とネットで呟く。新聞記者が"ふくれあがったスーツの男"へカメラを向けシャッターを切る。女性レポーターが"死体"の実況を「恐ろしいことです」と行う。集まった人だかりで一斉にその作業が行われている。


その姿を見て、人だかりの誰かがまた頬を伸ばした。


「あは、いいねぇ」


パトカーのサイレンの音が煩く響いていた。



***


「警部、これどうおもいます」


「どうって。これだけ混んでちゃもう車じゃ進めんだろ」


そう思いながらも警部と呼ばれた男、藤堂たけしはぎゅうぎゅう詰めのこの状態では自身のパトカーを寄せる位置がないと、ハンドルを握り続ける。


「いえ。どこ見てそう言ってるんですか。渋滞のことじゃありません。この死体遺棄事件のことです」


「明智。先輩に向かってなんだ、その態度は。そもそも車運転してる人に向かって、ネットのTVをみせんじゃねぇよ。」


画面を確認することなく、明智のスマホを押し返す。


「こんだけ止まってて、どこに運転してる要素があるんです?いいじゃないですか。少しくらい」


「お前、自分が警官だってこと忘れてないか?」


藤堂のごつい顔に睨まれ、すごまれたら萎縮するのが大抵だが、明智は口端を上げて、また軽い口を開く。


「警部こそ、そう型にはまってたんじゃ生きづらくないですか?」


「これから向かう先の情報ですよ」と後付けする明智に対し、この減らず口が、と藤堂は顔をしかめて、動かない前方の車の後部を見つめる。明智と口で言い合いになったら負けるのは目に見えているので、こういうときは無視に限る。

しばし沈黙が流れたが、やはり沈黙を破ったのは明智だ。


「警部、やっぱりこの事件おかしいですよ。昨夜夕方には袋池には何も異常はなかったって。個人の犯行にしては時間がかかりすぎるし、団体で行動するにも無理がある」


「お前、あんま、ネットのニュース信じんじゃねぇぞ。」


「先輩、でも」


「警部と呼べ」


「あっ、失礼しました。つい学校の口癖が出ちゃうって言うか……もうどっちでも良くないですか。さっき先輩も自分のこと『先輩に向かってなんだぁ』とか叩いてたし。職務中だからって、役職とかこだわる必要性、感じないって言うか、合理的じゃない気がするんですよね」


「こういうのは形なんだよ。役職で呼び合った方が自然と周りに縦のつながりができて、いざって時の連携がーー」


「つまり、見せつけたいんですか。でも、先輩、それだったら、自分が警部より偉くなったときにいばれませんよ。先輩の方が年の功だけは何だか上に立ってる気がして良くないですか。」


うざい。


と、藤堂は思うが口には出さない。別に口には出してもいいが、出した後、明智のお喋りに付き合わされるのが見え見えている。明智もそれを望んで煽っている。詰まるところ、めんどくさい。

明智の性格は入社した頃から変わらない。始め、明智は今とは違う部署に所属していたが、新人の内は今よりぺらぺら喋る口達者で、何人かを病ませたらしい。それに、中途半端に頭のできがいいもんだから無視もできない。1年かけて少しずつ強制されたらしいが、それでも無理だと押しつけられたのが藤堂の場所だ。


「俺はお前に立派な警官になって欲しいと思ってる。だから良くないことは良くないと言うし、逆に良いことは良いと言うつもりだった。他にも尊敬される人となりとやらをじっくりと教えたいと思ってた」


「なるほど。で、先ほどの質問の回答はどうなるのでしょう」


「つまり。良い、悪いかまわず、俺もお前を無視したくなるって話だ」


「ひどいなぁ」


その後、「本当に静かですね」「案外、僕さみしいと泣きたくなるんですよ」と独り言を続ける明智を尻目に、藤堂はいっこうに変わらない景色にため息をつくのだった。


ご愛読ありがとう。

毎日更新したいが、筆者はかなり多忙であるため不安定になるときも多い。それでも、読み続けてもらえると嬉しい。

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