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海の向こうの人たちはファイアーボールを『てつはう」と呼ぶようです

作者: 町屋直巳

 江戸に幕府が置かれてから世の中はゆっくりと、しかし確実に落ち着きを見せ始めていく。

 それはいままで戦いでの功績を生業にしていた者たちが、あるいは太閤に仕えていた者たちがどうしようもなくなっていく時代であった。

 政権が変わった直後の世の常として日本の各地には徳川政権に不満を持つ者たちがくすぶってたのも確かであるが関ヶ原の大合戦のあと徳川に反抗する体力のある大名などいるはずもなく、彼らはブツブツと文句を言いながら世の流れに身を任せるがままというのが現状であった。

 安芸ひろしま藩の井口藤次郎いのくちとうじろうも次男であるゆえの身軽さで若いころは諸国遊行をするさなか、九州の伊東家の家老に気に入られ、下級武士の剣術指南役に取り立てられたのだが関ヶ原合戦が終わった後、伊東家のごたごたに巻き込まれ指南役をやめざるを得なくなってしまい、故郷の本家を継いだ兄の藤一郎を頼ることにした。

 今は兄の家に居候しており、自分もある程度たくわえができれば分家させてもらい嫁をもらおうかな、とのんびり考えているのだが如何せん居候の肩身は狭く、家にいることは居心地が悪かった。

 兄の藤一郎はすでに結婚して子供も3人おり、井口家は安泰なのだが、藤次郎はこの次男坊の雪彦ゆきひこと仲が良かった。二人とも剣がうまく、家を継ぐ兄がいて、同じ次男という立場にシンパシーをおぼえたのかもしれなかった。

 とにかく、その日も藤次郎は家人の目を嫌がり、家の外に出ようとしたとき、庭で剣の稽古をしている雪彦が目についた。


「おい、雪彦。今から釣りに行くが、今日は天気もいいし、よう釣れる気がする。一緒に行かないか」

「釣りですか。たまにはいいですね。じゃ、あと100回振ったらお供します」

「いい、いい。直ぐこい。今日はわしの若いころの話をきかせてやるから」

「ほんとですか。じゃ、すぐ汗ふいていきます」


 二人は歩き、江波の港で舟を借り、海にでて釣りを楽しんだ。

確かに魚がよく釣れた。沖にいけばいくほどよく肥えた大振りの魚が釣れるのだ。魚籠びくに入りきらないから舟の後ろに囲いを作ってそこに魚を入れたほどだ。二人はいい気分になってどんどん沖に漕ぎ出した。

ふと気が付くと大海原にぽつんと漂っていた。周囲を見渡すと四方八方全てが水平線だ。

おかしい。先ほどまで島が見えていたではないか。俺たちはいまどこにいるんだ。

そもそも瀬戸内海は絶対にいずれかの方向に島が見えるはずだ。一体どこに漕ぎ出してしまったのか。

焦ってがむしゃらに櫂をこぎたくなったが、なにしろどこを見渡しても水平線しか見えないのだ。いくら頑張っても疲れるだけなのは容易に想像できた。

 そのうち黒い雲がたちこめてきた。風もびゅうびゅううなりはじめ、シケがすぐにでも来ることがわかった。

二人は大慌てで縄で体と舟をつなぎ、大嵐に振り落とされぬよう身を低くし、船底にしがみついた。

はたして嵐はやってきて叩きつけるような雨風と激しい波と稲妻の音と光の中、小舟は上へ下へ、ときたま一回転したり、もみくちゃにされながら空と海の境目に消えていった。


☆☆☆


 はじめに目を覚ましたのは雪彦であった。

あたりを見渡すと白い浜辺で、気を失う前とはうってかわって抜けるような青空に乾いた風のにおいに生きていることを実感した。隣を見れば叔父の藤次郎がいたので揺り起こした。

体を調べてみると雪彦も藤次郎も怪我らしい怪我もなく、ひとまずは安心した。


「しかしここはどこかな。流れに流されたんじゃろうとは思うが」

「私にもわからんです。ですがこのカラッと乾いた空気は安芸の気候ではないとは思うんですが」

「うむ。こんなに暑いなら志那か、南蛮の国にでも流されたんかもしれんのう。不思議なこともあるもんよの」

「少なくともここが瀬戸内ということはなさそうですね」

「これからどうしようかのう」


二人が浜から陸地を見ると、鬱蒼と木々に覆われた山が続いているのだが、その木々がどうみても日本に生えるとは思えない樹木である。肉厚で幅広な葉、極彩色の花、少なくとも瀬戸内海沿岸に自生する類のものではないと断言できた。

しかしながら二人は現在地がどこであるかという不安よりも緊急性の高い問題に直面していた。


「飯をどうにかせんといかんのう」

「はい、私はのども乾いてきました」


波打ち際でひっくりかえった舟の陰をみるが魚籠は見つからない。大嵐で生きて浜辺に流れ着いただけでも儲けものと考えなばならないのはわかっているが、神様もどうせ生かしてくれるならあの時たっぷり釣れた魚籠もつけてくれたらよかったのに、と思う二人である。

しかし途方に暮れてもしかたない。水か食べ物か、何かしら口に入れるものを見つけない限り、ジリ貧なのは目に見えている。

さあどうしようかと話し合っていると山裾の茂みがガサリ、と音を立てた。

二人は剣の柄に手をかけ、とっさに振り向くとそこには浅黒い肌の少女が木の陰から顔をだしてこちらをうかがっていた。

現地人!二人は目を合わせるとパッと柄から手を離し、その場で両手を振って助けを求めた。


「おぉーい!助けてくれー!舟が難破したんじゃー!敵じゃないぞー!」

「そうですー!目が回って動けませぬー!助けてくだされー!」


二人は我ながら間の抜けた救援要請だな、と思ったがなにせ目が覚めたばかりで頭がふわふわして声に覇気がでない。もう向こうが警戒を解いてくれることに賭けるしかなかった。

はたして願いは届いたのか貫頭衣ワンピースを着た少女はすすす・・・と砂浜を歩いて近寄り、二人をしげしげと眺めた。


「へんてこな服を着たオジ様がた、大丈夫ですか?私になにかできることはありませんか?」

「オジっ・・・!」

「おお、お嬢ちゃん、ありがとうね。わしら、嵐にあってここに流されてきたんよ。寄る辺もないし、なによりへとへとで動けないほど困っておる。どうかわしらを助けてくれんか?お父上かお母上はおられるか?」


普段雪彦から叔父上、叔父上と呼ばれる藤次郎は慣れた対応だが、元服しているとはいえ、いまだ若い雪彦にオジ様呼びはこたえたらしい。


「ごめんなさい、お父さまとお母さまはいま、お仕事で手が離せないの。かわりにお姉さまを呼びます。お姉さまなら車を使えますから・・・。すぐ戻りますからいま集めてるカラテロの実を食べてお待ちになって。のどが潤います。どうぞ」


そういって少女は脇に抱えた網籠バスケットから大振りの果実を二つ差し出し、そのまま走って山の茂みに消えていった。

二人は両手に大きな果実を持ち茫然とその後ろ姿を見送った。


「・・・この木の実、どうやって食べるんかのう?」

「えらいかたい皮ですね」


 二人は小柄こづかを使ってどうにかこうにか小さな穴をあけて中の汁をすすった。

しばらく待っていると、先ほどの少女が山道から背の高い、やはり日焼けした肌の女を連れて戻ってきた。呼ぶと言っていた「お姉さま」だろう。


「おっ、ティナの言った通り不思議な服を着た人たちね。漂流してしまったんでしょう?災難だったわね。向こうの車が見えるとこまで歩ける?砂浜じゃ車輪が埋もれて動けないから。肩貸しましょうか?」

「おお、かたじけのうござる。わしはなんとか歩けるゆえ、大丈夫じゃ」

「私も大丈夫です」

「あなたたちそこまでは消耗してないのね。よかったわ。うちに着いたら食べ物と飲み物もあるから」

「おお、何から何までかたじけない。ありがとうござる。拙者、井口藤次郎いのくちとうじろうと申します。こちらは甥の雪彦ゆきひこです」

「あら、ご丁寧に。私はジィナ。こっちは妹のハルティナよ。よろしくね。さぁ、車にのってのって。」

「じ、じぃな?はる・・・?いや、それより我々は男二人だぞ?そなた、いちどに男二人分の重さの車をけるのか?」

「ふふ、大丈夫よ。私は魔術が使えるの。平気よ」

「まじゅつ・・・?」

「そう。ほら、ちゃんと車にコトバが彫られてるでしょう?」


そういわれて車(というより頑丈さだけが取り柄そうな大きな荷車)を見ると荷台やその側面、持ち手(ハンドル)、果ては車輪にまでなにやら見たことのない装飾された文様が彫り込まれていた。

藤次郎は、

(自分は諸国遊行のさい、長崎で志那や西洋の舶来品もみたがこんな紋様はみたことがない。彼女らが名乗った名前も聞いたことのないものだから、この場所はもっと南の、見ず知らずの南蛮の紋様なのかもしれん)と思った。

しかし彼女らとは日ノ本の言葉で意思疎通ができている。いったいどういうことだろうか。

藤次郎と雪彦は首をかしげた。


「ほら、しっかりつかまっててね。急いでうちにつれて行くからね」


そういってからジィナはぐんと勢いよく二人の乗った手押し車を押し、山道をどんどん登っていった。

激しい揺れで二人の尻は大変痛んだ。


「おっ、おおっ、そなた、力持ちじゃのう!」

「あはは!私が力持ちなわけじゃないわ!魔術をつかってるのよ!あなたたちのところじゃ魔術つかいは珍しいのかしら!」

「その、先ほどからおっしゃるまじゅつとは何でしょうか?」

「あ、魔術をしらない?まぁうちの村でも精霊に声をかけられたのは私だけだしねぇ。よそじゃ誰も精霊の声を聞けないとこだってそりゃ、あるわよね。いいわ、教えてあげる」


そしてジィナは魔術について語り始めた。


世界の始まりに善の神と悪の神が争っていたのは知ってるわよね?―――え、知らない?―――まあとりあえずここでは争ってたのよ。で、善の神様が悪の神を懲らしめて決着はついたんだけど、どっちの神様も長い闘いで疲れはてちゃったの。それはもう体を保てなくなるくらいにね。そして二人の神様の体はそれぞれ百のかけら―――足の骨だったり、心臓だったり、小指の爪だったりね―――に分かれて世界中に降り注いだの。それが今私たちの周りにいる精霊ってわけ。精霊は目に見えないけど時たま波長の合うひとを見つけて話しかけるの。その声が聞こえたひとは魔術を使う素質があるってわけ。魔術は精霊に呪文で呼び掛けて超自然の力を分けてもらって発動するの。そうして生活に必要な火や水、狩りで獣を打ち倒すのに使うわ。軍で兵隊として勤めてる魔術師は剣の代わりに魔術で戦うって考えていいわ。高給取りの代名詞ね。でも物語に伝えられてる魔術師や魔女はみーんなおじいちゃんやおばあちゃんだからわかると思うけど、魔術を使うにはその人の命の力を削らないといけないわ。一度にたくさんの命の力を使わなければそうそうしわくちゃになったりはしないけど専業魔術師になる人は毎日いろんな魔術をつかうから老けるのは早いわね。だから都では命の力を削らずに魔術を発動させる方法や精霊の声が聞こえなくても発動させる研究も進んでいるらしいわ。もしそうなら将来どこにでも若い魔術師があふれることになりそうね。


意味がわからないことも多かったが概ねこういった事をジィナは二人に伝えた。

目を丸くして説明を聞いていた雪彦だが、はっと我に返り叔父の藤次郎にこっそり尋ねる。


「叔父上、今の話は本当でしょうか。聞いたところ魔術というものは我らの言う陰陽術とか、そんなものですがここでは陰陽術が刀、槍の役目を果たしているなんて・・・」

「彼らにとってはほんとの事じゃろうな」

「彼らにとっては・・・?」

「うむ、今じぃな殿は山道で重い手押し車を押しているという事実を魔術と呼んで、実際に男二人を運んでおる。それはな、自分はこの二人の男を運ぶことができると信じているからじゃろう。これは本人の強力な思い込みの力、自己暗示によるものじゃろう」

「自己暗示、ですか」

「そうよ。お前も剣を学ぶ以上知っておかねばならんな。先のことを予想することは大事じゃ。その危機感をもつことが自分を生きながらえさせる。しかしな、雪彦よ。パッと見、難しいと思えることでも自分なら絶対にできると強く信じることで敵に討ち勝つ者をわしはたくさん見てきた。そう思えることが重要で、時には格上の相手をもくだす場合がある。むしろ普段の練習とは、これだけの練習をしたのだから、という自分を信じる気持ちへの理由付けという意味あいも多分に含まれとるじゃろうな」

「ははあ、それならこの勢いで山道を運ばれているのもわかります。ですが軍で魔術がつかわれているというのは・・・」

「それは手の内を明かさぬということだろう。どこの道場でも秘伝というものがある。わしらは武士であるから剣や槍、まあ、あと主なたしなみとしては弓か。そういうものを収めるものが多い。だがここはおそらく日ノ本ではないのだろうからいろいろな武器を嗜みにしているのだろう。その秘伝、昇華されきった技はその道のものでなくては何をしているかわからずともおかしくはない。そのようなものが軍から高い俸禄ほうろくで雇われておるのだろうな」

「なるほど、話を聞く限り魔術を扱えるものは少ないとも言っていましたし、つまり魔術というのは・・・」

「おそらく極度の集中状態で限界以上の力を発揮している状態か、昇華された様々な武術のことを言うとるのじゃろうのう」


そう聞いた雪彦は自分の座る荷台の浮彫うきぼりを指先でなぞった。

そしてやはり見慣れない植物が繁衍はんえんするのを見、

(言葉が通じる疑問は残るがやはりここは日ノ本ではなく海の向こうの国なのだろうな)と思うのだった。


不意に車が急停止したのは木々が空を覆い、藪が視界を遮るじっとりと湿気た場所でのことであった。

「ど、どうなされた。ジィナ殿」

藤次郎と雪彦があやうく投げ出されそうになりながら聞くと

「前のくさむら、なにかいるわ。嫌な感じがする」という。

いわれて叢を見るとのっそりと大型の動物が出てきた。

畳一畳に乗るほどの大きさで、太い胴に首、オタマジャクシを連想させる尾に鋭い爪がついた短い脚、極めてちいさな目、耳まで裂けている口、這いつくばっており、それでいて全身がてらてらと濡れている。

形だけで言えば、特大のサンショウウオなのだが、何よりの違いは頭から尾の先まで背面が甲羅を思わせるウロコに覆われていて、頭からは甲虫の角を思わせる二叉に分かれたツノがはえていることであった。


「『かちあげ』よ」

湿った茂みや物陰に隠れてジッと伏せていて、獲物が近づくとツノで空中にかちあげ(・・・・)て、近くの木や岩にぶつけて獲物の肉を食べるのよ。人くらいかるく放り投げられるし、毎年首の骨が折られる人がいるわ。そのうえ硬いウロコはナイフも通さないくらいに硬いのよ。とジィナはつぶやいた。


「でも安心して。背中が硬いぶん腹の皮はすごく薄くて柔らかいわ、『かちあげ』の弱点よ。二人はティナを守っててくれる?あいつ意外とすばしっこいのよ。私は魔術で倒しちゃうわね」

「む、おなごを矢面やおもてに立たせるは武士の恥である。我らが仕留めようと言いたいが、あの獣は初めて見る。ここは間をとってわしがあの獣をおさえておくのでジィナ殿にトドメをさしていただけないだけないだろうか。」

「ええ、ありがとう。それなら早く呪文を完成させられるわ」

「雪彦ははるてぃな殿をお守りしてくれんか」

「わかりました」


そうして藤次郎はジィナを背に『かちあげ』の正面にたちはだかった。

ジィナはぶつぶつと口の中で呪文を唱え始めた。

立ちはだかったものの、『かちあげ』の平べったい体の上面を覆う硬そうなウロコの攻略は難儀しそうだ。そのうえ対面する『かちあげ』の尖ったツノは絶妙に反り上がっていて手を出しづらい。これはもう動物でなくあやかし(・・・・)の類だな、と藤次郎はひとりごちる。

藤次郎は刀を抜き『かちあげ』と相対した。

相手は低く構えている。ならばと藤次郎はできうる限り身を低く構える。ほぼ跪坐である。上段からの振りおろしは効果が薄そうなので刀をねかせて剣先を前に伸ばすように構える。

相手が突進してきたらすれ違いざまに斬りつけよう。

——狙うなら目か、ウロコが薄く柔らかそうな前足の肘を狙うべき——

藤次郎は超然として敵と間合いを取った。

ゆらゆらと身体をゆすっていた『かちあげ』がふいにぴた、と停止した。

実に、この瞬間だった。

『かちあげ』がツノを低くして猛然と突進してきた。


「しゅっ・・・」

短く息を吐いたのは藤次郎か『かちあげ』か・・・。

『かちあげ』のツノが当たる瞬間、藤次郎は斜め前にかわしつつ、剣先で『かちあげ』の右前足を切り飛ばした。

『かちあげ』は突進のバランスが崩れ、

「グ、グウゥゥッ・・・」

低く鳴き、転び倒れた。

「ジィナ殿、準備はできたかっ」

「ええ、ばっちりよ!脇に退いてっ」

藤次郎はうなずき、大きく横に飛びすさる。

「潔癖と焼夷、復活と苦海の精霊よ我が呼びかけに応じその業を発現させよ!」

ジィナが叫んで手をかざした途端、手のひら10㎝ほど先からこぶし大の火の玉が出現し、まっすぐに『かちあげ』に飛んでいく。

火の玉は『かちあげ』の顎下に着弾し、すさまじい音を発しながら炸裂した。


「なっ、なんだ、あれは・・・!」

超自然的な現象を目の当たりにして雪彦の口から思わず声が漏れた。

『かちあげ』の頭の下半分は爆裂しており、文字通り

「なくなって」いた。

「あれがお姉さまの”ファイアーボール”です。」

ハルティナが解説をいれた。

「今回はけもの相手だから威力はおさえめだけど、お姉さまの本気のファイアーボールはもっと大きいわ」

なんとジィナはやる気をだせばもっと威力のある火球が放てるらしい。

そんなお姉さまはナイフを取り出し鼻歌まじりに『かちあげ』の皮をはいで素材を集めていた。


「叔父上!」

雪彦は興奮し、我慢できずに藤次郎に呼び掛けた。

「あ、あれは何ですか!突然手のひらから火が噴きましたよ・・・」

「う、うむ・・・・」

藤次郎とてファイアーボールを目の当たりにしたのでなかば上の空で返事をした。

「あれは何かタネか仕掛けがあるのでしょうか・・・」

「て・・・」

藤次郎はいまだ目を白黒させながらも言葉をつむぎ

「てつはう・・・そうだ、てつはうだ。そうに違いない!」

一つの結論を導き出した。

「てつはう・・・?」

「そうだ。わしが太宰府に行ったとき聞いた話だが、北条政権の300余年前、大陸から元という国が攻めてきたのだ。その際、元軍は『てつはう』という武器を使って武士を苦しめたらしい」

「そのてつはうというのは・・・?」

「これが先ほどの火の玉の特徴とよく似ている。てつはうは丸く、敵に投げつけ敵の面前、あるいは足元で爆ぜて大いに武士や馬をひるませたと聞いている」

「なるほど。それは我らが使う焙烙玉ほうろくだまのようなものですね」

「そうだ。だが焙烙玉はわが国が独自に火薬を発展させて作ったものだ。元軍は国に帰って別の方向にてつはうを発展させたのだろう」

「だからてつはうと言われたのですね。感服しました」

「いや、わしも最初は何が起こったかわからんかった。おそらくかなり手際よく、かつ相当に小型の火薬を使ったのだろうな」


藤次郎と雪彦が納得したところでハルティナがやってきて

「もしかしておじさま方はファイアーボールをご存知なのですか?」

とたずねてきた。

「おう、知っておるぞ。わしらの国では焙烙玉というモノに発展を遂げておる。だがここではその”魔術”はてつはう術と呼んだ方がよさそうだの・・・」

そこに『かちあげ』の死体から素材を剥ぎ終わったジィナが戻ってきた。

「なぁんだ、トージローさんの故郷にも魔術はあるのね。どうだった?そっちと比べて私のファイアーボールは見劣りしてなければいいんだけど」

「いや、見劣りするどころかどうやって”ふぁいあーぼーる”を繰り出したかもわからぬ早業じゃった。お見事でござったよ」

「えへへ、そういわれると悪い気はしないわね。トージローさんの剣もすごく鮮やかだったわ。全然目で追えなかったわ!冒険者の剣なんか()じゃないわよ!」

「かたじけのうござる。しかしワシは疲れてしもうた。ここから先もあんな獣がしょっちゅう出るんかのう?」

「いや、ここら辺にはそういうのは基本でないわ。あれは棲みかを追われたはぐれものだったのかもね。もうあんなのは出てこないと思うわ」


☆☆☆


はたしてジィナの言う通り獣に出会うこともなく山を越え、ジィナ達のすむ村にたどり着いた。村は山あいに位置しており斜面に広大な農園が広がっていた。

なんだか見慣れない景色である。村には木造草葺きの建物がほとんどだがわずかに石造の家屋がある。そのどれもが大きな屋敷である。藤次郎と雪彦はその中でも一番大きな屋敷に連れられた。

「ここが私の家よ。ウチは一応ここらの名主をやってるわ。備蓄庫から何かおいしそうなのもってくるわね」

屋敷の奥の部屋に案内され、部屋の中央の4人掛けの机につく。ハルティナが

「父様と母様が代官さまのおもてなしで応接室を使っていまして、まともな部屋を用意できず心苦しいのですがどうぞゆっくりしていってください。ここの集落は山あいで農作物を育てていますが、山を下れば港もあるのでおじさま方の故郷に帰る船もあるでしょう。お姉さまはあなた方を気に入ったようですし、父様も母様もお二人のことは悪く思うこともないでしょう。良ければしばらくお泊りになっていってください」と言って二人にティーカップを差し出した。

「かたじけない。雨風を凌げ、そのうえ飯まで食べさせていただけるとは・・・・このご恩は必ずお返しいたします」

「滞在中の間はぜひとも私達にこのお屋敷のお手伝いをさせてください」

「そんな、ご恩だなんて・・・せっかくのお客さんの手を煩わせられません」

「いえ、わしらがクニに帰ればまたここに戻って来られるとは思えませぬ。ですから何卒、ここにいる間、ご恩返しをさせていただきたく・・・」

「そうですね。・・・でしたら我が家のことはお手伝いさんがいるので十分手が足りていますから、外で働くお姉さまのお手伝いをしていただけないかしら」

「我ら二人、そのご依頼を謹んでお受けしまする」

「ありがとう。・・・お姉さまをよろしくお願いします」

「お待たせ!この村特産の砂糖を使ったヤマボッコの砂糖煮よ」

そこへジィナがほかほかと湯気のでる煮込み料理とバゲットを持ってきた。

「甘い香りですね。贅沢品だ・・・」

「ここらはサトウキビがよく取れるからね。ありふれたものよ」

「ありがたくいただきます」

どんなものが出るかと少し不安な二人だったがヤマボッコの煮物は思いのほか上品な甘さで慣れないバゲットも難なく食べられた。ぱくぱく食べて腹6分ほどになったころ

「・・・雪彦、ここが何という国かわかったぞ」

藤次郎が唐突に切り出した。

「えっ、叔父上、ここがどこかお分かりになったのですか」

「うむ。南の気候に砂糖が豊富、山を下りれば港があり現地の者は日ノ本語を理解する・・・これは過去に薩摩藩で仲良くなった藩士の豊留君から聞いた”琉球”の特徴と一致する・・・・!」

「ここは琉球という国なのですか・・・」

「当時豊留君はまだ藩と琉球の交流は先の話だろうと言っていたがもう交易を始めていたんだのう」

「まぁここはリ・キュルエ王国って名前だけど他の国ではそんな風に呼ばれてたのね・・・」

「琉球は志那と極めて近いらしいから交易船に乗れば帰れるじゃろ。それまでお世話になります」

「ええ、ゆっくりしていって」

「お姉さま、おふたがたは貿易船が来るまでお姉さまの仕事の御手伝いがしたいそうです」

「あ、そうなの?じゃあ明日からよろしくね」

「こちらこそよろしくお願いします」

「ふふ、そういうことならこれで英気を養わないとね」

そういってジィナは部屋の隅の床板を上げて瓶を一本取り出した。

「去年おろしたお酒よ。一年たってカドが取れた味になってるハズ」

「おお!良いですな!海を越えても酒を飲めるとは!」

「お姉さま!またそんなところにお酒を隠して!」

「まぁまぁ、お客をもてなすためだからいいじゃない、ささ、どうぞ」

「やぁ、ありがとうございます。はるてぃな殿も一杯いかがですか」

「むぅ・・・一杯だけですよ?」

結局その場の全員が酒好きであった。

その日は日が暮れても楽しく飲んで全員が良い気分になったのだった。

宴も盛り上がり始めたところで

「もおぉぉ、皆さん良いところで切り上げてくださいね。わたしは先に休みますから」

ハルティナはそう言って自分の部屋に戻っていった。

自分の部屋で水を飲み落ち着いたところでハルティナは机の引き出しから日記を取り出した。

今日は珍しい客が来た。変な服を着た異国の者。正直侮っていた。しかし自分はもちろん姉でさえ目で追えない剣を使う剣士だった。あれならお姉さまの仕事の負担も少しの間減るだろう。この不思議なもの達をどう書き連ねようか。

そうだ、あの人たちはファイアボールにひどく驚いていた。それなら日記の書き出しは


「海の向こうの人たちはファイアーボールを『てつはう』と呼ぶようです・・・」

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