8.みんな揃って
「ん…」
翌朝…と言っても、もう昼に近い時間ではあるが、行人は目を覚ました。ゆっくりと目を開けると、ムクリと上半身を起こす。
「ふあーぁ…」
大きく伸びをしながら眠い目を擦った。窓から見える太陽の位置で、もうずいぶんと日が高いことが分かる。
「……」
うにゅうにゅと未だに眠い目を擦りながら自分を見下ろす。と、
「あれ…?」
己の身体のちょっとした違和感に気付いた。
「何で普段着なんだ?」
頭を捻る。だがすぐに、
「ああ!」
その理由を思い出してパチンと指を鳴らした。
「そっか、昨日…」
家に帰ってきてからの顛末を思い出し、行人はうんうんと頷いた。と同時に、
「あいつら、帰ったかな?」
それが気にかかっていた。通告はしたが、素直に従っているのかどうかはわからないのだ、居間を覗いてみないことには。
「んじゃ、行ってみるか…」
ベッドからゆっくり立ち上がると、行人は大きく伸びをした。そしてもう一度ふわーっと欠伸をすると身体をコキコキ鳴らして自室の鍵を開け、行人は居間に向かったのだった。
(……)
居間に向かう途中…いや、正確に言えば自室を出た瞬間、行人は彼女たちがどうしたのか分かった。
(音が聞こえる…)
そう、家の中から音が聞こえるのだ。母一人、子一人の母子家庭で育ち、その母が他界した今、この家にいるのは自分一人だけである。だから、時計の時を刻む音や冷蔵庫のモーター音などの音以外は、この家でするわけがなかった。
だが今、この家の中からはそれらの音以外の音が聞こえてくる。そしてその発生源は言うまでもなく居間の方からだった。
(はぁ…)
起き抜けながら疲れた表情になって行人が居間に向かって進む。そして、廊下から居間を覗き込むと、
「あ、お兄ちゃん」
偶然、それに気づいた鳴美が声を上げた。そして、それを聞いた残りの五人も一斉に振り返る。
『おはようございます!』
別に練習したわけでもないのだろうが、綺麗に六人の声が揃った。
「…ああ、おはよう」
少しそのことに驚いた行人だったが、すぐに挨拶を返す。それよりも驚いたのが、目の前に広がる光景だった。
「…これは?」
テーブルの上を指さす。そこには、食事が置かれていた。
「どう? 皆で作ったんだよ?」
瀬理が行人を覗き込む。恐らく朝食として準備していたのだろうが、行人が起きてこなかったために冷めてしまったのだろう。湯気は登っていなかった。が、行人が驚いたのはそこではない。
「…何で手付かずなんだ?」
そこだった。テーブルの上には所狭しと人数分の食事が手付かずで並んでいる。そう、人数分なのである。行人に用意したものと同じメニューが、人数分テーブルの上に並んでいるのだ。
「あ、それは、家主の方がいないのに、自分たちだけ食事を済ませるのも失礼だと思ったので…」
「大丈夫。材料は皆でお金を出し合って揃えましたから。調味料の一つだって使ってません。もっとも、調理器具は借りましたけど」
咲耶が理由を説明して三穂が補足した。そうこうしている間に、茅乃と宮乃がそれぞれ両脇から行人の手を握って引っ張る。
「お、おい」
「ごはんー!」
「お腹空いたー!」
左右からグイグイ引っ張られ、たたらを踏んで行人が前に進んだ。そしてそのまま、昨日自分が座っていた場所に連れてこられる。そして茅乃と宮乃の二人は行人を連れてくると自分たちの仕事は終わったとばかりにトテトテと歩いて、これまた昨日お菓子を食べていた場所まで戻って座ったのだった。
『……』
六人の視線が行人に集まる。
(う…)
誰も何も言わないのが、逆にプレッシャーだった。
(はぁ…しゃあねえ…)
昨日、警告はしたのに居座っているこの面子に思うところはあるが、それならそれで採るべき手段はある。
が、取りあえず目の前のこの食事を片付けないことには、物事がこれ以上先に進みそうな気配はなかった。
(それに、食い物を粗末にするのはやっちゃいけねえことだしな)
そう折り合いをつけてようやく行人はその場に座った。
「あ、温めなおしますね」
咲耶が慌てて立ち上がるが、
「いーよ」
行人はそれを止めた。
「え、でも…」
困った顔で振り返る咲耶。他の五人も不思議そうな顔だ。
「六人分温めなおしてたらまた時間がかかるだろ。君らは好きにすればいいけど、俺の分はこのままでいいよ」
「じゃあ、あたしもいいや」
「わ、私も…」
瀬理と鳴美がそう言い、三穂と茅乃と宮乃も賛同した。
「あ、じゃあ、ご飯とお味噌汁よそってきますね」
流石に白米と味噌汁は食卓には出しておらず、咲耶がそのまま台所へ駆けていった。そして少し後、お盆に人数分の茶碗と味噌汁を乗せて持ってくる。
(よくまあ、そんなもの探せたな)
呆れ半分ながら行人は感心していた。お盆など、この家で生活してきて初めて見たのだ。基本、母一人、子一人の生活だったからそんなものが必要なわけはなく、家にあったのも知らなかったのだ。
そんなことを行人が考えているなど知るわけもなく、咲耶はテキパキとお盆に乗った茶碗と味噌汁を各人の前に置いていく。そして、最後に自分の場所に置くとちょこんとその場に座った。
『……』
先ほどと同じく、六人の視線が行人に集中する。
(音頭を取れってか)
こういう場合、“音頭”という表現が正しいかどうかはわからないが、彼女たちが期待しているのはそういうことなんだろうとわかった行人が、いつも自分がしているように眼前で手を合わせる。そして、
「いただきます」
と言って、軽くお辞儀した。
『いただきます』
それに追随するかのように、六人も綺麗に声を揃えてめいめい食事に手を付け始めた。数ある献立の中、行人はまず味噌汁に手を伸ばした。
「…ん?」
それを軽く啜った行人が思わず声を上げる。
「ど、どうしたのお兄ちゃん!? お口に合わなかった!?」
それに目聡く(耳聡く?)気づいた咲耶が不安そうな声を上げた。他の五人もビックリしてまた行人に視線を集める。
「…いや、逆だ。美味くてビックリした」
「なあんだ」
行人の感想にホッとした瀬理が食事を再開する。咲耶を除く他の四人も食事を再開し始めた。
「よかった…」
咲耶もホッとしたように息を吐く。
「それ、三穂ちゃんが作ったんですよ」
「そうなのか?」
行人が、年齢順に言えば四女に当たる三穂に顔を向ける。
「ん」
三穂は食事をパクつきながらも表情を崩すことなく頷いた。
「へえ、大したもんだ」
「……」
行人が正直な感想を述べたが、三穂は返答をしなかった。が、その顔が先ほどまでとは違って赤くなっていた。
「もう…三穂ちゃんったら…」
咲耶がクスッと笑うと、自分も食事を始めた。
(何か…随分と懐かしい味だな…)
三穂が作った味噌汁を啜りながら不思議とそんなことを思い、行人も食事を進めていく。こうして和気藹々とした雰囲気の中、冷めてる上に朝食とも昼食ともつかない微妙な時間帯の食事は過ぎていったのであった。