4.名乗りを終えて
「ふーん…」
またお茶に口をつけ、行人はそう呟いた。…と言うより、そう反応するしかなかった。
だが、それも仕方のないことだろう。いきなり見ず知らずの女の子たちに妹宣言されて取れる反応などたかが知れている。寧ろ、行人にしてみればそう反応する以外にどうしろと? といった感じだろう。
「あ、あの…」
そこでおずおずと口を開いたのは鳴美だった。
「何?」
行人が鳴美に向かって振り返る。すると、
「ひうっ!」
鳴美は慌てて行人から顔を逸らせてしまった。そうしながら、チラチラと行人に視線を向けている。
(???)
訳が分からない行人。別に威嚇するように言ったわけでも、怒りの表情をしてたわけでもない。ただ普通に聞いただけなのだ。それなのに、こんな反応を取られた意味が分からなかった。と、
「ああ、ゴメンゴメン」
鳴美をフォローするように今度は瀬理が行人に向かって話し掛けてきた。
「この子、ちょっと男性恐怖症…というか、対人恐怖症の気があってさ。打ち解けてない人相手だと、こんな感じになっちゃうんだ」
あんまり気を悪くしないでよねと、瀬理がその後付け加えたのだった。
「あー、そーかい」
どうでもよさそうに行人は頷いた。と言うより、正直どうでもよかったのだから仕方ない。チラッと視線をやった鳴美は、さっきまでと変わらず行人の様子を窺うようにチラチラと視線を向けている。
(…こりゃ、ダメだな)
何が言いたかったのかと思った行人だったが、この調子では聞き出すのは相当骨が折れそうだった。
なので、放っておくことにした。どうしても言いたいことなら、放っておいてもいずれ話すと思ったからだ。逆に言えば、話さないのならその程度のことなのだろう。
「…んで?」
鳴美から視線を外した行人が、六人を睥睨するように口を開いた。
「え?」
咲耶が首を傾げる。
「俺の妹のお宅らが、俺に何の用?」
その言葉を聞いた六人…正確には、お菓子に夢中になっている双子以外の四人が少し驚いた表情になって行人を見つめていた。
(???)
用件を尋ねたのに、何でそんな表情で見られるのかわからず、行人は首を傾げる。と、
「信じて…くれるの?」
口を開いたのは三穂だった。
「ん? ああ…」
そこでようやく、四人が驚いた表情で自分を見ていた理由がわかって行人は納得いった。突然押しかけて妹ですと自己紹介(しかも六人も)したのに、それを普通に受け入れた行人に驚いているのだろう。
が、当の行人は侮蔑した笑みを浮かべ、
「あの親父だからな、驚きはしねえよ。母さんがそんな真似するとは思えないしな」
と、吐き捨てるように言ったのだった。口調も、少し砕けたものになっている。
「そうだ、丁度いい」
不意に何かを思いついた行人が言葉を続けた。そして、六人を見渡す。
「君ら、親父のこと話してくれないか?」
そしてそう、六人に伝えたのだった。
「お父さんのこと…ですか?」
咲耶がおずおずと口を開く。
「ああ」
行人が同意して頷いた。
「あの親父が、君らの前ではどういう父親だったのか純粋に興味がある。うちと同じような家庭環境だったのか、それとも別の一面があったのか。是非聞かせてほしい」
「そう言われても…」
咲耶が言葉を濁して他の五人の顔を見る。が、視線を向けられた方も困惑しているのが見て取れた。
「悪いね」
そんな、微妙な反応を見せる六人の中で率先して口を開いたのは瀬理だった。
「ん?」
「多分、あんたと…あ、兄貴のところとそう変わらないと思うよ」
兄貴と呼ぶのが照れ臭いのか、それとも戸惑っているのかわからないが、一度だけつっかえて瀬理が呟いた。
「ふぅん? ま、それでもいいさ。聞かせてくれ」
だが、行人はそう言って先を促した。今更父親のことなどどうでもいいが、さっき言った通り他の家庭ではどうだったのか純粋に興味があったのだ。
「って言ってもなぁ…」
瀬理が困ったような表情になってボリボリと頭を掻いた。
「顔を合わせるのなんて、年に数回が良いところだったから。その数回のときにそれなりに話はしたけど、こっちとしては知らないおじさんの感覚だったから、正直何を話したか覚えてないんだよ」
「ほぉ…」
本当にうちと同じような家庭環境なんだなと思いながら、行人は瀬理の話に耳を傾けていた。
(もっとも、本当のことを言っていればの話だけどな)
瀬理の話を聞きながら行人はそうも思っていた。瀬理が本当のことを言っているとは限らないのだ。何らかの事情や目的があって、こう言っているのかもしれない。
(十代前半の子が言うことの裏を考えながら話を聞くなんて、我ながらさもしいもんだけどな)
自嘲しながら、行人は引き続き瀬理の話に耳を傾ける。と、
「あたしのところはこんな感じだけど、皆のところは?」
他の五人を見渡しながら瀬理がそう尋ねた。
(ん?)
今の言い方にあることが引っかかった行人だが、取りあえず義妹たち(らしい)の話に耳を傾けることにした。
「うちは…もうちょっとマシかな? 顔を合わせたのが年に数回ってことはなかったし、確かにいないときばっかりだったけど、いるときは普通に会話してたから」
「わ、私は、瀬理ちゃんと同じかな。でも、基本いない子扱いされてたから…。手を上げられることはなかったけどね」
「変わったこと言えなくて申し訳ないですけど、うちも同じです。たまーに帰ってきたら少しの間いて、またいなくなって、しばらくしたらまた戻ってくる…それの繰り返しでした。それよりお母さんが、あの人が家にいると妙に上機嫌になるのが嫌でしたね。別に普段不機嫌なわけじゃないですけど、たまにしか帰ってこない人なのに何でそんな嬉しいのかさっぱりわかりませんでした」
「お父さん?」
「お顔、思い出せない…」
先頭から、咲耶、鳴美、三穂、茅乃と宮乃の発言である。彼女たちの発言の内容を聞くに、本当に行人の家庭環境とほぼ違わないようだった。
(あの親父は本当に…いや、ここまでヒモを貫けば、ある意味大したもんか。…称賛も憧れもしないけどな)
好き勝手やるのは結構だが、それに振り回される方はたまったもんじゃないのだ。ホント、顔を合わせている間に一発ぐらい殴っとけばよかったと行人は後悔していた。
だが、それよりも引っかかることがあった。