27.決意
「酷い…」
咲耶がショックを受けていた。それは勿論、一番最後の部分についてだろう。鳴美も目を伏せている。
「…何処のどいつか知らないけど、好き勝手言ってくれるよ」
瀬理も静かに怒りを燃やしている。確かにそんなことを疑われても仕方ないかもしれないが、何も知らない部外者に好き勝手言われる筋合いはなかった。
「ねえねえ」
「これ、何て読むの?」
そんな中、茅乃と宮乃がその問題の一句、【詐欺】の単語を指さして他の四人に尋ねた。
「それはね、【さぎ】って読むんだよ」
三穂が答える。彼女も思うところはあるに違いないのに、茅乃と宮乃を慮ってかそんな素振りは少しも見せなかった。
「さぎ?」
「どういう意味?」
「後で教えてあげるね」
そう答えると、三穂は続きに目を通した。それに従うかのように五人も続きに目を走らせる。
『確かに普通ならそうだろう。何よりタイミングが良すぎる。まるでドラフトにかかったのを見計らったかのようなタイミングなのだ。いやそれ以前に、彼は腹違いの兄であって決して親ではない。要するに、親でない彼には義妹さんたちを養う義務はないのである。情緒的な問題ならともかく、少なくとも法律的には彼に義妹さんたちの扶養義務はないはずである。(注:筆者は法律にはあまり詳しくないので、こういう場合は特記事項的に義務ではないにしても扶養の何かしらはあるのかもしれないが、ここではそういうものはないとして話を進める)
そこで、核心をついてみた。何故、義妹さんたちを引き取ったんだい? と。すると、
「わかっちゃったからですよ」
彼が最初に言ったのはこの一言だった。』
「? わかった?」
「何が?」
「さぁ…?」
答えを求め、咲耶たちは続きに目を走らせた。
『何がだい? と、尋ねた私は、恐らく彼の答えと、その目を生涯忘れることはないだろう。
「…あいつらも俺と同じ、親父の好き勝手の被害者だっていうことがです」
そう答えてくれた彼の目に凄みを感じ、恥ずかしながら私は少なからず恐怖を感じてしまったのだった。それと同時に、あぁ…とも思った。
彼だけに限らず、彼の義妹さんたちも家庭環境的には似たようなものらしい。父親はいわゆるヒモで、女の家を転々としながら遊び暮らしていたそうだ。その女というのが、彼や義妹さんたちの母親になるのである。
そして不幸なことに、その理由は様々だが彼と義妹さんたちの母親は皆いないらしい。病死、事故死、蒸発などで母親を失い、彼を含めた七人、全員天涯孤独の身とのことだった。一番最近まで健在だったのが彼のお母さんということで、そういう意味では一番恵まれていたのが彼だった。
「あいつらは、小さい頃の俺なんですよ…」』
「お兄ちゃん…」
誰の呟きかわからないがそれ以外の言葉は何もなく、沈黙がその場を支配した。
『「それに…あいつらが見るんですよ…」
何を?
「…捨てられた犬猫みたいな目で、俺のことを」
その姿を思い出すのが苦しいのか、額を抑え、呻くように彼が吐き出した。
「そりゃあ、先ほど仰ったようにぶん投げることもできますよ。俺にはあいつらを扶養する義務はないですから。お前らなんか知るかーっ! って、見捨てることだってできますよ。やろうと思えばね。けど…」
けど?
「…小さい頃の自分にあんな目で見られて、それを黙殺できるほど俺は冷徹にはなれないんですよ。さっきも言いましたけど、この決断に色々なご意見があるのは知ってますよ。大多数が否定的なものだっていうのもね。バカだのいいカッコしいだの偽善だのって言われてるのは、ちょくちょく耳に入ってきます。でも仕方ないじゃないですか。俺と同じ親父の好き勝手の被害者であり、俺と同じ境遇のあいつらを、これ以上俺と同じような道を辿らせるわけにもいかないですから」』
「お兄ちゃん…」
また、誰かが呟く。先ほどと違っているのは、年齢の上の連中がおしなべて涙ぐんでいることだった。
『「だから…」
だから?
「…やるしかないんですよ。血反吐吐こうが、泥を噛もうが、腕の一本ぐらい折れようが。親亀こけたら皆こけたじゃないですけど、俺が折れちまったら、あいつら全員路頭に迷うことになる。義務感…ってわけじゃないですけど、引き取る以上は普通の生活はさせてやらないといけないと思ってますから」
プロである以上、大成するためにはハングリー精神は欠くことのできない要素である。毎年、ハングリーな選手は何人も指名され、その取材もこれまで幾度となく行ってきた。
だが、彼ほどのハングリー精神の持ち主は初めてだった。 それはやはり、背負っているものが他の選手とは違うからだろう。比喩や過剰表現ではなく、彼は『生命』を背負っているのだ。その目のギラつきは、二十歳そこそこの若者からはとても感じられない凄みを感じさせてくれた。
最後にプロでの目標を聞いてみると、彼は間髪を入れずにこう答えた。
「少なくとも、十五年はやりたいです」
何故十五年なのか。その答えに、私は思わず成る程と思ってしまった。
「うちの義妹の中で一番下が双子なんですけど、今小学二年生なんですよ。十五年後はそいつらは二十三歳じゃないですか。ストレートに進めば、四大出て社会人一年目ってことになりますよね。そこまで行ければ、お役御免かなって思ってるんです。だから、最低十五年。もっとやれればそれに越したことはないんですけどね」
そう答えてくれた彼は、最後でようやく年相応の笑顔を見せてくれたのだった。』
『……』
とうとう、誰も喋らなくなってしまった。記事の内容に、皆それぞれ思うところはあるのだろう。それ故、誰も喋れなかったのだ。そのため、沈黙の支配する空間に、雑誌のページをめくる音だけが響いた。
『人は重荷を背負った時、二つのタイプに分かれると思う。その重荷を力にするタイプと、その重荷に押し潰されてしまうタイプだ。では、彼はどうなのだろうか。取材を終えて、ふとそんなことを考えてしまった。
取材した印象では、彼は重荷を力にできるタイプの人間だと思う。だから、その双肩にかかる義妹さんたちのことはいいプレッシャーとして彼の力を引き出すかもしれない。それができれば、早いうちに芽を表すことも十分に考えられる。
だが、人の内心は簡単には推し量れぬものである。私自身、彼に騙されているかもしれない。本当は、その重荷が枷となって彼に纏わりついているのかもしれない。そうであれば逆に、早晩彼は早いうちに球界を去ることになるかもしれない。
その結果は、これから彼が残していく成績で自然とわかることになるだろう。願わくば、チームのため、ファンのため、自分のため、そして何より義妹さんたちのためにも、重荷を力に変えて今後のプロ生活を歩んで行ってもらいたいものである。
そんなことを考えながら、取材を終了して私は帰路に着いたのだった。』
『……』
少しの間、また沈黙がその場を支配した。だが、今度の沈黙は短い時間で終わりを告げることになった。
「続き、しよっか?」
そう言って立ち上がったのは咲耶であった。
「ん」
「そうだね」
「それじゃ茅乃ちゃん、宮乃ちゃん、私のお手伝いしてね」
『はーい!』
三々五々、咲耶たちは先ほどまでの続き…家の掃除の続きをし始めた。あの記事を見て、思うところは六者六様である。だが、彼女たちのできることは少ない。だからこそ、せめて自分たちのできることだけでもやることにしたのだ。
この先、行人を含む七人がどういう未来を辿っていくのか、それは誰にもわからない。だからこそ、彼女たちは今、自分のできることをやるしかなかった。その心中にあるのが不安でも、期待でも。
全ては自分と、そして兄のために。今はただ、成すべきことをするだけだった。
読了、ありがとうございました。これにてこの作品は一旦終了となります。
この作品は以前、とあるライトノベルの賞に応募したものですが、芳しい結果にはならなかった作品です。それをほぼそのまま今回、こちらに投稿させていただきました。
今ライトノベルは異世界物、転生物が主流なので、なら逆に現実の設定で作品を作ってみようじゃないかと思ったのがこの作品を作った要因です。連載にあたって前書きも何もなく始めたので、あまり反応はありませんでしたが、それでもここまでお付き合いくださった方はありがとうございました。
この後の構想的にはあることはあるのですが、それを披露するかどうかはまた別の話です。需要がないのに供給しても意味はありませんからね。宜しければ、なにがしかの感想を戴ければ今後の励みにもなります。
それでは一旦この辺で、最後まで読んで頂き、本当にありがとうございました。