24.彼女たちの出逢いは
「ああ。お前らの横の繋がりのことだ」
「え?」
「どういうことですか?」
鳴美が少し首を傾げ、今の行人の質問の意味を三穂が尋ねる。
「さっき、お前らのことを調べたって言っただろ? で、その資料を見たところ、お前らは皆住んでるところがバラバラだ。母親同士も何の接点もない。唯一お前らを繋ぐのは当然ながら父親なんだが、あの糞親父が他所の家庭を持ってるなんてことバラすとは思えない。にもかかわらず、お前らはどうもつい先日初めて会いましたっていうぎこちなさもないように感じるんだよ。六人一緒に押し掛けてきたっていうのがそれを裏付けているようにも思う。お前ら一体、どういう経緯でそれぞれのことを知ったんだ?」
「あ、それは…」
咲耶が口を開いて説明しようとしたところで、不意に瀬理が手を上げた。
「?」
行動の意図がわからずに行人が首を傾げる。と、
「切っ掛けを作ったのは、うちのお母さん」
「そう…なのか?」
確認するように行人が瀬理以外の五人を見た。まだ幼い茅乃と宮乃は話の意味がわからないのか、理解しているような表情になっていないが、他の三人は黙ってコクリと頷いた。
「うちのお母さんは惚れっぽい性格だからかもしれないけど、いわゆる女のカンってやつが異常に鋭くてね。最初はお父さんの口の上手さに騙されてたみたいだけど、すぐに何か引っかかって、ある日気付かれないように後を着けてみたんだって。そうしたら、他所に女…どころか家庭を作ってるのを知っちゃったんだ。それも、一つ二つでなく、複数個」
「成る程な。なかなか行動派というか、アグレッシブなお母さんだな」
「ま、確かにね」
そこで瀬理がクスッと笑った。話し合いが始まってから初めてといってもいい崩れた表情に、少しだけ部屋の空気が軽くなったような感じがした。
「それでまあ、お父さんがいないときを見計らってその家に乗り込んで、その家の女の人…つまり、他の皆のお母さんとやり合ったんだよ。ただ、他の皆のお母さんも、大なり小なり疑ってたみたいだけど。そうして、ネットワークが一つ増え、二つ増え、最終的には五つになったって話」
「そりゃまた…」
豪儀な話というか妙な話というかといった感じに行人が戸惑っていた。対照的に、瀬理はそのまま話を続ける。
「で、お互いのお母さんがお互いのお母さんの状況を交換し合っているうちに私たちも顔を合わせることになって、そこで知り合ったの」
「そうか…」
行人は何とかそれだけ呟くと、疲れたようにソファーの背もたれに身を預ける。
「あのバカ親父、脇が甘いのか何も考えてないのかいい度胸してるのか…」
呆れたように呟いた。
「…揉めなかったのか?」
そのままの体勢で、行人が重ねて尋ねた。
「それは、お母さん同士でってこと?」
「ああ」
「それがねぇ…最初の時以外は何故かそうならなかったんだよ」
腕を組み、本当に不思議だと言いたげな態度で瀬理がそう呟いたのだった。
「多分なんですけど…」
行人と瀬理の間に入るように…と言うわけでもないだろうが、そこで三穂が口を挟んできた。
「ん?」
行人が視線を瀬理から三穂へと向ける。
「実際のところは本人であるお母さんたちしかわからないんですけど、『同病相憐れむ』っていうことだと思います」
「あー、成る程…」
何となく三穂の言いたいことがわかって行人が頷いた。
「それはあるかもしれない」
今度は咲耶が口を挟む。
「お母さんたちが皆集まったとき、確かにお父さんに対する愚痴というか文句みたいなのは腐るほど吐き捨ててました。自分たち以外の家庭の存在に、内心では穏やかでなかったとも思います。でも、誰のお母さんも別れるっていう言葉を言った人は一人といえどいなかったから…」
咲耶の言葉に、控えめに鳴美がコクコクと頷いた。
「結局、惚れた弱みってやつなんだと思う。他に女作ってることは勿論腹立たしいことだったんだろうけど、それでもお父さんと別れるってこと言ったことなかったからね。今咲耶ちゃんが言ったように、皆のところのお母さんもそうだったんだから」
瀬理が確認するように咲耶たちを見ると、皆一様にコクコクと頷いた。
「…あのバカ親父の何処にそんな魅力があるんだか」
心底不思議そうな表情で呟く行人に、咲耶たちも同意するかのように頷いた。
「天性の女っ誑しなんだと思う。私たちにはわからないけど、お母さんたちはその毒牙にかかって抜けられなくなったんじゃないかな。蜘蛛の巣に引っかかった獲物みたいなものだったんだよ」
「成る程、言い得て妙だな」
瀬理の言ったことに、これ以上ないほど行人は納得してしまった。確かにそんな表現が相応しいと自然に思ってしまったのだ。
「そっか。それでお前たちはあらかじめ横の繋がりがあったわけか」
「う、うん。そういうこと」
鳴美が相変わらず控えめに行人の言葉に同意した。
「んじゃ、もう一つ。今の話に関係することだけど、お前たち、どうやって俺のことを知ったんだよ?」
「あ、それもうちのお母さんが」
再び瀬理が手を挙げた。
「へぇ…? 詳しい話を聞こうか」
「ん」
瀬理が頷いた。
「って言っても、他の皆のところと変わらないよ。後を着けたところの一つが兄貴の家ってだけのこと」
「けど、俺はお前たちのことなんかつい先日まで知らなかったが?」
行人が疑問に思ったことに、 うんと瀬理が頷いた。
「兄貴のところのお母さんだけは、うちのお母さんや他の皆のお母さんたちと交流しようとしなかったんだよ。理由はわからないんだけどね」
「成る程な」
(女の矜持ってやつかね)
瀬理の説明を聞きながら、行人はぼんやりとそんなことを考えていた。惚れた弱みというのは咲耶たち義妹の母親たちと同じなのだろうが、それでも自分以外の女…少しニュアンスは異なるかもしれないが、言ってみれば恋敵である咲耶たちの母親たちとは慣れ合う気にも慣れ合いたくもなかったのだろう。
そこには、母親である葉子の女の矜持というものがあったのではないかと行人は思っていた。
「だから、お兄ちゃんはあたしらのことは知らなかったわけなんだけど、あたしらはお兄ちゃんのことを知ることができたわけ。野球をやってることもね」
「それで、先日のドラフトにかかったのを偶然知ったんです」
「で、六人揃って押し掛けてきたの。その後は、言わなくてもわかるでしょ?」
「ああ…」
そこでまた場が沈黙した。しかし、今度は長い沈黙にはならなかった。すぐに行人が言葉を続けたからだ。
「で、ここからがいよいよ本題なわけだがな…」
『……』
咲耶たち六人の表情が暗くなった。