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HSP  作者: 草薙 鏡二
19/27

19.空虚

「さて…」


大学を後にした行人が誰に言うでもなく呟いた。


(取り敢えずやるべきことはやった…はずだ。で、これからどうするかだが…)


そんなことを考えながら帰路に着く。が、すぐに結論は出た。


(…ま、自主トレを続けるしかないか。入団拒否する選択肢はないわけだし、それを考えれば身体を作っておかないとな。…いずれマスコミも嗅ぎつけるだろうけど、その時はその時で対応するしかないわな)


そう腹を決め、行人は実家へと戻った。大分日もくれた夜更けになり、実家が覗ける場所まで戻ってくる。

行人はその場に立ち止まると、目を凝らして周囲を見た。玄関先にはマスコミの姿がないが、もしかして周囲に隠れてるかもしれないと思ったのだ。

息を潜めて少しの間ジッと確認するも、それらしき人影はない。次のネタに向かったのか、それとも一時離れているだけなのかはわからないが、行人にとっては非常にありがたかった。


(スター選手じゃなくてよかった…)


妙なことだが重要なことに内心で感謝しつつ、行人は自宅に戻った。勿論その前に、近所に声をかけて今回の件を詫びて回ったが。

長い付き合いのために殆どは同情してくれたが、それでも中には事情を知りたがるご近所さんもいて苦笑したが、話せる内容のことだけは話してご近所周りを終えたのだった。


「ただいま…」


ご近所周りを終えた行人がドアを開けて家の中に入る。真っ暗な家の中には当然誰もいるわけがないのだが、行人はほんの一瞬とは言えそれに違和感を感じてしまった。


「っ!」


慌てて頭を左右に振ってその違和感を追い払う。家の中に入って暗い廊下を進むのだが、いつも寒い室内が今日はいつもより寒さが増しているような気がした。そのまま居間まで足を進めると、行人は居間の電気をつけた。


「ふぅ…」


疲労からか溜め息をつくと行人は上着を脱いで近くに投げ捨てた。そのままカーテンを閉めると、ファンヒーターのスイッチを押す。

取り敢えず水分補給をしようと台所に向かった行人の目に、きちんと整頓された流しの姿が目に入った。その横に、住人が一人だけのこの家にはあり得ない程の数の食器が積み重ねられている。


「……」


その光景が、また行人を少し苛んだ。これをやってくれたのは誰で、そしてその人物を自分がどうしたかを、行人は身をもって知っているからだ。実際にその人物がここで食器を洗うときどんな感じだったかはわからないが、想像しようと思えば簡単に想像できてしまう。その光景が、行人を苛ませたのだった。


「チッ…」


舌打ちしながらコップを手に取り水を飲む。二杯ほど水を飲んだ後、行人は台所を後にして居間に戻った。その頃にはファンヒーターが起動し、室内を温め始めていた。


「……」


行人はテーブルの近くに腰を下ろすと、テレビのリモコンを手に取ってチャンネルを回す。何か面白い番組でもやってないかと思いながらチャンネルをはしごするが、残念なことに行人の興味を引く番組は何もなかった。


「最近はテレビもつまんねーなー…」


興味が失せた行人はテレビを消すと、その場に横になって手足を伸ばす。灯る蛍光灯を見ながらしばらくの間ボーっとしていたが、


「寝よ」


やることもなく、今が結構いい時間なことに改めて気が付いた行人がノロノロと上半身を起こすとファンヒーターを切って電気を消す。しばらく電気を点けていたが、幸いにしてマスコミ関係者はいなかったのだろう、ドアをノックされることもチャイムを押されることもなかった。他のネタに行ったのか、それとも今日は退却しただけなのかはわからないが、疲労した状態の現状では対応せずに済むことは非常にありがたかった。

立ち上がり、上着を手に取ったところで、行人の目にまた見慣れぬものが入ってきた。それは、部屋の隅にきちんと折りたたまれた幾つもの布団だった。


「……」


見てしまったことに少し後悔しながら、溜め息をつく。布団があるということはそれを使った人物がいるということだ。ではその人物は今はどこで何をしているのか、行人には知る由もなかった。

後味の悪い思いを短時間で二度も感じながら、行人は自室に戻る。上着をハンガーにかけて携帯を充電し、寝るときの格好に着替えてそのまま布団に潜り込んだ。明日からはまたしばらく自主トレの日々が始まるのだ。

目を閉じると、その脳裏に幾つかの浮かんでくる顔があった。その度に行人は頭を左右に軽く振ってその姿を追い払う。何度かそれを繰り返しているうちに睡魔に取りつかれ、行人は激動の一日を終えたのだった。




その日から数日、行人はそれまでと変わらずに地元で自主トレに励んだ。途中、マスコミに寄ってこられることもあったが、後日、会見を開いてお話しますと言って押し切った。マスコミも行人の一件だけに構っていられるほど暇ではないのだろう。それに、行人自身が自分でも自覚しているようにドラフトの上位者でもなければ、いわゆるスター選手でないこともこの場合はいい方向に作用した。

そのため、行人は多少のゴタゴタがあったものの、割とスムーズに自主トレを進めることができていた。そして、大学を訪れて監督と話をしてから三日後の夕方、行人の元に清香から一本の電話が入った。

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