18.報・連・相
二人と別れて監督室の前までやってきた行人はふぅと一息吐いて呼吸を落ち着けると、コンコンとそのドアをノックした。
『はい』
室内から、何度となく聞いてきた声が聞こえる。
「失礼します」
行人はいつものように一声かけるとドアを開けて中に入った。
「黒木」
その部屋の主、野球部の総監督である小林が、室内に入ってきた行人に視線を向けた。
「どうも、監督」
ドアを閉めると、行人が小林に頭を下げる。
「今回はすみません」
そして、そのまま謝罪した。
「お前こそ、大変だったな。少しやつれたんじゃないか?」
「はは…まさか。昨日の今日ですよ」
行人が力なく笑った。
「確かにな。けど、実際そう見えるからな。仕方ないだろう」
「そんなに…ですか?」
小林の指摘に行人が思わず自分の顔に手を当てた。自分では平静を装っているつもりだが、見る人が見ればそう見えてしまうのだろう。
(参ったね、どうも…)
内心で溜め息をつきながら、行人は気を付けますと小林に返したのだった。
「ま、座れ」
「はい」
小林に着座を進められ、行人はソファーに座った。その向かいに、小林が同じようにソファーに腰を下ろす。
「ここに来る前に、マネージャーと清水に会いました」
行人がそう切り出した。
「部の方に影響はなかったって言ってましたけど、記者は来てたって聞きました」
「ああ、数人な。お前の居場所をしつこく尋ねてきた」
「やっぱり…」
行人の表情が曇る。
「まあ、知らぬ存ぜぬで追い返したが、それでも大分粘ってたな」
そう言うと、小林が楽しそうに笑った。しかし対照的に、行人の表情は曇ったままだった。
「すみません」
そして、また謝罪する。
「気にするな…と言ったところで、無理な話かもしれないけどな。しかし、とんだことに巻き込まれたな」
「ホントに…」
小林の指摘に行人は力なく笑うことしかできなかった。
「確認のために一応聞いておくが、あの記事の内容は本当なんだな?」
「はい」
行人が頷く。ここに来るまでの間に今日のスポーツ新聞を買って、清香に指摘された記事に目を通していたため、その内容がどういうものかは把握していた。
「そうか…」
小林は腕組みをするとソファーの背もたれに深々と寄りかかった。
「突然腹違いの義妹ができるとはな。しかも、六人も」
「ホントですよ…」
行人が額に手を当てる。
「昨日…いや、一昨日まではこんなことになるなんて思いもしませんでしたから」
「まあ、当然だな。と言うより、誰も予想できんわな。いきなり腹違いの義妹ができるなんて」
「ええ」
ガックリといった感じで行人が頷いた。
「ホント、部にも大学にも迷惑かけて申し訳ないです」
「確かに色々と騒がしいが、別にお前が何か悪さしたわけじゃないからな。お前がうちからの初のドラフト指名選手だから部も大学もマスコミ対応には慣れてないが、まあ今のところどうにかなってる」
「そうですか」
心苦しいやら申し訳ないやらで、行人は返す言葉もなかった。
「だが、一度は会見はした方が良いだろうな」
「はい…」
小林の言葉に行人が頷いた。
「さっきの電話で弁護士を立てたと言ってたが、今後はその弁護士と話を詰めればいいのか?」
「そうしてください。正直なところ、俺じゃあどうすればいいかわからなくって」
「わかった。ただ、お前もちゃんと意見は出せよ」
「はい。どうすればわからないとは言っても自分のことですから、全部が全部丸投げする気はありませんから」
「よし。…しかしお前、弁護士のあてなんてあったのか?」
小林が気になっていたことを行人に尋ねた。
「…母さんの学生時代の友人なんです」
「…そうか、お袋さんのお友達か」
「はい」
それきり、小林も行人も黙ってしまった。監督という立場上、小林は行人の家庭環境もそれなりにわかっていたからである。
勿論、父親である一朗のことは行人は言わなかったため、小林は行人が母子家庭だと思っていた。そして、その母親である葉子が以前に亡くなったことも。もっとも、母親である葉子の死去に関しては葬式に参列した部員もいたため、部員は皆知っていたが。
そういう背景を知っているため、自然と無口になってしまったのである。
「でも取り敢えず、変わりなさそうなのは何よりだ」
静まった雰囲気を改めるかのように小林が口を開いた。
「まあ、さっきも言いましたけど昨日の今日ですから。あんなことがあったからって一日二日で激変する方がおかしいですよ」
「確かにな。…でもお前も律儀だな。この一件があったからって俺と直に会って話がしたいなんて」
小林が褒めているような呆れているような口調と表情になって行人を見た。
「俺には落ち度がないとは今でも思っていますけど、それでも俺に関することで色々無駄に騒がせちゃいましたから。部だって来年に向けて大切な時期なんだし。ここは出向いて説明するのが筋かなって思っただけです」
「真面目なのは結構だがな、お前はもう少し余裕を持った方が良いぞ。万事にな」
「はぁ…」
どう返したらいいものかと思いながら行人が曖昧な返事をした。余裕を持てと言われても、どうすればいいのかわからないからだ。それに、自分はどちらかと言えば大らかな方だと思っているので、余計に反応に困ったのだった。
「さて、それじゃあもう帰れ」
そんな行人の内心に気付いたのか気付いていないのかはわからないが、小林がそう切り出した。
「はい、わかりました」
素直に行人が応じた。これ以上ここにいても仕方ないし、万一マスコミに見つかったらまた面倒なことになるからだ。自分が面倒ごとに巻き込まれるならともかく、これ以上部を巻き込むのは避けたかった。
「確認のために最後にもう一度尋ねるが、今後の対応はその弁護士さんにお任せしていいんだろ?」
「はい」
「わかった。球団や弁護士さんと詰めて、これからの予定が決まったら連絡する」
「お願いします。では、失礼します」
「ああ」
立ち上がると、最後に一礼して行人は監督室を後にした。
「ふーっ…」
行人を見送った小林はソファーの背もたれに身を預けた。そして、大きく息を吐く。
「あいつも大変だな…」
行人の状況に、小林はそう、慮る言葉を呟くことしかできなかった。