17.母校へ
事務所を出た行人は着替えるために一旦家に向かった。自宅前付近に着いた後、ビクビクしながらその門前を観察すると、見たこともない連中が数人自宅前にたむろっていたのが見えた。恐らく、記者だろう。
「チッ…」
舌打ちしながらその連中に気付かれないようにその場を離れると、少し歩いて最寄り駅の次の駅まで足を進めた。そして、その駅から電車に乗る。
そのまま、何度か電車を乗り換えて揺られること数時間。昼過ぎにとある駅に降りた行人は目的地に向かって歩き出した。
やがて見えてきた目的地。そこは、自身が通っている大学だった。
(…こんな状況になってここに足を運ぶことになるとはな)
人生、ホント少し先はわからないもんだと思いながら行人はキャンパスに足を踏み入れた。そして目的地である、野球部が練習しているグラウンドに向かう。しばらく歩いた先に見えてきたのは、いつも見慣れたグラウンドだった。そこではいつも通り、後輩たちが練習に励んでいた。
「……」
行人は暫くボーっとその光景を見ていた。と言うより、そうせざるを得なかったのだ。ここに来た目的は勿論明確なのだが、それに対しどうしても踏ん切りがつかないというか、一歩が踏み出せないでいたのだ。
(情けねえ…)
そうは思うものの、それでもどうしても最初の一歩が踏み出せないのだ。そうやって自問自答しながらしばらく経ってからだった。
「あれ?」
不意に、予想外の方向から声が上がっておもわず行人はビクッと身体を震わせてしまった。そして恐る恐る、そーっと声のした方向に振り返る。そこには、
「黒木さん」
「先輩」
行人が良く見知った顔が並んでいた。
「マネージャー、それと清水か…」
その二人のことを口に出す。そこには部のマネージャーと、後輩の一人が肩を並べていたからだ。
「お久しぶりです」
「お久しぶりです」
「ああ」
三人は互いに挨拶を交わす。
「どうしたんですか? 一体」
マネージャーが尋ねてきた。
「監督とちょっと…な」
言葉を濁したが、しかし行人はすぐに自分から話を切り出した。
「今日のスポーツ紙の朝刊、見たか?」
「いえ」
「そっか」
「…でも、スマホで見ました」
「そっか…」
それっきり、会話が途切れてしまった。
「その…大変でしたね」
後輩…清水が行人を慮るように恐る恐る話し掛けた。
「俺はまだいいんだけどな…」
そう言って、行人は二人に視線を合わせる。
「部の方に影響は?」
「午前中にスポーツ紙の記者が 何人も来てました。監督と何か喋ってたみたいですけど、内容はわかりません」
「そっか」
「ただ、すぐに帰っちゃったので取材と言うよりはその…黒木さんのことを聞きに来たんだと思います」
「……」
マネージャーのその言葉に、行人はやるせない表情を浮かべてボリボリと頭を掻いた。冷たくなってきた風が身に染みる。
「変なことに巻き込んじまって、悪かったな」
そして、行人が頭を下げた。
「そんな! 黒木さんは何も悪くないですから!」
「そうですよ! 頭を上げてください、先輩!」
「…すまん」
もう一度謝罪の言葉を口にすると、行人は頭を上げた。
「まあそういうことで、監督とちょっと話にきたんだが、いるか?」
「あ、はい。今は監督室にいると思います」
マネージャーが答える。
「そうか。それじゃあ」
答えると、行人は踵を返した。
「あ、先輩」
その足を清水が止める。
「ん?」
「その…部の方には顔を出さないんですか?」
「今は流石に…な。つかいっぱにして悪いけど、他の連中にも変なことに巻き込んじまって悪かったって俺が謝ってたことを伝えてくれ」
「わかりました。あの、先輩」
「ん?」
重ねて引き止めた清水に行人が軽く尋ねる。
「その…頑張ってください」
「ああ。お前もリハビリ頑張れよ」
「あ、はい」
「じゃあな」
そう言い残し、行人は二人を残して再び目的地へと足を進めたのだった。