12.一本の電話
「ふーっ…」
夕方に差し掛かった時刻、行人が大きく息を吐きながら家路についていた。あの後、大人のお店でサービスを受け、十分に満足したためその表情は実に機嫌のよいものだった。先ほどの妹たちのことはもうすっかり頭から無くなっていた…と言うわけでもないが、別れた直後の気分が滅入っている状態に比べれば格段に持ち直したのであった。
と、不意に行人の携帯が着信を知らせた。
「はい」
ポケットから携帯を出すと、電話に出る。
『あ、行人君? 私』
「ああ、清香さん」
声色で誰だかわかった行人が、電話の向こうの人物の名前を呼んだ。
『今、いいかしら?』
電話先の人物…清香が行人に尋ねる。
「あ、いいっすよ」
行人は了承の意を彼女…清香に伝えた。
『ありがとう。で、早速なんだけど、昨日の依頼された調査について取り急ぎの結果がまとまったんで、その連絡よ』
「そうですか。電話で済みそうですか?」
『済ませようと思えばね。でも、できればこっちに来てくれた方がいいかも』
「わかりました。今から伺っても?」
『ええ。こっちは大丈夫』
「んじゃ、今から伺います」
『ええ。待ってるわ』
そこで電話は切れた。直後、行人は踵を返すと、とある目的地へと向かって歩き始めたのだった。
「失礼しまーす」
とある建物についた行人がドアを開けて中に入る。
「あ、黒木くん」
一番手前に座っていた、西村という名の事務のおばさんが行人の姿を見て軽く微笑んだ。
「ども」
行人がペコリと頭を下げる。
「先生?」
「はい。いますか?」
「ええ」
そこで西村さんが受話器を取ると、内線につないだ。
「先生、黒木くんが。…はい…はい」
手短に用件を伝えると受話器を置いた。
「いつも通り奥の部屋にどうぞって」
「あ、はい。ありがとうございます」
再びペコリと頭を下げると行人は靴を脱ぎ、スリッパに履き替えて手近の下駄箱に靴を入れる。そしてそのまま、もう何度も足を運んだ奥の部屋へと向かった。
部屋の入り口でコンコンとノックをする。
『はーい』
よく知った声が中から聞こえてきた。
「あ、黒木です」
『どーぞー』
「失礼します」
主の了承を得た行人が中に入った。
「いらっしゃい」
室内の奥、大きな机の向こう側にいる人物が行人を見てニッコリ微笑んだ。彼女は堀清香。死んだ母親の友人で、やり手の弁護士をしている才女である。その職業柄、行人も母親が死んだときやその後も何かとお世話になっている人物であった。
「すいません、変なこと頼んじゃって」
開口一番、行人が清香に頭を下げた。
「いいのよ、行人くんの頼みだし。それに、しっかり料金は頂くしね」
「はは…お手柔らかに」
そんな軽口を叩き合っていると、先ほどの事務の西村さんがお茶を持って入ってきた。
「ま、そこに掛けて」
「あ、はい」
いつものようにソファーに掛ける。清香も一冊のファイルを手に取って行人の正面に腰を下ろした。二人の前にお茶を置くと、西村さんは軽く頭を下げて出ていく。
「それじゃあ、これ。頼まれてたものよ」
ソファーに座った清香が手に持っていたファイルを行人に渡した。