1.彼女たちとのはじめまして
世の中は、本当にままならないものだと思う。
彼、黒木行人は今、それをしみじみ実感していた。
(…こういうのが、『事実は小説より奇なり』ってやつなのかね)
目の前の光景を見ながらつくづくそう思う。ある一点を除けば、何処にでもいる普通の大学生にすぎない彼。事実、昨日まで…いや、数時間前までは確かにそうであった。
しかし今、彼の人生においてこれまでとはあり得ない非日常が始まろうとしていた。何故なら、
『宜しくお願いします、お兄ちゃん!』
十二の眼差しが、彼を見つめているのだから。『妹』という名の、六人の少女たちが。
(…何だ、これ?)
まさか自分にこんな日が来ようとは、夢にも思わなかった。
彼、黒木行人の率直な今の感想である。
木枯らしが時折吹き、肌寒さを感じるようになってきた十一月中旬、一人の青年が墓参りを行っていた。
「……」
花を取り換え、墓周りの掃除をし、水をかけ、線香を供える。そして今、瞼を閉じて墓石に向かって手を合わせていた。
どれぐらいそうしていただろうか、やがて彼は合わせた手を解くとゆっくりと閉じていた目を開く。
「いい報告ができてよかったよ…」
誰に語るでもなくそう呟くと、少しの間墓石をジッと見ていた。が、やがてゆっくりと桶や柄杓、線香などの道具を片付け始める。
「…じゃあ、また来るよ、母さん」
手にまとめた道具一式を持つと、一度振り返って墓石に…その下に眠っている自身の母に語り掛け、青年…黒木行人は墓地を後にした。
「ふーっ…」
墓参りの帰路、大きく息を吐きながら行人はゆっくり歩いて自宅に向かっている。ここ数日はバタバタしていたために、こういった時間が非常にありがたかった。
「……」
ゆっくり歩きながら物思いに耽る。考えるのは当然、先ほどいい報告をした彼の母親の葉子のことだった。
(人の寿命はどうしようもないことだけど。でも…)
「せめて、もう少しだけでいいから生きていてほしかったな…」
偽りない心情を吐露する。せっかくのいい報告も、泉下にではなく本人に直接報告したかった。そうすれば、どれだけ喜んでくれただろう。
そう思うと、仕方ないこととはいえ、巡り合わせの悪さに恨み言が出てしまうのを止められなかった。
「はぁ…」
息を吐く。十一月中旬の夕方の冷え込みとあって、吐く息は白さを纏っていた。若いとはいえここ数日のバタバタで疲れは溜まっていたのか、身体が重く、瞼も重い。
(今日は家帰ったらすぐ寝るかな…)
自然、そんな考えが頭をよぎった。行人がなぜこんなに疲れ果てているかというと、つい先日己の運命を決定づける重大事項があったからだ。
プロ野球ドラフト会議。行人はそこで指名を受けたのである。それも育成枠でなく、本指名で。
順位は下位だったが、それでもドラフトにかかったのは大学では初めてということもあり、学内はちょっとしたお祭り騒ぎだった。会見だの指名挨拶だのでここ数日は目まぐるしく状況が変化し、それに引きずられるようにあっという間に数日が過ぎていた。
そして今日、ようやく多少なりとも落ち着いた時間が取れた行人は母親に報告に行ったのである。だからこそ、泉下への報告が 残念でならなかったのだ。
とは言え、現実に話を戻せば指名されたからと言ってそこで終わりではない。一軍の戦力になってこそである。それは重々自覚しているからこそ、毎日昼の三時ぐらいまではきちんと自主トレに当てており、今日はその後で墓参りに来たのだ。これからはもっと忙しくなるということと、お袋さんにきちんと報告しておけという監督の配慮によって、一時実家に帰してもらったのは非常にありがたかった。
(せっかくドラフトにかかったんだ。もう母さんはいないけど、いい報告を続けられるようにしないとな)
そんなことをぼんやり考えながら歩いていると、家が見えてきた。と、行人は門前に見慣れないものを見つけたのだった。
(ん?)
よく目を凝らして見てみると、それは女の子だった。それも、一人ではない。
(一…二…三…六人?)
そう、六人の女の子が自宅の門前にいたのである。ある子は自分のものであろうバッグの上に腰を下ろし、またある子は寒いのだろうか、モジモジしながら手袋をしている手にハーッと息を吐いている。そんな彼女たちを目にした行人は、
(…誰だ?)
率直にそう思った。確かに自宅の門前にいるが、六人とも見たことのない子だったのである。大体、大きくても中学生ぐらいで、小さい子は小学校低学年ぐらいだ。そんな女の子に接点があるような生活はしていない。
(とはいえ…)
彼女たちがたむろしているのは間違いなく自宅の門前である。家に入るには、どうしても彼女たちとの接触は避けられなかった。
(仕方がない…)
彼女たちが何者なのか、何故家の門前にいるのか、そして何の用なのか。聞かないことには始まらないのだ。自慢じゃないがあまり女性と関わったことはない身では大仕事、それも、どう見ても年下である女の子だから尚更大仕事なのだが、家に入るためには彼女たちを避けて通れない。行人はまだこちらに気付いた様子のない彼女たちに近寄ると、
「君たち」
と、声をかけた。