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叶恵さんのクリスマス:下





 無心で仕事し、送信。

 終わったとぐいっと背を伸ばして、顔を上げるとまだ田中くんは残って仕事していた。課長、どんだけ仕事を振ったんだ? 流石にダメじゃないか?と課長席へ視線を投げる。大丈夫、絶賛独り身課長はまだいる組筆頭だ。

 ジト目を送ると気付いた子豚顔がぶっちゅと投げキッスしてきた。

 てかてかしたハートがやってくる。

 べっしと無表情ではたき落す。

 ガーンって顔するんじゃない!顔がうるさいよ!


 って、そんなに課長もヤバイのか?


「田中くん、仕事はもう終わり?」

「はい」

「課長ー、打ち込み系とかでしたら良ければ手伝いますよ」


 田中くんの方は大丈夫だと分かったので課長に声を掛けると、2人から視線を貰った。なんだ、別にハートは叩き落とすが猫の手ぐらいは貸すさ

 むしろその視線はどんな風に思われているのだとむくれつつ課長の席まで行くと、課長はくるくると座席を回した。

 こら、椅子を苛めるんじゃない!


「いやー、それは嬉しい申し出だけどね、今日は帰りなさい」

「まだそれ続くんですか? 皆さんに優しくして頂いたので、もう結構吹っ切れているんですよ?」

「そうかい? それにしては仕事を欲しがっているように見えるけどね」


 にっこにっこ好々爺。仕事に逃げてはいけないよと暗に言われてしまった。

 油断していたら痛い所を突き刺してくる。これだからこのハゲ気味チビ寄りがっつりデブ課長は!!


 悔しかったので「仕事が妻」とぼそっと当てこする。途端にやっぱり嘘ですと涙目になったが、私はさっさとパソコンの電源を落とした。

 見抜かれた上でとか、居た堪れないことこの上ない


 自分の狡さがバレていたことへの羞恥心からそそくさと支度を整える。田中くんは…、どうやら一緒に帰れるようだ。


「課長お先です」

「お先に失礼します」

「はいはい、哀れな子羊を残しておかえりなさい」


 何処からか取り出したハンカチを噛み締めている。とりあえず子豚の間違いだろ!というツッコミを心の中で送ってから別れた。これも愛のムチである。いや、やっぱ課長に愛って使うと鳥肌立つからパスで

 さて、時計を見ればもう夜中の9時。どうやら終電には間に合ったようだとコツコツヒールを鳴らしていると、田中くんに呼び止められた。はて、どうしたんだろうか


「今日はお疲れ様でした」

「え、ええお疲れ様」

「電車内は混んでいると思うので良ければ送りましょうか」


 おや、その手があったかという気持ちでぱちくりと瞬き。確かに今から駅までの道を寒さに凍え、恋人たちのいちゃいちゃに精神にダメージを受けながら歩き、電車の中で肩身の狭い思いをするのを思うととても魅力的な提案だ。

 しかし田中くんの彼女さんとかは嫌な思いをするだろうし、吹聴はしていないし知られた所で気にしなければいいんだけど、ただでさえ隣りに住んでるのである、田中くんと付き合ってるなどと噂されて田中くんに迷惑を掛けるのは避けたい。

 うーんと迷っていると、田中くんが1歩脚を引いた。


「いえ、不躾でしたね、気にしないで下さい」


 その声が顔は変わらないのに何処か気落ちしている風に聞こえたので、思わず呼び止めてしまう。


「いや、嬉しいわよ。でも彼女さんは嫌がるだろうし」

「いません」

「そ、そう。それにあまり関わると嫌な噂が立ったり」

「大丈夫です」


 う、うーん、田中くんはいい子だし真面目過ぎるから悪い噂の意味が分かってないのかもしれないと、その即否定の全力肯定に若干疑いを持ちつつ、結局お言葉に甘えることにした。

 いや、むしろこれで断るのも余計ダメな気がするし、正直流石に眠くて…。うん、田中タクシー、すまんが後は頼む

 えーっと…


「よろしくお願いします」

「…はい」


 小さく会釈すると、何故か田中くんは眩しそうに目を細めてから頭を下げた。





 ぶろろろ…という排気音

 冬だからエンジンが頑張っている音だ。

 じんわりと温もってきた車内から、曇りがちな窓を擦って外を眺める。

 今日は信号の色以外にも街灯やカラフルなイルミネーションが光り輝いていた。

 静かな車内の曇り窓から眺めていると、寄り添いあう滲んだ賑やかな影たちがまるで別の世界にいるみたいに思える不思議。

 ラジオから流れる定番のラストクリスマスを流し聞いていると、信号で車が止まった。確かここは長いんだよなぁ、歩行者信号が。自転車で通るときは有難いけど、車だと長いわ!とツッコミたくなるレベルである。

 時間潰しに外の景色を眺めていると、見知った顔が立っていた。


 まさか、あれは―――佐藤さん!?


 え、此処だったの!?というかまだ外待機ということは来てないのか受付嬢さん。

 待ち合わせ場所で手すりに腰掛けている佐藤さんをはらはらしつつ見守る。

 うわ、一人でいる背の高い黒髪美女が通る度に佐藤さんの目が追っていってるよ!漫画かよ!切ないよ! 何だかんだ声かけられて断ってるよ!リア充め!爆発しろよ!

 ハッと信号機の色を見る。よかったまだ赤だ、もうちょっと待ってくれよ信号達

 どきどきと信号の色を確認し、もう一度佐藤さんの方を見ると抱き合っていた。


 受付嬢さんと2人抱き合っていた


 …えっ…、見逃した!?


「変わりましたね」


 ちょ、田中くん待っ、続き、続きが見たっ…あー


 街路樹に被さって流れていく景色。ううっ、見たかったと未練がましく窓を眺めた後はぽふりと体を戻した。

 ん、そういえば佐藤さん達を見て思い出したけど、今日はクリスマスなのにケーキも何も買ってなかったなぁ。こんな時間だと店も閉まってるし、そもそも一人じゃ大きいの1個なんて食べれないし…。うーむ、コンビニでなんかシュークリームでも買うか、いやどうなんだろう、甘味会社の商戦にわざわざ乗って体重を増やさなくても…と迷いつつ結局田中タクシーにコンビニに寄ってもらうことに。

 田中タクシー有難い


「すぐだから乗ってて」


 田中くんを待たせてるのでコツコツと急げば、すぐに目当てのものが見つかった。私みたいな人を狙って多めに仕入れでもしていたのだろう。ほくほく顔でミニシューを購入。ついでに甘いのとおつまみと…

 うわ、完全に独り身の買い物だと店員に見られながら外に出た。やめてくれ、わかってる、私もそれさっき思ったから

 予想より買っちゃった戦利品を持ちつつ外に出て、何とはなしに視線をあげて、そうして思わず驚いて体が固まってしまった。ピロリロリーと軽快な音楽が耳を滑る。

 通りの向こう、電柱の下、暗い夜道だが私には気付かないまま手を繋いだ雄輔達が通り過ぎる。幸せそうな笑顔。すぐに建物の影で見えなくなる二人。まぁむしろ私の方がよく気づいたなって感じだしね

 怪訝そうに後ろの客が私の横を通り過ぎた。

 自分の間の悪さを考えるべきか、タイミングの良さを考えるべきか

 苦笑しつつ、すっといつの間にか出てきた田中くんに袋を取られる。

 お客さんの出入りの邪魔にならぬよう端に避けていると、顔を見下ろされた。なんだい田中くん


「泣いてはいないのですね」

「田中くんもよく気付いたわね」

「よく見てますから」

「そんなに通ってるの?」


 はい、と田中くんにホットティー。寒いからほんとは車内で渡す予定だったんだけどね。意外と苦いのが苦手らしい田中くん、この選択で合ってたかな

 冷ましながら自分のミルクティーに口を付けた。


「運転のお礼。ホットティーだけど飲める?」

「はい、好きな方です」


 どうやら当たりだったようだ。じゃあとばかりに、勢いが付いたのでカスタードシューも渡す。ほれ、夜食い仲間にしてしんぜよう


「ありがとうございます」

「此方こそ、つい買いすぎちゃってたから」


 甘い飲み物に甘いデザート、アイツなら血相変えてただろうけど、田中くんは平然と飲み食い中

 流石田中くんクオリティ。それがどうにも可笑しい

 ふくふくと笑えるのをミルクティーで隠す。バレて視線が向けられたが、指摘されることもなく私は視線を反対に流してまた飲んでるフリをした。


「さっきの話。驚いたけど、あまりショックは受けてなかったの」


 カサリと透明なパッケージを開いてぱくり。早々に潰しちゃってたのか、指先に付いたクリームに舌を這わす。甘い


「自分ではもう大分割り切れてて大丈夫だと思ってたけど、実際目にしてまだ寂しく思ったりする自分がいたことに驚いただけ」


 鈍い痛みが何なのか、混ざって薄まって鈍すぎてもう分かることはない。

 いつか別の名前を付けれるその日まで、後はゆっくりと変えていくのだろう。


「でも逆に言えば、これぐらいの痛みかと思えるまで昇華出来た自分を褒めてやりたいわよ」


 ふふんとちょっと誇らしげ。今日ぐらいはいいだろう。敢えて仕事で忙しくして逃げてみたり、まだ鈍い痛みがあったけど、それでも確かに前を向けているんじゃなかろうか。

 カコンと空の容器をゴミ箱に入れれば、隣りの穴へ田中くんもカコンと入れる。


「小林さんは強いですね」

「それどっきりか何か? おだててもおつまみ位しかないわよ」


 何故か流行ってるらしい冗談に呆れ笑いを返しつつ車のドアを開ける。


「私じゃなくて周りが手伝ってくれたしね。田中くんも、助けてくれたわよ」

「何もした覚えはありませんが」

「ほら、晩酌に付き合ってくれたじゃない」

「それだけですか」

「そんなによ」


 一つ瞬き。不思議そうな顔。やはり揶揄いがいがあると思うのだがどうだろう


「あら、雪ね。道理で寒いと思った…なんて定番かしらね」

「明日は雨ですから霙みぞれになるかもしれません」


 定番でない返しを貰いつつ家路を帰る。

 どうやら私の今宵のクリスマスは仕事と仕事と、最後に甘苦いミルクティーらしい








 


『幕間5:短編集』14日21時予約済みでさ☆

(『月夜の晩酌会』を収録していたけれど、セーブ前データが吹っ飛んだ影響で心折れて、『佐藤さんと受付嬢』に変更したという裏話)

( ´∀` )w


 他の収録内容は

・次長と叶恵さんの屋上会話

・狸から見た居残りする二人 でさ~


 今回は2500字と少ないので二日後に更新しときまふね~

 そういえば、最初は7時更新にしていたのですが、ふと17時に更新した時に会える人や19時に更新した時に会える人は違うに違いないとの考えで、遊び心で一時間ずつ更新時間をずらしていってます~

 (∩´∀`)∩←(どこかで遊びたがる

 毎度一時間ずつ遅くなっちって申し訳ない 上までいったら今度はバックするね!☆←ぇ

 

 ではでは、長文失礼しやした☆ もうすぐ一旦休養期間置くのですが、それまで楽しんで頂ければ☆

 トネリコより

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