二
燥耶は確かにそこにいて、沙枝のことを抱きしめ返してくれた。沙枝は今度こそどこにも行かないようにと、もう二度と離すことはしないと、無意識により強く燥耶のことを抱きしめる。
「痛いよ、沙枝。」
少し苦しそうに頭上から発せられた声にはっと冷静になる。そうだった。燥耶は胸を刺されて倒れたんだった。燥耶の肩を掴んでばっと離れると、顔を覗き込む。
「ご、ごめんね。…身体、大丈夫?」
「ああ、大分ましになったよ。」
「良かった。…ほんとに良かった。」
新たに涙が溢れてくる。止まることはないように思った。
その沙枝の頬に、燥耶は手を伸ばす。後から後から伝う沙枝の涙を拭いながら、燥耶は口を開いた。
「泣くなよ、沙枝。俺は生きて、ここにいる。もうどこにも行かないって。…なあ、沙枝。泣かないで、笑ってくれよ。俺は沙枝には、笑ってて欲しいんだ。」
燥耶が掛けてくれたその言葉に、沙枝は何度も頷いた。頷くことしかできなかった。
「ごめん、燥耶!そろそろ戻ろ…う……か………。」
響夜が戻ってきて、燥耶に寄り添う沙枝の姿を目にし発していた言葉と同様に動きを止める。その滑稽な様に、燥耶は吹き出してしまった。
「響夜。来てくれたよ。この子が、俺がさっき言った沙枝だ。」
「そっか、この子が…。って、来てくれたってどういうこと?どこから?」
どうやら響夜は驚きの余り少々混乱しているらしい。響夜が立ち直るより先に、沙枝が立ち上がった。
「こんにちは。沙枝といいます。…ええと、あなたは…?」
「あ、ああ…。僕は響夜。ここコナギのムラで暮らしてるよ。」
「沙枝。この響夜が、瀕死だった俺を助けてくれた人さ。まさしくここに血まみれで倒れていた俺を家まで運んでくれて、手当てをしてくれたんだ。本当に、命の恩人だよ。」
「いやいや、そんな…。」
「そうだったんですか!?あの、本当にありがとうございました!あ、お、お礼できるものが何もないですが…。」
「いやいやいや、ほんといいって。困ってる人がいたから、助けた。ただそれだけのことだよ。」
「それでも…。これしか言えないですけど、ありがとうございました。私が燥耶ともう一度会えたのは、響夜さんのおかげです。」
「そっか。そこまで喜んでもらえると、僕も嬉しいな。」
「俺からも。改めてありがとう、響夜。何度言っても足りない気がする。」
「えぇ!燥耶まで!?どうしたどうした、やめてくれよ。助けるのは当然って、言ったろ?」
「でもそれって、簡単にできることではないと思いますよ。」
「そ、そうかな…。なんか照れる…。」
二人から不意に持ち上げられた響夜は真っ赤だった。
その後響夜が落ち着いてから、互いに自己紹介を再開しつつコナギのムラ唯一の家に戻った。勿論、燥耶を支えるのは沙枝の役目。燥耶のそばにいられる、燥耶を直接支えられる。それだけで、今の沙枝には十分すぎるほど幸せだった。