五
すみません、遅くなりました。
気付いたらこんな時間でした…。
「《炎花の遣い手》って知ってるか、響夜?」
「ああ…なんとなく聞いたことがあるけど。どうして急に?…まさか…。」
「そのまさかさ。俺が今の、《炎花の遣い手》なんだ。」
「そうだったのか…。」
「と言っても、俺が《遣い手》として何をやらなきゃいけないのか、まだ分かっていなくて。中途半端に力だけ持っている自分はクナイの王、夜継に目を付けられたんだ。それで戦に駆り出されてさ。」
「でも燥耶、君は《遣い手》なんだろ?なのに何故…?」
「俺は過去、夜継の力に逆らえず両親をこの手で殺したんだ。そのことがずっとトラウマになっていてね。それを刺激されたってとこかな。気付いたら何の力も持たない子供に、戦場のただ中で刺されてたよ。」
「…ん?じゃあ何で君はここにいたんだ?あの血の夥しい流し方からいって、這ってきたならその跡が残るはずだけど…。」
「それは。」
ここで燥耶は一瞬、言葉に詰まる。傷の手当てをし、看病してくれたのは目の前の響夜。しかし、そもそも根本的に、ここへ連れてきてくれたのは。あの場にそのままいたら確実に今生きていなかったはずの命を、繋いでくれたのは。今や懐かしい笑顔が脳裏に浮かんだ。
「《炎花の遣い手》を知ってるってことは、《流水の守り手》のことも知ってるのか?」
「あ、ああ…。」
「そう。その《守り手》に、俺は助けられたんだ。彼女の"力"によって、ね。」
「どういうこと?その子がここまで君を運んできたのかい?」
「まあ、そうなるかな。でもきっと、響夜が思ってるのとはちょっと違うと思う。」
「?」
「彼女は、《守り手》としての"力"を発現させ、文字通り俺をここまで"飛ばした"んだ。」
響夜が息を呑むのが分かった。
「そうだったのか…。…燥耶。ありがとう、話してくれて。」
「…うん。」
「ああ、そうだ。その《守り手》の女の子の名前を聞いてなかったな。何て名前なの?」
「沙枝。」
その名前を燥耶が呼んだ時、俄に周囲に風が吹いた。
「おーい、響夜!どこだー!」
その時聞こえたのは、響夜を呼ぶムラの若者の声。
「何か呼ばれてるみたいだ。ちょっと行ってくる。ここで待ってて。」
響夜はそう言い残すと、燥耶の返事を待たずに駆けていった。
響夜の背中が見えなくなった頃、燥耶はもう一度、今度は呟くように、今一番会いたい人の名前を呼んだ。
「沙枝…。」
さっきより強く、燥耶の周囲を風が舞う。思わず燥耶は、一瞬目を瞑った。その真っ暗な一瞬が、その時の燥耶にはとても長く感じられた。
川の音、流水の音。今までだって聞こえていたその音が、やけに大きくなった気がした。
その中でも、はっきり聞こえてきたその声は。
「…燥耶。」
今の燥耶が、一番聞きたかった声だった。
目を開けて振り向く燥耶。自分でも気付かない内に、その顔は満面の笑みを湛えていた。




