二
「ああ、言い忘れていたね。僕の名前は響夜。よろしく。君は?」
「そうや、です。」
「わかった、覚えておくよ。さあ、君はもう少し寝た方が良い。お休み。」
「ほんとうに、ありがとう、ございます。」
響夜は軽く頷くと、部屋から出ていった。
身体のだるさが消えていかない。燥耶はその後すぐに、意識を闇に持っていかれた。
……………そうや………………
沙枝が俺を呼ぶ声が、また聞こえた気がした。今回は、前よりはっきり聞こえる。
沙枝、沙枝、俺だ。燥耶だ。
必死で呼びかけているのに。いるはずの沙枝には届かない。
またも沙枝が遠ざかっていくのを見送ることしかできなかった。
「さえ…。」
以前と同じように自分自身のつぶやきで目を覚ます。部屋の中は明るい。前に起きた時からどれほどの時が経ったのだろうか。
身体を動かしてみる。前回よりも動くことができそうだ。胸元の痛みに顔をしかめつつ上体を起こす。初めて、燥耶は今自分がいる部屋をじっくりと見た。思ったよりも広い部屋だ。クナイの社での燥耶と沙枝の部屋よりも広いかもしれない。布団は、燥耶が今寝ているもののみだ。この家には、何人が暮らしているのだろう。元気を取り戻してきたからか、色々と気になることが増えてきた。
仕方ない。燥耶はもう一度横になった。わからないことをいつまでも考えているべきではない。今は一刻も早く、この身体を治すことを第一に考えるべきだ。まずは休息を。そう思った燥耶は眼を閉じた。
眠れない。燥耶はそう時を経ずに目を開けた。沢山眠ったからだろうか。眼が完全に冴えていて、今は眠れそうになかった。かといって布団を抜け出す程の元気もない。やけに静かな部屋の中で、燥耶は一人だった。
そのまま、長い時間が過ぎた。射す陽が創り出す部屋の模様が徐々に移り変わっていく。そうして陽の色までが橙に染まった頃。部屋の戸が開く音がした。
「燥耶。起きているかい?」
「…はい。」
幾分ましな声が出せるようになっていた燥耶。
「そりゃ良かった。ごめんな、ほっといてしまって。ムラの畑が派手に荒らされてしまっていたもんだから忙しくてな。こちらに顔を出せなかったんだ。」
「いえ。置いて頂けるだけでありがたいので。」
「大分元気になったみたいだな。良かった。ここまで来ればもうほぼ心配ないな。」
「改めて、本当にありがとうございました。」
「いやいや。そりゃ助けるに決まってるだろう?そんなに畏まらないでくれよ。」
燥耶は無言で頭を下げた。その響夜の気持ちが、ただありがたかった。
「ところで…。ここは、どこなんですか?」
「ここは、コナギのムラ。最近”復活した”ムラだよ。」
「…”復活した”?」
「ああそうさ。以前、山から駆け下ってきた黒い塊に呑まれて消えてしまったムラを、僕が復活させたんだ。」
その聞き覚えのある話に、燥耶は思わず目を見開いた。




