八
九乃は沙枝の目を見たことで、全てを悟ったようだった。今ここで言い聞かせても、沙枝は戻ろうとはしないであろうことも。
「分かったわ、沙枝。では早くお行きなさい」
「九乃さんは行かないんですか。何故こんなところに?」
「私は先程足をくじいてしまったの。一人で立って歩いてゆくことはできないわ」
見ると九乃の右足首は、さほど明るさのない中でも分かる程に腫れていた。顔色が悪いのはその痛みのせいのようだ。
沙枝は構わず、肩を支えつつ九乃を立たせた。
「良いのよ、沙枝。貴方の気持ちは分かる。私など置いて、早くシノミのムラへ戻りなさい」
「だめです、九乃さん。
あの時、九乃さんがムラへ向かって駆け出したから、私もここまで来たんです。私より、シノミのムラにたどり着くべき人は、九乃さん、貴方なんです。体重は預けて大丈夫ですから、一緒に行きましょう」
そう言うと沙枝は、九乃を支えながら歩き出す。九乃も覚悟を決めたのか必死に前に進みだした。ゆっくりとしたペースながらしばらく進んだ時、不意に九乃が呟いた。
「ありがとう、沙枝」
沙枝は思わず笑顔になった。
九乃を支えながら歩みを進め、シノミのムラまでわずかとなった頃、風が吹き出した。九乃のために足元に注意を払っていた沙枝が、背後から前方へと吹き抜ける風に顔を上げると、
前方、森の向こうから、強烈な黄色の光が差していた。
思わずかき立てられる最悪の想像に、思わず足を止める。同じく九乃も足を止め、前を見た。安定せず、時折ふっと光量が落ちるその光に照らされた九乃の表情は固い。
沙枝は思わず、
「九乃さん……」
と口に出してしまった。言葉が続かない。
九乃はこちらを見、頷くと、ただ
「行きましょう」
と言った。背中を押されるように二人は歩みを再開する。沙枝も九乃ももう限界が近かった。ともすれば倒れ込みそうになる体に鞭打って、森の出口へと進む。いくらもたたないうちに急に視界が開け、シノミ族のムラの全景が目に入った。
ムラは、燃えていた。
天を焦がすような炎が勢いよくあがるその光景。そこには、あの沙枝が大好きだったムラはもう無かった。
涙も出ないまま立ち尽くす。
沙枝は、間に合わなかった。