十三
なおもはしゃぐ雪に微笑みかけてから、沙枝は稲芽に顔を向ける。
「どうですか、信じて頂けました?」
稲芽はいまだ呆然としつつも、ゆっくりと瞬きをして顔をなでた後口を開いた。
「いやはや…。驚いた。本当に驚いたよ。まさかここまでのものとは。信じるもなにも、ここまで見せつけられてしまってはね。」
稲芽は苦笑しつつそう言ってから、今やこんこんと水が湧き出す目の前の川を見つめる。
「しかし、これまでどうやっても解決できなかったものをこんなにもあっさりと…。」
そうこぼす稲芽の目には、光るものが浮かんでいたように、沙枝は感じた。
しばらく、沈黙の時間が流れる。聞こえるのは、水が流れてゆくその確かな音。ああ良かった。私でもちゃんとできた。自分の中にその水の音が満ちていくと共に、そんな充足感、安堵感が広がった。思わず目を細める。嬉しかった。これでようやく、燥耶と並び立てる。そんな気がした。
「さっきから何度も言っている気がするが…。本当にありがとう。もう…、なんというか、言葉にならない。」
稲芽はそう言って、沙枝に深く、深く頭を下げた。隣で雪も真似して頭を下げていたのが可愛かった。
「雪、おまえは沙枝さんと一緒にちょっとここにいなさい。すぐに戻ってくるから。」
そう言い残しムラの方へ稲芽が駆けていくのを見送る。その場に残った雪は、沙枝のことを見上げた。
「ねえ、沙枝お姉ちゃん。わたし、頑張ってみる。」
そう口にした雪の目は、さっきと打って変わって真剣そのもの。
「何をかは分からないけど。いつか、いつかね、…沙枝お姉ちゃんみたいな、強くてかっこいい人になりたい。」
沙枝も、雪の目を真っ直ぐに見た。今は。謙遜とか必要ないと思った。
「ありがとう。…頑張ってね。」
そうして二人笑顔になる。一生忘れない瞬間になった気がした。
ざわめきが近づいてくる。多くの人影が見え、沙枝はようやく、稲芽が何をしにいったのか理解した。スリナのムラの全員がやってきたようだ。その多くの人達の顔は、水量が増えた川を目にし輝く。本当だったんだ、やった、これで救われた、人々の声が沙枝の耳にも届いた。
「みんな、聞いてくれ!」
声を上げたのは稲芽。
「そこにいる沙枝さんがこれをやってくれたんだ!みんな、沙枝さんに感謝してくれ!」
わぁっと声が上がる。口々に感謝の気持ちが沙枝に降り注いだ。
「記念に建物を建てよう!沙枝さんが私達にしてくれたことをいつまでも忘れない為に!」
誰かがそんな声を上げると、そうだそうだと賛同するムラの人々。流石に沙枝も驚いてしまい、そこまではいいと言おうとするも。
「どうかそうさせてくれ。私達全員、嬉しくて堪らないんだよ。」
稲芽に満面の笑みでそう言われてしまうと、何も言い出せなかった沙枝だった。