十
雪の父、稲芽の案内でスリナのムラへ向かう。道が分かっていたのは、さすが大人というべきか。
「改めてお礼を。ありがとう、沙枝さん。」
「いえいえ、そこまでお礼をしていただくようなことは一つもしていませんよ、稲芽さん。私こそ、雪ちゃんと歩けて楽しかった上にムラにまで招いていただいて、むしろお礼を言いたいくらいです。」
「それにしても。雪は少し臆病なところがある子でね。普段なら一人で森に入るなどしないと思うんだが…。何があったのかねえ。」
「どうなんですかね。」
沙枝は笑顔のまま、敢えてそう返した。
「着きましたよ。ここがスリナのムラです。」
稲芽の声が聞こえたと同時に森を抜け、視界が開けた。場所が違うため、生えている植物が若干違う。それでもその光景は、あの懐かしいシノミのムラとだぶった。思わず涙がこぼれる。
「ふえ?沙枝お姉ちゃん、どうして泣いてるの?」
雪の心配する言葉に、応えてやることができない。
「ねえ泣かないで、沙枝お姉ちゃん。」
頭を撫でてやるだけで精一杯だった。
途中で雪の母、登代も合流し、五人で雪の家へと向かう。草太は雪の家に行くのを遠慮しようとしていたが、一番最初に見つけたのは君だからと雪の両親に引き留められ結局一緒に来ていた。家へと到着すると登代がご飯をつくり、お礼だと振る舞ってくれる。五人で盛んに話をし、笑いの絶えない食事となった。羨ましい。初めてかもしれないそんな感情が心に浮かんだ。ここには、この温かい場所には、家族、ムラ、ふるさと、沙枝の失ってしまったもの全てがある気がした。もちろん、そんな風に思っていることを表には出さない。この人達が悪い訳でもなければ、ここで話すことでもないからだ。それでも、当たり前に続くと思っていたものを目の前で見せられ、改めて自分がそれを失ってしまったことに気付き。沙枝はまたも流れ出ようとする涙をこらえなければならなかった。
食べ終わると雪が沙枝の側へ寄ってくる。
「どうしたの、沙枝お姉ちゃん?時々、悲しそうな顔、してたよ。」
雪にはばれてしまっていたようだ。
「何でもないわ。何でも。ただ、いいな、って思っただけだから。…ねえ雪?もう一度聞くことになっちゃうけど。このスリナのムラ、好き?」
「うん!」
そう答える雪の笑顔は、直視できないほど眩しかった。