九
その叫びが聞こえたのだろう。
「お、おーい!大丈夫か!」
今度は明らかに大人の男の声が聞こえた。
「あ、お父さんだ!」
雪が嬉しそうな顔になって声を上げる。
「どうした、草太くん!何があった!」
言いながら走ってやってきた雪の父。開けた視界の中に娘を見つけた。
「雪!良かった、無事だったんだな!」
喜びの余り涙を流す雪の父は、まるでそこにいることを確かめるかのように勢いよく走り寄って雪を抱き締めた。
「ごめんなさい、お父さん。」
「いいんだ。無事に帰ってきてくれたならそれで。」
心暖まる光景である。そんな中ほっとした表情で息を吐く少年が一人。沙枝はその少年草太のわきを小突いた。
「良かったねえ。草太くん。」
「あ、もう。ああなったの半分くらいは沙枝さんのせいなんですからね。勘弁して下さいよ。」
「こらこら。元はといえば草太くんが帰り道を忘れたせいだぞ?それにそれを雪ちゃんに隠そうとするなんて。格好つけだなあ。」
「そ、そんなんじゃないですよ。」
「またまたそんなこと言ってー。好きなんでしょ?雪ちゃんのこと。」
「……………」
ついに黙ってしまった。頭からつま先まで真っ赤だった。
「ごめんって。応援するから。…大切にしてあげて?自分の気持ちがはっきりしてるのはいいことだよ。私は気付くまでにすごくかかったの。おかげで、私が気付いた時には、私の大切な人はいなくなってた。草太くん。今雪ちゃんは目の前にいるんだから。守ってあげて。離さないであげて。好きなんだから、それくらい苦もなくできるでしょ?」
「もちろんです。…沙枝さんは、何かあったんですか。」
「雪ちゃんには言ったんだけどね。私のせいで大切な人、いなくなっちゃったから。今探してるの。私は絶対に見つける。だから、って言っちゃうとなんか変だけど、草太くんにも幸せになってほしいな、私は。気持ち、伝わるといいね。」
「そうなんですね。ありがとうございます、沙枝さん。」
「ところでどうして叫んだんだ?草太くん。」
沙枝と草太が話している間に一段落していた雪の父が尋ねてきた。
「ぐっ、いや、なんでもないですよ。」
「本当に大丈夫なの?草太くん。すっごい汗かいてたよね、さっきも…。」
「あーーっ、もう!大丈夫だから、雪!本当になんでもないって。」
…やっぱり笑ってしまった。




