七
「沙枝!」
咲からかけられた声で足を止める。
「だめ。行っちゃだめだよ、沙枝。死んじゃうよ。行かないで」
その声に思わず振り返り、咲の顔を見てしまう沙枝。咲、幸との思い出がまるで走馬燈のように浮かぶ。涙がこぼれそうになるのを、とっさに唇を強く噛みしめて防いだ。
「私はあのムラに育ててもらった。私だって、あのムラは私の今までの全てだった。だから、私の見ていないところであのムラが失われてなんかほしくない。このままあのムラを見捨てたくない。…見捨てられない。
だから、止めないで」
今度こそ涙が溢れてきてしまった。視界が、咲や幸の顔が滲む中、更に沙枝は続ける。
「約束する。必ず生きて、また会いにくるから。ムラがどうなっていようと、ムラと運命まではともにしないつもり。信じて。
私、行ってくるから」
もぎ取るようにムラの皆から視線を外し、再び森の方へ、シノミのムラの方へ走り出す。
「お願い!戻ってきて沙枝!行かないで!」
「沙枝!!」
親友二人の叫びにも、沙枝はもう、振り返ることはなかった。
沙枝は闇に包まれゆく森の中を飛ぶように駆けた。木の根で足をとられても、草で頬を切っても構わず、急き立てられるように駆けに駆けた。
段々と周りの景色が見慣れたものになってゆく。森は森でも、何度となく来ている場所というものは感覚で分かるものだ。行きにはかなり長く感じたのに、戻ってくるときは速かったななどと考えていると、前方に人の気配を感じた。
途端に肝が冷える。今まで全く周囲に気を配らずに駆けていた。かなり前からこの前方にいる人は私の存在を感じていたはずだ。完全に不注意だった。今更後悔しても遅い。
敵だったらどうしよう。まだムラにたどり着いてすらいないのに。
しかし今から息を潜め逃げようと試みたところで、前方の人が敵だった場合逃れることは不可能だろう。だったら敵に顔を向けて、最後まで足掻いてやる。意を決して沙枝は、木々の間から人影の元へと躍り出た。
月明かりに浮かび上がったその人影は…うずくまっていた。息遣いが荒い。射るような目でこちらを見つめ、手には小刀を握っていた。
先に駆けていったはずの、九乃だった。
その姿を目にした途端、沙枝は全身から力が抜け、一気に汗が吹き出たのを感じた。自分でも思ってもみない程極度に緊張していたようだ。思わずその場にへたり込みそうになったが、九乃の
「沙枝?沙枝なの?」
の声に、九乃の元へ駆け寄る。九乃は顔色が悪かった。
「沙枝。どうして来たの。
貴方達は長く生きるよう努力しなさいと言ったでしょう」
「九乃さん。私も九乃さんと同じ気持ちなんです。私にもムラは全てだった。私もこの手で、ムラを守らなければ」
未だ強い光を浮かべる九乃の目を見つめ、沙枝は強い声でそう口にした。