二
初めて沙枝が目にした時と同じように、《炎花》は澄んだ水の中に静かに横たわっていた。何故。どうしてここにある。燥耶が、あの倒れる直前まで、確かに握っていたはず。頭の中をぐるぐると、疑問が回った。
《炎花》がここにあることを、どう受け取ったら良いのかが分からない。これがあるから、燥耶はまだ生きていて、どこかにいるはずだ、と思うべきなのか。それとも、これを残して、燥耶は二度と戻ってこられない場所に行ってしまったと取るべきなのか。燥耶につながる確かなものを手に入れたはずなのに、沙枝の気持ちは晴れなかった。
「燥耶…。あなた自身じゃないと、意味ないじゃない…。」
割り切れない心を抱えたまま、沙枝は《炎花》へと手を伸ばす。どうしたらいいのか、どこに進めばいいのか、何一つ分からない。自分の気持ちがどうなっているのかすら、よく分からなかった。全てが沙枝から遠く感じる。まるで周囲から隔絶されたようになってしまったのか。それとも心に大きく穴が空いてしまったのか。どんな言葉も、今の沙枝を言い表すことができていないように思えた。
《炎花》を掴み取り、引き揚げる。これで《炎花》を握るのは二度目。今回は不思議と、以前のようなことは起きない気がした。何となくそう思っただけだったが、それは正しかったようだ。それどころか、手に握るそれは沙枝自身にしっかりと馴染むような、なにか愛着を呼び起こさせるような、今までにない感覚を与えてきた。
〈やあ、沙枝。君が初めての《流水の守り手》だね?〉
突然頭の中に声が響く。それは、老いているのか若いのかよく分からない、どことなく懐かしさを秘めた声。燥耶の言っていた《炎花》と会話したという話を思い出し、そしてそれが今目の前で自分の身に起こっているのだと理解するのに、しばらくかかった。
〈こ、こんにちは。〉
〈話すのは初めてかな?君の話は燥耶から聞いていたよ。〉
燥耶。その名が出てきてはっとする。
〈ねえ、あなたは何故ここにいるの?燥耶が持っていたはずでしょう?〉
〈お、やっぱり一番先にそれを聞くか。その問いについては、私はこう答えるしかない。燥耶がそう望んだから、だ。〉
〈それってどういうこと?…燥耶は、どうなったの?〉
〈沙枝が《守り手》としての力を初めて行使した時、つまり燥耶が刺されてすぐの時、燥耶が言ったんだ。俺より、沙枝の元で、沙枝を守ってくれ、って。〉
〈そ、それって……。〉
〈大丈夫。安心して、沙枝。燥耶はまだ生きてる。私にははっきりとではないが分かるんだ。〉
一気に身体中の力が抜ける。目の前が霞む。良かった。本当に良かった。
〈沙枝、燥耶はもう一つ言っていたよ。私に、沙枝を守ってくれって言った後に。
沙枝は、俺の、大切な人だから。って。〉